[東京 13日] - 財務省が2月8日に発表した2022年の国際収支統計では、経常収支が11兆4432億円の黒字と2014年の3兆9215億円以来、8年ぶりの低水準を記録した。
<22年国際収支、成熟した債権国の姿>
経常黒字の減少は言うまでもなく資源高と円安に起因しており、貿易サービス収支は21兆3881億円の赤字と現行統計開始以来で最大を更新している。それでも2014年に比べて大幅な経常黒字を確保できた背景には、第1次所得収支の黒字が35兆3087億円と史上初めてとなる30兆円台まで拡大したことが指摘できる。
歴史的な円安を背景に、海外保有資産から発生する収益である第1次所得収支の黒字が膨張したのである。日本の対外経済部門に残された最後の強みと言えるだろう。敢えて総括するならば「財では稼げないが、投資収益で稼ぐ」という「成熟した債権国」らしい仕上がりになっていると言えるだろう。
<伏兵は「その他サービス収支赤字」>
過去1年間、日本の経常収支をめぐる注目点は、1)円安・資源高を受けた貿易赤字の拡大、2)鎖国政策を受けた旅行収支黒字の縮小(ほとんど消滅)だった。
しかし、ここにきて第3の論点として「その他サービス収支」の赤字拡大という事実も目立つようになっている。確かに、2022年の国際収支統計は巨額の貿易赤字が全体感を規定しており、これが最も重要な注目点であることは間違いない。だが、サービス収支だけを見ても5兆6073億円の赤字と2020年の5兆6521億円以来の大きさを記録している。
サービス収支は、旅行、輸送、その他の3本の収支から構成される。多くの人が理解する通り、本来、これほど円安になったのであれば観光地として人気の高い日本は旅行収支の黒字を積み上げることができたはずだった。しかし、2022年は根拠薄弱な入国規制が年初9カ月間にわたって継続された。
いまだに日本入国には陰性証明やワクチン接種回数の報告が必要であり、この状況が完全に終わったわけではない。その結果、2022年の旅行収支は4360億円の黒字にとどまった。これはパンデミック元年である2020年の5552億円の黒字よりも小さくなった。残念と言わざるを得ない。
もっとも旅行収支はそれでも黒字だ。では、なぜサービス収支の赤字がこれほどまでに拡大したのか。それが第3の論点である「その他サービス収支」の赤字拡大というに関わる。ここまで見たように、サービス収支は旅行、輸送、その他の3本からなるが、このうち2022年のその他サービス収支は5兆1451億円の赤字と統計開始以来の規模を更新している。
旅行収支が年後半にかろうじて黒字に転じる中、年間を通じてその他サービス収支の赤字幅は継続的に膨らんでおり、これがサービス収支全体を押し下げている。
<「その他サービス収支」赤字が示す日本の課題>
では、その他サービス収支とは何か。ここに含まれる項目は多岐にわたるが、基本的には「知的財産権等使用料」の黒字を除けば、全て赤字である。近年ではGAFAなど巨大IT企業のクラウドサービスへの支払いなどを含む「通信・コンピュータ・情報サービス」や「保険・年金サービス」などが大きな赤字を記録している。
しかし、最も大きな赤字は「その他業務サービス」という項目から出ており、これだけで4兆3689億円に達している。
具体的に「その他業務サービス」の中身を見ると、「研究開発サービス」、「専門・経営コンサルティングサービス」、「技術・貿易関連・その他業務サービス」の3つで構成されている。2022年の赤字はそれぞれ1兆7355億円、1兆6666億円、9668億円だ。
「研究開発サービス」は文字通り、研究開発に係るサービス取引のほか、研究開発の成果である産業財産権(特許権、実用新案権、意匠権)の売買などを計上する。これに対し、「専門・経営コンサルティングサービス」はウェブサイトの広告スペースを売買する取引やスポーツ大会のスポンサー料などを計上する。
最後の「技術・貿易関連・その他業務サービス」は建築、工学等の技術サービス、農業、鉱業サービス、オペレーショナルリースサービス、貿易関連サービスなどを含むとされ、例えば、石油や天然ガス等の探鉱・採掘などの売買が計上されている。
筆者はこれらの分野に明るいわけではないので多くを語ることはできないが、クラウドサービスや研究開発、ウェブサイト広告の売買など、近年の米国経済が「強い」と言われ、日本経済が「弱い」と言われてきた分野がはっきりと国際収支統計上の数字で確認されたように思える。
「その他サービス収支」の赤字は過去10年間で拡大傾向にあるため、旅行収支を2019年並みの黒字(約2.7兆円)まで復元したとしても、サービス収支自体は相応の赤字幅が残ることが予想される。
これまで日本の経常収支の全体像を語る上では貿易赤字や旅行収支黒字の動向をウォッチするのが定石であったが、その他サービス収支赤字の動向も無視できない存在感を持ち始めていることは覚えておきたい。
<非科学的な水際対策、直ぐに撤廃を>
為替(円)への影響は引き続き脆弱性をはらむと言わざるを得ない。経常収支が黒字であることに越したことは無いが、本丸である第1次所得収支黒字は外貨のまま再投資される割合が多く、円を実需面から支える迫力は貿易収支と比較にならない。
2022年通年の経常収支が黒字確保にこぎつけたことに関しては、資源高や円安など未曽有の事態に直面した経緯を踏まえれば大健闘という印象もある。だが、経常黒字があっても「史上最大の円安」になったという見方もできる。
結局のところ、ドル/円相場の歴史は究極的には貿易収支の歴史に規定されてきた印象が強い。過去1年間で発生した膨大な貿易赤字を踏まえれば、いくら米金利が低下すると言っても、一方的な円高地合いが続くとはどうしても考えにくい。
今後、「実需が期待できる黒字」という意味ではやはり旅行収支に期待を抱かざるを得ないが、先に指摘した上述した通り、現状は芳しくない。昨年10月以降、水際対策が大幅に緩和されたことでインバウンドの出足は急速に戻っているが、過去の勢いを取り戻していない。
10─12月期合計のインバウンドのデータについてみると、2017─2019年の3年平均は約756万人であった。これに対し2022年月期は約281万人と4割弱にとどまった。
日本は依然として入国時に「ワクチン3回分の接種証明」もしくは「72時間以内の陰性証明」を要求する稀有な国である。インバウンドは例年4─7月にその需要のピークを迎える。「5月8日」とされる感染症分類変更の時期まで入国規制を引っ張るのだろうか。
そうなると4月分はやはり機会損失が生じるだろう。上で述べたように、日本のサービス収支はその他サービス収支経由で赤字体質が強まっているようにも見受けられる。科学的にも、国際的にも形骸化しているとしか言いようがない入国規制は即刻撤廃の上、今や日本にとっては貴重な外貨獲得の経路となった旅行収支需要の取り扱いに目を向けて欲しいと思う。
昨年11月以降、名目ベースでまとまった幅の円高が進んだものの、実質実効為替レート(REER)で見れば、依然として半世紀ぶりの円安水準が続いている。政府が特に何も介入しなければ、自然と多くの外国人が日本を目指し、外貨を落としてくれる展開は期待できるのではないかと思う。
編集:田巻一彦
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。
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