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コラム:円高防波堤だった日本企業の海外買収、今年は復活するか=唐鎌大輔氏

[東京 28日] - 2021年、最初の1カ月間の取引が終わろうとしているところで、ドル/円相場はおおむね102.50─104.00円の値幅で推移している。この価格帯は近年では円高気味と言えるものだろう。 

 2021年、最初の1カ月間の取引が終わろうとしているところで、ドル/円相場はおおむね102.50─104.00円の値幅で推移している。唐鎌大輔氏のコラム。写真は2013年2月撮影(2021年 ロイター/Shohei Miyano)

過去5年間に関してドル/円相場の年初来安値の推移に目をやると、2015年が115.86円、16年が99.00円、17年が107.32円、18年が104.64円、19年が104.10円、20年が101.18円である。ほとんどの市場参加者が予想していなかった英国の欧州連合(EU)離脱方針が決まった16年6月の99.00円という瞬間風速は例外として、ドル/円相場の目線は明らかに下がってきているように感じられる。この背景には何があるのだろうか。

もちろん、ドル/円相場の軌道は米国の景気循環、端的には政策金利の動きに連動すると考えるのが基本だ。しかし、円相場の基礎的需給環境も重要な論点として無視できない。近年、「リスクオフの円買い」または「安全資産としての円買い」の迫力が失われている背景として、為替取引における「円の売り切り」である日本企業によるクロスボーダーM&A、国際収支統計の項目で示せば「直接投資」の動向が着目されてきた。

例えば過去10年に関して、各年に発生したネット直接投資(対外直接投資から対内直接投資を引いた額)の規模とドル/円相場の年初来安値を重ねて見ると、年間15兆円規模の直接投資が100円割れの防波堤となってきたイメージが得られる。実際、近年の東京外国為替市場では「日本企業の直接投資が円高を防いでいる」というトークが散見されてきた。

具体的にネット直接投資の規模の変遷を見ると、2018年は14.8兆円の流出超、19年は23.5兆円の流出超、過去5年平均(2015─19年)が17.3兆円、過去10年平均(2010─20年)が13.6兆円の規模で直接投資が出ていた。

一方、2020年1─11月分の直接投資は合計で10.3兆円にとどまる。2020年通年の数字は12月国際収支統計の発表を待つ必要があるが、企業部門の動きが強制的に抑制された2020年の1年間が、近年まれにみる直接投資不調の年となったことは間違いないだろう。

こうした事実によってドル/円相場の「地盤」が一時的に緩み、102─103円台という近年ではあまり見ることのなかった水準での推移が定着している可能性はある。ドル/円相場の水準が切り下がっている主因はあくまで米金利低下だろうが、為替変動の要因は1つとは限らない。日本企業による直接投資の激減も、その可能性の1つとして十分注目に値すると筆者は考えている。

<直接投資は復活へ>

では、こうした直接投資の不調は今後も続くのだろうか。筆者はそう思わない。もちろん、新型コロナウイルスの感染終息が視野に入るまでは海外企業買収のような積極的なリスクテイク行動が控えめになるのは致し方ない。3カ月先の日常生活がどうなるかも分からないのに、企業が兆円単位の投資決断をするのは容易ではない。だが、日本企業の海外企業買収がどうしてトレンド化していたのかを思い返したい。

2009─12年の民主党政権時代は六重苦(超円高、高い法人税、高い電力価格、進まない自由貿易協定、硬直的な雇用規制、厳格な環境規制)というフレーズがひんぱんに取りざたされ、これが日本企業の関心を海外に向けさせる追い風になっていると言われていた。六重苦のうち超円高や自由貿易協定など解消された項目もあるが、残された論点も複数あり、引き続き直接投資の誘因になると考えられる。

また、六重苦以前の根本的な問題として、日本という国が世界最速ペースで少子高齢化を経験している以上、国内市場よりも海外市場に可能性を見出すのは当然である。周知の通り、日本企業の現預金は高水準を維持しており、コロナ禍でその水準は一段と切り上がっている。

参考までに財務省「法人企業統計」で確認できる全産業(除く金融保険業)・全規模合計の現金・預金は2017─20年平均では約200兆円だったのに対し、2020年9月末時点で約222兆円である(消費・投資が抑制されたこともあろうが、各種給付金の影響もあろう)。2度目の緊急事態宣言発令に際して、場当たり的な政策対応を繰り返し見せられた結果、今後、日本の民間(企業プラス家計)部門全体が消費・投資を控え、貯蓄過剰主体として引きこもる可能性が高まっているのは確かだろう。

だが、アフターコロナを見据えれば、リスクテイクをするための待機資金が、潤沢に存在するということも念頭に置く必要がある。

<日本経済の構造変化は続く>

過去10年間の海外企業買収ブームの結果、日本が誇る「世界最大の対外純資産(ちなみに2019年時点で29年連続世界最大規模最)」の半分近くは、今や証券投資ではなく直接投資になっている。これは日本という国の形が、対外経済部門から変わり始めていることを意味する。

具体的に言えば、「もう日本には有望な投資機会がない」という諦観の結果、海外に投資・成長機会を見出す企業が増えたのである。もちろん、今後は「脱炭素」など、新しい投資テーマも浮上してくるので、ある程度は国内でも投資機会が増えてくるかもしれない。しかし、「人口が減る」という流れは、いかんともしがたいだろう。

この状況下、日本企業が国外に目を向け、直接投資が増えていくという大きな構造変化が直ぐに止まるとは思えない。もちろん、コロナ禍で企業行動が強制的に制約されている間は「円高の防波堤」であった直接投資の存在感は、一時的に薄まるかもしれない。

だが、日本企業の経営戦略において海外に活路を見出す海外企業買収によって「市場」や「時間」を買うという選択肢は、引き続き有力なものとして残ると想像する。

為替市場の視点からは、海外企業買収に伴う「円の売り切り」が増える地合いは続くという話になる。上述したように、それは「円高の防波堤」として機能するマネーフローと言えるだろう。

今年は米金利が水準を戻す中で、ドル高・円安方向の動きになりやすいと筆者は考えているが、直接投資増加の潜在的な可能性など「円高が進みにくい理由」としてのこうした円の需給に関する議論も、予想レンジを策定する上では加味していきたいと思う。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

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編集:田巻一彦

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