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コラム:動き出した欧州復興債、新たな安全資産の誕生か=唐鎌大輔氏

[東京 24日] - 今からちょうど1年前、金融市場では欧州復興基金創設が欧州連合(EU)首脳会議で合意に至るかどうかが注目を集めていた。今月に入り、いよいよそれが稼働し始めた。6月15日、欧州復興基金は初の債券発行(10年債、2031年7月満期)による資金調達に踏み切り、200億ユーロの募集に対し1420億ユーロと7倍の注文を集めた。 

今からちょうど1年前、金融市場では欧州復興基金創設がEU首脳会議で合意に至るかどうかが注目を集めていた。今月に入り、いよいよそれが稼働し始めた。写真はユーロ紙幣。2017年11月撮影(2021年 ロイター/Benoit Tessier)

欧州委員会の計画では2021年末までに800億ユーロ、2026年末までに8000億ユーロが発行される予定である(償還は2058年まで)。復興基金の正式名称は「次世代のEU(NGEU:Next Generation EU)」であり、文字通り、パンデミック後のEUの未来を創生するための財源と位置づけられる。EUの今期多年度予算(2021─27年度予算)である1兆743億ユーロに、NGEUの7500億ユーロが加わり、総額1兆8243億ユーロに及ぶ大規模予算が環境やデジタル化といった分野に投じられる。

<ハミルトン・モーメントを見極める>

直近の経緯を簡単に振り返っておくと、EU経済・財務相理事会(ECOFIN)は5月31日、NGEUの独自財源に関する批准を完了し、6月1日から発効した。これにより総額7500億ユーロの共同債券(以下NGEU債)発行を通じた資金調達が法的に可能となった。

「8000億ユーロ」の調達計画とされているのは、将来の物価上昇を加味した場合、現在におけるその金額が実質的に約7500億ユーロに相当するという話である。NGEUの中ではいくつかの費目に分かれており、中核は7500億ユーロのうち6725億ユーロを占める「復興・強靭化ファシリティ(RRF:EU Recovery and Resilience Facility)」である。このRRFの支援を受けるため復興・強靭化計画が提出され、その承認プロセスを経て必要な加盟国に財源が行き渡ることになる。当面のEUでは、その承認プロセスを迅速化することが求められるだろう。

なお、米国の初代財務長官であるアレキサンダー・ハミルトンが各州の債務共通化(財政統合)に奔走し、今日の米ドルの礎を作ったことにちなんで、財政統合による合衆国誕生の瞬間を「ハミルトン・モーメント」と呼ぶことがある。

今後はNGEUの下での債券発行が、ハミルトン・モーメントに発展するのかを見極めていく局面に入る。NGEU債の誕生がハミルトン・モーメントに相当するかどうかは即断できないが、長期的な視点に立てば市場参加者にとって、一大テーマと言って良いだろう。

<世界的な安全資産不足>

というのも、安全資産は世界的に不足している(だから世界的に金利が消滅している)。NGEU債は当然最高格付であり、今後流動性が伴ってくれば、米国債に次ぐ「新たな安全資産」になる可能性を秘める。冒頭で紹介した初回発行の好調な滑り出しは、安全資産市場に一石を投じる存在としての注目度の高さを感じさせる。

既に欧州委員会はコロナ禍の雇用維持を企図したプログラムである「緊急時の失業リスク緩和のための一時的支援策(SURE:The temporary Support to mitigate Unemployment Risks in an Emergency)」の資金として、900億ユーロのソーシャルボンド(SURE債)を発行している。「社会問題解決のための資金」という時流に沿った発行方式もさることながら、「欧州委員会発行の債券」という事実も評価ポイントであろう。

NGEU債の発行予定額はSURE債(総額1000億ユーロ)の8倍であり、年限も長期間にわたる。また、SURE債と同様にNGEU債も、発行総額の約30%に相当する2500億ユーロが環境債(グリーンボンド)で発行される予定であり、これにより「金融市場における最大のソーシャルボンド(ESG債、サステナブル債など呼称は色々だが、ここではソーシャルボンドと呼ぶ)発行体になる」と欧州委員会は標榜している。

環境分野で主導権を握り、規範を作っていきたいEUとして政治的な思惑を大いに含んだ財政計画であることもポイントである。昨今のESG礼賛ブームへの賛否はさておき、現状を前提とすれば、「欧州委員会の発行するソーシャルボンド」は「引く手あまた」と予想する。

<規模は米国債市場の半分以下>

もちろん、世界で最も流動性に優れ格付けも高い米国債と、生まれたばかりのNGEU債を比較するのは時期尚早ではある。政府債務残高(2020年、IMF統計)をラフに国債市場の規模と見なして比較した場合、ドイツ、フランス、イタリアの3大国にNGEU債の発行総額の8000億ユーロ(約9600億ドル))を上乗せしても10兆ドル規模。これは米国の半分以下であり、日本と比べても小さい。

ユーロ圏の国内総生産(GDP)(2020年、IMF統計)に対して70%程度の金額であり、単一通貨導入のためのマーストリヒト基準(60%以内)の制約をやや逸脱している程度のイメージである。ユーロ圏としては安定成長協定の下で、「国債を発行させない」仕組みを整えることに執心してきた歴史があるので、債務残高の規模は構造的に抑え込まれている面もある。

また、信用格付けで言えば、ドイツ国債は最高格付けだが、イタリア国債はもちろん、フランス国債も最高ではなく、「ユーロ建ての安全資産」と言った場合、ドイツ国債くらいしか存在しないという現状もある。そうした「信用力の分断」が、投資家にとってユーロ建て資産の運用を難しくしてきた。「第2の基軸通貨」という大仰な言い方をするかどうかはさておき、欧州委員会がユーロの利用を一段と促し、外貨準備などにおける保有・運用まで期待するのであれば、NGEU債の継続的な発行と保有主体の多様化は、追求すべき1つの道である。

実際のところ、見通せる将来において、米国債に次ぐ安全資産が登場するとすれば、それはNGEU債以外に考えられないだろう。既に外貨準備運用におけるドル離れと多様化は過去四半世紀の潮流であり、NGEU債の安定した発行が軌道に乗ってくれば、関心を持つ海外金融当局は少なくないはずである。欧州委員会発行の債券を欧州中銀(ECB)が購入するという構図が健全かどうかという問題は残るにしても、何かにつけて「買うものがない」という窮屈な状況に直面しやすいECBの金融緩和においてもNGEU債の存在は重宝されそうだ。

<共通財政政策への一歩になるか>

もちろん、NGEUという名称はあくまで現行の多年度予算における用語であって、あくまで時限的な枠組みである。当然、NGEU債も時限的な資金調達手段にとどまるので、それゆえに「復興基金合意はハミルトン・モーメントではない」という主張もある。

しかし、既存の危機対応基金である欧州安定メカニズム(ESM)も欧州金融安定ファシリティ(EFSF)という時限的な存在から発展したものであり、これが債務危機の最中に恒久化されたという経緯がある。

危機が仕組みを変えたのであり、今回も「パンデミックなかりせば」NGEU債など到底実現していないだろう。結局、ハミルトン・モーメントかどうかは事後的にしか分からないのであり、我々が今、即断することはできない。

現行の多年度予算が終わるころ、次の多年度予算(2028─34年)を検討する際に、債務共有化は正式に議論されることになるだろう。筆者は共同債券市場の広がりは結果的に域内資本市場に厚みをもたらし、通貨ユーロの価値安定にもつながる有用な動きだと考える。その道のりはいつも通り、非常に多くの内輪もめを乗り越え、折衷案に折衷案を重ねる必要があるのだろう。それでも完成形に至るかどうかは確証が持てない。

域内共通の財務省を作り、共通予算の下で共通債券を発行して共通の財政政策を運用するという欧州合衆国への大きな一歩は「今世紀中に可能かどうか」というくらいの超長期的目線で進展を見守るテーマである。だが、未来を先取りしたい市場参加者にとっては、看過できないテーマでもあるはずだ。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

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