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コラム:迫力失う「リスクオフの円買い」、根強い実需の円売り=唐鎌大輔氏

[東京 27日] - 3月10日、シリコンバレー銀行(SⅤB)の破綻で始まった国際金融不安は米地方銀行の経営不安問題を超えて、欧州の大手金融機関の再編にまで至った。

 3月27日、シリコンバレー銀行(SⅤB)の破綻で始まった国際金融不安は米地方銀行の経営不安問題を超えて、欧州の大手金融機関の再編にまで至った。写真は円紙幣のイメージ。2022年6月撮影(2023年 ロイター/Florence Lo)

米連邦準備理事会(FRB)や欧州中銀(ECB)の利上げ幅や回数に注視していた従前のムードは一変し、「これで不安が収まったのかどうか」という目先の展開に目を奪われる雰囲気が充満している。

厳格な資本規制の下、「第2のリーマンショック」は起き得ないというのが市場の本心に近いはずだが、そこまで信じ切れていないというのが、本稿執筆時点の市場心理と見受けられる。

しかし、為替市場、とりわけドル/円相場の見通しに関しては目先の不安やこれにつれた金利動向で右往左往しないように努めたい。国際金融不安に伴う米金利急低下とこれに伴うドル安・円高で円安予想が難しくなったかのようなムードもあるが、筆者の基本認識はあまり変わっていない。

<2023年も貿易赤字の重圧>

年初2カ月の貿易赤字は約4兆円と過去に類例のない規模に達している。その上で2022年に記録した20兆円の貿易赤字は、ラグを伴いながら2023年以降の円相場にも影響を持つことを考慮する必要がある。

このような状況の下で、需給環境は依然として円売りに傾斜していると考えるべきである。例えば、主要通貨の名目実効為替相場(NEER)に関し、2022年と2023年初来(3月21日時点)の変化率を比較し、主要通貨の現状をみると、結局、昨年来の円安相場が変わっていないことが分かる。

2022年では12.4%、2023年初来では0.5%とそれぞれ下落し、反発が見られていない。昨年、NEERベースでトルコリラ(17.9%)をほうふつとさせる2ケタ下落率を記録しながら、円は未だにその弱さを引きずっている。

昨年10月下旬にドル/円相場が152円付近でピークアウトして以降、FRBの利上げ幅は3分の1になり、足元では利上げ停止観測(その先にある早期利下げ観測)まで浮上している。

その間、1月に127.22円の年初来安値をつけたものの、その後は130円台へ復帰し安定した。ちなみに、この際の円高には「日銀新体制における正常化観測」も効いており、FRBの政策運営だけが原因ではなかった。

過去の本コラムへの寄稿でも論じている点だが、そうした中央銀行の「次の一手」に絡んで金利動向が目先の変動を説明するのに有用なことは間違いないとしても、底流にある需給動向に関し「円を売りたい人の方が多い」という事実がある以上、今次の円安局面が始まる直前の水準(113円付近)まで戻るのは難しいように思える。

<実効ベースでは円安修正進まず>

為替市場では昨年10月から今年1月の約3カ月間で152円から127円まで進んだ鋭角的な円高のイメージが脳裏に焼き付いていると思われる。また、2月中に137円付近まで上昇した後に、130円割れまで引き戻されたことも記憶に新しいだろう。しかし、実効ベースで見れば大して円高が進んでいるとは言えない。

例えば、1973年以降のNEERおよび実質実効為替相場(REER)の動きを確認してみると、NEERは円安バブルと言われた2007年頃と同じ水準、REERは変動為替相場制が導入される以前(1971年頃)と同じ水準で推移していることが分かる。

超長期の視点に立った場合、2021年から2022年の円安は視認可能だが、昨年10月から今年1月の円高はそれほど大きな動きとは言えない。特に半世紀ぶりの安値水準でいまだに推移しているREERは日本が海外の財・サービスを求める際の購買力にほかならず、「安い日本」の状況が全くと言ってよいほど変わっていないことを示している。

<金利だけで円相場の方向・水準決まらず>

現状、筆者はグローバルな金融不安はこのまま沈静化し、再びインフレ抑制がテーマとなる局面に戻っていくことを前提に為替見通しを策定している。したがってFRBの早期利下げを受けた(米国の)金利面からの円高圧力は限定的と見る立場だ。

そもそも「75bPの利上げが常態だった局面」から「早期利下げ観測まで台頭する局面」へシフトしても、ドル/円相場の130円割れは定着していない。ということは、金利だけで方向や水準を考えるのは危ういということではないだろうか。こうした現状から理解されるべき事実は「需給面からの円安圧力も非常に強いこと」ではないか。

もちろん、グローバルな金融不安が本当に早期利下げに直結するのであれば、それは想定外の円高リスクになる。しかし、それでもドル/円相場で言えば125円割れがあるかどうかというのが筆者の相場観だ。さらに言えば、仮に125円までドル安・円高が進んだとしても、NEERやREERで示唆される歴史的な円安水準が大きく変わるとは限らない。

とりわけ諸外国との相対的な物価格差を織り込むREERはほぼ間違いなく、「半世紀ぶりの円安」が残存するはずだ。NEERやREERに映る円安は内外金利差の拡大・縮小よりも、過去10年間における日本の需給構造変化を反映したものであり、大局観としての「安い日本」はほとんど変わらないと考えられる。

<「安全資産としての円」、確認できず>

ちなみに年央以降の米利下げが織り込まれ、日米金利差が縮小する現状において、動きの速い投機筋はドル売り・円買いを増やしているのか──。

この点を確認するためIMM通貨先物取引の状況を見ると、3月21日時点までの数字が明らかになっている。SⅤB破綻が3月10日、シグネチャー・バンク破綻が3月12日、UBSによるクレディ・スイス救済が3月19日であるから、一連の金融不安勃発を受けた投機ポジションということになる。

昨年10月下旬、152円付近を付けた頃に最も膨らんだ円のネットショートポジションは今年1月末には概ね中立に近づいた。その際につけたドル/円相場の年初来安値が127.22円だった。今次の円安局面の起点が113円付近だったことを思えば、「投機ポジションが清算されても130円弱までしか戻らなかった」というようにも読める。その背景が2022年中に膨張した貿易赤字に象徴される需給環境の激変というのが筆者の基本認識だ。

今年2月以降は、インフレ再加速の懸念を背景に米金利が再び上昇するのに合わせて円のネットショートポジションも再拡大した。その結果、ドル/円も137円付近まで急上昇している。

その後、SⅤBやシグネチャーバンクの破綻を経てFRBの年内利下げ転換は大分織り込みが進んでいるわけだが、3月21日時点の投機ポジションを見る限り、円は対ドルで大きく買い戻されているわけではない。

むしろグロスで見れば、円ロングは2月中旬以降で顕著に減少傾向にあり、3月21日時点では6.84億ドルと2022年4月以来の低水準を記録している。

要するに、今回の混乱において「安全資産としての円」という需要はほとんど確認することができてない。「リスクオフムードが高まっても円が買い戻されない」という状況はちょうど1年前にロシアがウクライナに侵攻した際にも指摘されており、やはりかつての日本円とは性質が変わりつつあることを感じさせる。

こうした中、当面の円相場が顕著に上昇する展開があるとすれば、それは国際金融不安の増大とこれに伴う早期利下げ転換が現実味を帯びるよりほかないように思える。日米金利差に照らした場合、米10年金利がはっきり3.20%を割り込んでくれば安定的に130円を割り込む展開が期待できるように思っている。

裏を返せば、そこまで想定してようやく130円を割り込める地合いになるということであり、かつて日本経済・社会を揺るがせてきた「リスクオフの円買い」は着実にその迫力を失っていると言わざるを得ない。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

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