for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:「安い」日本と円の「実質実効為替レート」低下、何を象徴するのか=唐鎌大輔氏

[東京 17日] - 国内の新聞・雑誌メディアでは、最近になって「安い日本」が頻繁に特集されている。9月16日の日本経済新聞は「iPhone価格、10年で3倍の19万円 日本人平均月収の6割」と題し、新しいiPhoneの値段が日本人にとって高騰している事実を報じていた。

国内の新聞・雑誌メディアでは、最近になって「安い日本」が頻繁に特集されている。唐鎌大輔氏のコラム。写真は2017年3月、都内で撮影(2021年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

iPhoneに限らず、高級車や高級時計など輸入されるブランド品は、過去に比べて明確に値段が上がっている。もちろん、定価自体の上昇も世界的に認められるだろうが、その程度をどれくらい大きなものと受け止めるかどうかは、当該国のマクロ経済情勢に依存する部分もある。

以下で議論するように、過去1年間において円の下落幅は、主要通貨の中でも群を抜いて大きく、これは日本経済の購買力低下を意味する。

<過去1年間、最も長期平均からかい離した円>

購買力という観点からは、ドル/円相場ではなく、貿易量および物価水準を用いて算出される通貨の総合力である実質実効為替レート(以下、REER)を中心に議論するのがよい。

足元で国際決済銀行(BIS)が月次で公表する円のREERは、1970年代前半並みの水準まで落ち込んでいる。これは今年6月以降、より顕著な傾向として見い出せる。

そこで今年8月分のREERに関し、長期平均(20年平均)とのかい離率を主要通貨で比較すると、円の特異な立ち位置が浮かび上がる。

8月時点で円の長期平均からのかい離率はマイナス19.7%と、主要通貨では突出して大きな過小評価となっている。これに次ぐメキシコペソのマイナス15.5%と比べてもかなり大きいことが分かる。

しかも、メキシコペソは1年前のマイナス25.5%からプラス10%ポイント程度上方修正が進んでいるが、円は1年前のマイナス14.2%からマイナス5.5%ポイントの下方修正が進んでいる。

この下方修正の「幅」に着目しても、円は目立つ。円の次にこの「幅」が大きいのがスイスフランスでマイナス4.3%ポイントだが、そもそもスイスフランは1年前のプラス8.7%が過大評価だったのであり、今年プラス4.3%まで下方修正されているという話である。

要するにメキシコペソは過大な割安が割高方向へ、スイスフランスは過大な割高が割安方向へ調整が進んでおり、それ自体は健全な話である。しかし、円は過大な割安からさらに過大な割安へとに進んでおり、それは健全な話では全くない。

<円の割安修正、断たれている経路>

一方、ドルは過去1年間を通じてプラス6─7%の割高が維持されている。現状では、ドル/円という通貨ペアは「最も割高な通貨」と「最も割安な通貨」の組み合わせであり、REERが平均回帰性向を有することを思えば、円高・ドル安を予想するのが理論的に無難である。筆者もかつてはそのような基本認識を抱いていた。

だが、既知の事実ではあるが、もはや日本は円安になっても輸出数量が増える国ではない。REERがいくら割安感を強めてもそれが輸出数量を押し上げ、貿易黒字を増やすという展開は期待できない。

とすれば、名目ベースの円相場が上昇する経路は、断たれたままである。アベノミクス初期を思い返せばよく分かる。2012年12月から2015年6月(ここがアベノミクス下での円安のピーク)までの間にドル/円相場は約50%も上昇したが、輸出数量は極めて緩慢な動きが続き、当然ながら貿易黒字も増えなかった。

「円安が過剰」と評価されるためには、結局、それが貿易黒字に直結し、自国通貨買いを招き、割安感が解消されていく必要がある。

ところが、既に多くの日本企業が海外生産移管を進め、「円安─輸出」という経路が機能不全になっていると考えられる中、REERの割安感が名目円高を約束するとは限らない。

これは過去10年余りで日本の誇る「世界最大の対外純資産」の中身の半分が直接投資残高になっていることからも類推できる。2000年代前半も日本は「世界最大の対外純資産」を持っていたが、当時、半分は証券投資残高で占められており、直接投資残高は20%未満だった。

リスク回避ムードの高まった場合、証券投資はリパトリエーション(本国回帰)が期待できるものの、直接投資(要は海外企業買収)はそう簡単には行かないだろう。「リスクオフの円買い」が発生する経路も、今は細っているように感じられる。

<円安は修正されないのか>

また、周知の通り、近年では対ドルに限らず、名目ベースの円相場は大して動いていない。それでもREERが割安感を強めているということは、日本の一般物価が諸外国に比べて出遅れていることを意味する。

実際、足元に目を向けても欧米でインフレが懸念されているのに、日本の物価はむしろ下がっている。

こうした物価格差に起因する実質ベースの円安は、名目ベースの円高で相殺されるというのが、これまでの日本の歴史だった。しかし、上述してきたように、今後はもうその経路が難しくなっている。名目は円安のままで、物価も上がらないとすれば、REERで見た円は沈むしかない。

もちろん、ドル全面安が極まる地合いが到来すればその限りではないが、政治・経済・金融情勢が今の日本より劣後する先進国を見出すのは難しく、ドル安だからと言って円安を招来するとは限らない。実際、今年4─6月期は世界的にドル全面安が進んだが、円だけは買われなかった。

平均回帰性向を踏まえ、「REERはいずれ修正するもの」という考え方に立つのは教科書的には正しいものの、これを前提とした為替予想は危険をはらみそうである。

少なくともコロナ禍における日本の防疫政策は戦略性がなく、出口の到来を全く予感させない。常に「相手のある話」にしかならい為替の世界において、円の価値が劣化し続けるというのは、今の日本経済と欧米経済の差を見ていると致し方ないと感じさせられる。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up