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コラム:ECBを悩ます域内格差、9月の伊総選挙後にユーロ安加速も=唐鎌大輔氏

[東京 9日] - 欧州中銀(ECB)は7月21日の政策理事会で一部加盟国の国債利回り急上昇(域内金融市場の分断化現象)を念頭に、伝達保護措置(TPI:Transmission Protection Instrument)の導入を決定した。

 8月9日、欧州中銀(ECB)は7月21日の政策理事会で一部加盟国の国債利回り急上昇(域内金融市場の分断化現象)を念頭に、伝達保護措置(TPI:Transmission Protection Instrument)の導入を決定した。フランクフルトのECB前で7月撮影(2022年 ロイター/Wolfgang Rattay)

これにより流通市場において当該国の国債や地方債を際限なく購入できることに一応はなっている。「一応は」と枕詞を付けたのは、TPIの発動条件が余りにも厳格であり、金融市場では「恐らく使われないだろう」という思惑が根強いためである。

ラガルドECB総裁も記者会見で「使わない方が良い」と述べている。かつての無制限国債購入プログラム(OMT)がそうであったように、「抜かずの宝刀」として機能することが期待されていそうだが、今のところ、懸案のイタリア10年債利回りは高止まりしている。

<鮮明になるECBの独売り/伊買い>

TPIを「抜かずの宝刀」と位置付けたうえで、分断化対応策に関して、ラガルド総裁はパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)の柔軟性を活用することが「最初の防御壁(the first line of defense)」だと明言している。

このため、当分はECBが2カ月に1回公表するPEPPの運用状況に注目が集まることになる。PEPPの柔軟化は実態としては「健全国の国債の償還金を脆弱国の国債に再投資する」ということである。

PEPPの新規購入は今年4月以降停止しているため、発表される運用状況の注目点は「どのように再投資され、リバランスされているのか」という点に絞られる。PEPPの運用状況は2カ月単位で公表され、8月初頭には6─7月分の再投資状況が公開されている。

公表資料を見れば一目瞭然だが、6─7月はドイツやフランス、オランダの国債が大きく売られる一方、イタリアやスペインやギリシャの国債が大きく買われており、既に再投資の柔軟化は着手されている。

具体的な数字を見ると、特にドイツ国債の売り越し額は143億ユーロで、イタリア国債とスペイン国債の買い越し額合計157億ユーロと概ね釣り合うイメージになっている。

PEPPの新規購入が停止している4月以降の4カ月間で見ると、ドイツ国債とフランス国債とオランダ国債で177億ユーロが売り越されている一方、イタリア国債とスペイン国債、ギリシャ国債で160億ユーロが買い越しされている。

これら5大国(ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、オランダ)の国債を売買することでバランスシート規模を維持していることが分かる(これに加えてギリシャ国債なども買われている)。とりわけ「ドイツを売ってイタリアを買う」は鮮明である。

<資本金出資比率からのかい離>

問題はこうした特定の加盟国国債を対象とする再投資を続ければ、ECBの資産購入を縛っている出資金比率(capital key)を逸脱するということである。周知の通り、PEPPに限らず、ECBは資産購入の際は各国がECBの拠出している出資金の割合(出資金比率)に準拠して国別購入量を規定している。

上述してきたように「健全国を売って脆弱国を買う」というリバランスを意図的に進めれば、当然ながらECBの保有資産における健全国と脆弱国が占める割合は接近する。

実際、出資金比率からのかい離はもう目立ち始めている。出資金比率からのかい離はPEPPという枠組みに限らず、定例の国債購入プログラムであるPSPP(公的部門購入プログラム)と総合して評価する必要がある。PSPPの方がPEPPよりも歴史が古く、当然、保有国債も多いため、これを抜きにしてECBの国債保有実態は議論できない。

PEPPとPSPPで購入された国債を合計した上で保有比率を計算すると、既にECBのイタリア国債保有比率は資本金出資比率(17%)を2%ポイント弱上回っている。仮に今年4月以降の再投資ペースが維持された場合、年末にはイタリア国債の保有割合が20%に接近する公算であり、これは資本金出資比率で言えばフランスに並ぶ。

もちろん、パンデミックに対応する緊急枠組みであるPEPPは「出資金比率からの一時的かい離」を1つの特徴として生まれた経緯があるため、かい離の存在自体が想定外ということではない。

しかし、再投資の柔軟性を強調したことによって金融市場は「どこまでかい離が許容できるのか」に注目することになるだろう。この点について明確なヒントがあるわけではないが、やはりドイツ国債と同等の保有量に至れば相応に騒ぎになるかもしれない。

言うまでもないが「ドイツを売ってイタリアを買う」を徹底しているのだから、そのまま続けていけば、どこかの時点でECBが抱えるドイツ国債とイタリア国債の保有量は並ぶ。

例えば、今年4月以降の再投資ペースを今年度(2023年3月末)まで継続すれば、そうした展開は視野に入る。これはあり得ない話ではない。

というのも、冒頭で見たように7月以降のイタリア国債の利回りは顕著に下がっておらず「何とか上昇を抑制している」という印象が抱かれる。6─7月に限った場合、イタリア国債はPSPPで24億ユーロ、PEPPで98億ユーロ、計122億ユーロが購入されている。それくらいの購入をしてようやく利回りの抑制を図ることが出来るという状況とも読める。現状以上のペースで「ドイツ売り、イタリア買い」が継続する可能性はある。

<「抜かずの宝刀」ではなく「抜けない宝刀」>

今後、再投資ペースのかぎを握るのは9月25日のイタリア総選挙である。7月21日の会見では、記者がTPIをイタリア対策ではないかと質し「全加盟国が対象で政治リスクに対応するものではない」とラガルド総裁が反論する場面が見られた。

しかし、客観的に見てもTPIを必要とするほど利回りが高止まりしているのはイタリアくらいだ。その利回り高止まりの背景にイタリア政局の混乱があることは、市場では周知された事実と言って良い。当面のイタリア政治情勢は、金融市場の材料となるはずである。

ドラギ政権の下での政治的安定はわずか1年半で終了し、イタリア政局は新政権への過渡期に差し掛かっている。毎度のことながら9月総選挙後の政権樹立は単独政党では困難な情勢であり、現状では右派ポピュリスト政党とされる「イタリアの同胞」、同じく右派ポピュリスト政党と思われる「同盟」の支持率が高く、これに中道右派・政党であるフォルツァ・イタリアが合流することで、右派3党によるポピュリスト連立政権になるとの観測が根強い。

仮にそうなった場合の政策主張などはまだ不透明だが、今後のイタリア政治の方向性が反欧州連合(EU)の色合いを帯びそうなことは否めない。欧州委員会やECBの求める緊縮・構造改革路線に反意を示すこともあるうるシナリオと言える。

既報の通り、TPIの発動はあくまでEUの求める緊縮・構造改革路線を踏襲した場合に限り認められることになっており、右派ポピュリストによる新政権樹立に伴い、域内債券市場は「イタリアへのTPIは困難」という前提で価格形成を始める懸念がある。さしずめ「抜かずの宝刀」ではなく「抜けない宝刀」と見なされる展開である。

こうした政治リスクも踏まえれば、なおさらECBは6─7月よりも早いペースで「ドイツ売り、イタリア買い」を強いられる可能性が高いように思える。

金融市場は資本金出資比率からのかい離率が限界を迎えるとのシナリオ念頭にイタリア国債に売りを仕掛け、同国国債の利回りが上昇、それが外為市場におけるユーロ売りを誘う展開が総選挙前後の9月下旬には警戒される。

政治要因だけに事は流動的であるが、9月のECBやユーロ相場を取り巻く環境が相当に騒がしくなる可能性に構えておきたい。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

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