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コラム:急テンポの脱炭素政策と資源急騰、グリーンボンドから考える=唐鎌大輔氏

[東京 25日] - 金融市場の問題意識は今、インフレ圧力の高まりに置かれ、日本を除く海外中銀の「次の一手」は引き締めの「有無」というよりも「時期」に移っている。

 10月25日、金融市場の問題意識は今、インフレ圧力の高まりに置かれ、日本を除く海外中銀の「次の一手」は引き締めの「有無」というよりも「時期」に移っている。南アフリカ・サソルバーグの火力発電所で2016年3月撮影(2021年 ロイター/Siphiwe Sibeko)

世界経済のリスク要因から新型コロナウイルスの感染拡大が取り除かれたわけではないが、もはやそれは主役ではなく、感染拡大を起点として火が付いた供給制約、そしてこれに付随するインフレ高進がテーマである。

こうした中、10月12日に欧州委員会は欧州復興基金の原資として120億ユーロ分の環境債(以下グリーンボンド)を発行したと発表した。発行条件は15年(償還期日は2037年2月)で利回りは0.453%とされた。今回の発行分を含めると欧州委員会は復興基金に伴う共同債として685億ユーロ分の長期債、140億ユーロの短期債を発行している。

周知の通り、欧州委員会発行の債券は引き合いが強く、初回発行となった今回のグリーンボンドも1350億ユーロと募集額の11倍を超える応募を集めている。ハーン欧州委員(予算・総務担当)は、同条件の債券と比較して利回りが低くなる(価格は高くなる)差分である「グリーニアム(greenium:greenとpremiumを掛け合わせた造語)」は2.5bpsと述べ、それを金融市場による持続可能性(象徴的には脱炭素機運)へのコミットメントを示すものだと自信を見せる。

だが、欧州を仕切る行政府たる欧州委員会が、ここまで扇動すれば「皆が買うから上がる。上がるから買う」という自己実現的なプロセスに入っているという部分は無いだろうか。欧州委員会は、さながら「自分の尾を追う犬」になっているように思えてならない。

<政治的意図は明確>

グリーンボンドに絡んだ欧州連合(EU)の動きは、政治的な色合いが強い。既報の通り、欧州復興基金は総額7500億ユーロ、将来の物価上昇を勘案して8000億ユーロの調達計画が織り込まれているが、その約3割に相当する最大2500億ユーロが2026年末までにグリーンボンドとして調達される方針である。

基金設立時点から確定している方針であり、EUとしてサステナブル・ファイナンス市場における地位を確固たるものにしたいという政治的意図が明確である。

この点に関する欧州委員会の動きには余念がなく、7月6日には「サステナブル・ファイナンス戦略(the new Sustainable Finance Strategy)」を公表し、これに際して「欧州グリーンボンド基準(EUGBS:European Green Bond Standard)」を設定する規則案を提示している。

その上で、2030年の温室効果ガス排出削減目標の達成に必要な投資の多くは民間投資で賄うことも標榜されており、グリーンボンドはそのための重要な手段として位置づけられている。「脱炭素目標─民間投資主導─サステナブル・ファイナンス市場が必要─行政主導で市場を整備」という戦略発想である。

この一環として、欧州復興基金の枠組みが利用されているのである。EUGBSを通じて表面的に環境保護をかたる詐欺まがいの行為(いわゆるグリーンウォッシング)を排除できるとの建前はあるが、EUGBSをグローバルスタンダードに仕立て上げたいという本音(野心)も見え隠れする。

既に全世界のグリーンボンド発行額(2020年)のうち、半分がEUに由来しておりEUがルールメーカーになることは既定路線にも見受けられる。資金の集まるところに雇用も収益も生まれやすくなるのだから、EUとして熱心になることは当然である(もちろん、心底、地球の気温を心配しているという胸中もあろうが──)。

<日常生活の安定も行政府の責任>

しかし、急激な脱炭素の潮流が商品価格の騰勢を促しており、これに応じて海外中銀が引き締め(究極的には利上げ)への道筋を検討し始めているのが現状だ。グリーニアムを背景に低利調達に成功しても、大元の資本コストになる政策金利が脱炭素の結果として引き上げられるのであれば「元の木阿弥」である。

例えば、ユーロ圏の域内金利も確実に上がり出しており、これがインフレ懸念に対応した動きであることは説明を要しない。実体経済に生きる「市井(しせい)の人々」の生活からすれば、中銀が「悪いインフレ」を鎮圧するために引き締めを行うという展開は全く良い話ではない。

そうした「短期的な弊害」に対して得られる「長期的な利得」は「地球の気温が下がる」ということに尽きるが、果たしてこの両者はつり合っているのだろうか。

温暖化抑制の重要性は認めるとしても、問題はそのペースではないか。天然ガスが前年比で数倍になったり、これに付随して電気料金が押し上げられたりする話に耐えてまで「地球の気温が下がる」ということにコミットしなければならないとしたら、地球上の人間は何のために生きているのかという根本的な疑問も抱かれる。

「環境問題を考えることは人類の責務」のような誰も反論できない正論にとどまるのではなく、今を生きる人々の生活をどれほど犠牲にして良いのか、という議論も同じ温度感で交わされるべきではないかと思う。

今回、欧州委員会がグリーンボンド発行を通じて集めた資金は、日常生活の安定化に使われるわけではない。具体的には、欧州委員会が「Green Bond Framework」の中で「the eligible green expenditure categories」として9つの分野を設定している。

これはグリーン社会移行のための研究・開発活動、グリーン社会移行を支えるデジタル技術、エネルギー効率、クリーンエネルギーとネットワークなど幅広い分野にわたるが、そもそも脱炭素と引き換えに日常生活が動揺していることに関して何の措置も講じず、情報発信もしないということもまた、責任ある行政府(欧州委員会)の対応とは言えない。

短期的には化石燃料への依存もある程度は容認する姿勢を肯定するか、そうしないのであればグリーンボンドで調達した原資の幾分かを実体経済(足元であれば商品市況)の安定に転用することも正当化されないだろうか。

理想を追求し、未来の気温に気をかけることはもちろん重要だが、それが現在を生きる人々の生活より、優先順が高いのかどうか。もっと落ち着いて考えるべきではないかと考える。

2021年10月31日から11月12日にかけて英国(グラスゴー)で開催される国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)では、そのような視点からの情報発信も多少は期待したいと思う筆者は、少数派なのだろうか。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

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