for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:「投機の円買い」後に「実需の円売り」巻き返しか=唐鎌大輔氏

[東京 24日] - 外為市場でしばしば投機筋の動向として注目されるIMM通貨先物取引における円ポジションに目をやると、2023年1月17日時点で22.4億ドルの売り越しとなっている。これは、2021年3月9日の週に売り越し(以下ネットショート、45.1億ドル)に転じて以降、最小の売り越し額である。

 外為市場でしばしば投機筋の動向として注目されるIMM通貨先物取引における円ポジションに目をやると、2023年1月17日時点で22.4億ドルの売り越しとなっている。これは、2021年3月9日の週に売り越し(以下ネットショート、45.1億ドル)に転じて以降、最小の売り越し額である。唐鎌大輔氏のコラム。写真は2022年6月撮影(2023年 ロイター/Florence Lo)

<ネットショート急減とドル/円の水準>

プラザ合意以降で「史上最大の円安」となるドル/円相場の急騰が始まったのが2022年3月で、同月の平均が77.2億ドルのネットショートだった。ネットショートの金額だけで言えば、2022年3月対比で足元は3分の1程度に縮小していることになる。

それだけ投機筋の円売り意欲が、後退しているとも表現できるかもしれない。しかし、そこまで円売り意欲が弱くなってもドル/円相場は依然として125─130円で推移している。昨年の今ごろに110円強だったことを思えば「投機筋の円売り意欲が後退したにもかかわらず、ドル/円相場はまだ20円以上ドル高・円安に振れたまま」とも言える。

結局、投機の円売り意欲が弱まったところで、実需である貿易収支が圧倒的に円売り超過である以上、ドル/円相場が下落するにも「岩盤」はあるように思う。

IMM通貨先物取引に現れるような足の速いポジションは米連邦準備理事会(FRB)の金融政策動向を筆頭にやはり金利情勢に大きく左右されそうであり、それ自体も極めて重要な話ではある。

しかし、だからと言って貿易赤字の影響を無きものとするわけにもいくまい。現状では「投機の円買い」と「実需の円売り」が綱引きをしているような状況ではないか。

<「実需の円売り」は相応に残る>

ところで、円のネットショートポジションが縮小していると言っても、ネットアウトする前のグロスポジションで見ると、円ロングが増えているわけではない。これは数字を見れば分かる。

例えば、円ロングだけに着目すると、ドル高・円安が顕著に進んだ2022年3─10月平均で28.3億ドルだったのに対し、ドル安・円高が顕著に進んだ同11月─2023年1月(17日まで)平均では27.4億ドルとほとんど変わっていない。

2022年3月以降は内外金利差と貿易赤字の急拡大という「2つの急拡大」が重なり、投機的な円売りが仕掛けやすい環境にあり、実際にそれは相当な収益機会を生んだ。黒田東彦日銀総裁が事あるごとに円安相場を後押しするような情報発信をしてくれたことも追い風となった。

この点、足元ではFRBに対する思惑から内外金利差の縮小が進んでおり、それが投機筋における円ショートの巻き戻しに寄与している状況にある。

だが、FRBの政策運営と貿易赤字の解消は何の関係もない。日本の輸入金額の4分の1は鉱物性燃料の価格動向で決まる。その鉱物性燃料の代表格である原油の価格は2022年半ばにピークアウトしたものの、1バレル60ドル近辺にあった2019年と比較すれば、まだ3割ほど高い水準(80ドル近辺)にある。このままでは輸入額は下がり切らない。

一方、輸出に目をやれば、各国・地域向けの伸びが明確に鈍化しており、中国向けにいたっては前年比減少に転じている。2022年と比較すれば輸入額の減少は予見されるものの、今度は輸出額が伸び悩むという状況が想定される。その結果、貿易赤字と実需の円売りが相応に残ることになる。

<円ロング積み上げには日銀ピボットが必要>

こうした状況にもかかわらず投機筋が積極的に円ロングを積み上げるような展開があるとすれば、やはり今年4月以降の日銀新体制で積極的な引き締め路線が取られるケースくらいだろうか。もっともそれはリスクシナリオなのだろう。

そもそも「年後半に米国の利下げが強く期待されている環境で日銀が正常化を進める」ということが可能なのか。歴史的にも日銀のタカ派姿勢とFRBのハト派姿勢の併存は難しい印象が非常に強い。

ラフなイメージを描いてみる。FRBの利上げ停止と米国の景気失速は今年5月以降に話題になりやすいだろう(利上げ停止自体はもっと早いかもしれない)。一方、日銀政策決定会合は4月、6月、7月に予定されている。年後半にFRBの利下げ期待が膨らみやすいとすれば、日銀が正常化を進めるためにはそのタイミング(4月、6月、7月)を突くしかないのではないか。

とはいえ、新体制の発足当初にタカ派姿勢をあらわにするリスクは小さくない。新体制下での初会合(4月27─28日)は市場だけではなく世間からもかなり大きな注目を浴び、事前の観測報道も過熱するだろう。初会合でのイメージが5年間付いて回る可能性はある(実際、黒田体制はそうだった)。

今年は欧米を中心に世界経済の失速が見えている中、日本のパフォーマンスも徐々に低調なものになっていく公算がある。それは日銀の金融政策に帰責するものではないはずだが、初会合の挙動次第では「景気低迷の戦犯」と指を差されやすくなる恐れもある。むやみにタカ派的な姿勢を振りまくことは避けたいというのが日銀の胸中ではないか。

政府・日銀の共同声明における物価目標をより抽象的なものに修正する程度のことはあっても、初回会合からイールドカーブコントロール(YCC)の廃棄やマイナス金利解除を示唆するようなことは無いと思いたい。

もちろん、新総裁の決断次第で状況は一変するが、投機筋の円ロング積み上げに必要な日銀ピボット(政策転換)とも言える動きを前提に、円高相場を当て込むのは危ういように思う。

<軽くなった円ショートは円安の布石に>

筆者はむしろ、円ショートが解消に向かいポジションが軽くなった(再び円ショートを増やしやすくなった)後の影響を重く見たい。利上げ停止後のFRBは当面、「なぎ」の姿勢を貫くと思われる。そうした政策姿勢は金融市場に株高とボラティリティ低下をもたらす可能性がある。

FF金利は高止まりするので政策金利の格差は残り、ボラティリティも下がるならば「低い金利の通貨を売って高い金利の通貨を持つ」という金利差を狙う為替取引(キャリー取引とほぼ同義)が報われやすくなる。

2006─07年、円安バブルと言われた時代が似た環境だった。当時を振り返ると、日本は巨大な貿易黒字も抱えていたため「いずれ実需で円高に引き戻される」という懸念も伴いながら円安が進んでいた(実際に2007年以降、強烈な円高が到来した)。

片や、今の日本は巨大な貿易赤字を抱えている。このまま投機筋のポジションに関して円ショートが解消され、ネットでロングに転じるよりも再びショートが拡大していく展開の方が想像しやすくないだろうか。

もちろん、こうした想定はFRBが早期利下げに踏み切れば覆ってしまうのだが、その可能性はやはり低いように筆者は思っている。この点は別の機会に論じたい。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up