October 8, 2015 / 9:34 AM / 4 years ago

コラム:遠のく米利上げで「円安延命」の皮肉=唐鎌大輔氏

[東京 8日] - 米国の企業マインドに変調が見られる。米9月ISM非製造業景気指数は56.9と前月の59.0から低下し市場予想も下回った。確かに同指数は2005年以来の高水準からの反転であり、まだ深刻視する段階にはないが、心配なのがISM製造業景気指数の悪化ぶりだ。

9月は50.2と3カ月連続で悪化しただけでなく、景気の拡大・縮小の分かれ目となる50割れに近づいている。ISM製造業景気指数は過去12回で見ても8回、前月比で悪化しており、こうした傾向は最近の雇用統計で財部門の雇用がふるわないこととも合致する。

景気の節目では必ずこうしたソフトデータから変調が始まるものであり、現状には警戒を要する。今の米国経済は、企業部門の足元が崩れ始めている可能性が不安視される。

この背景には中国を筆頭とする新興国の状況悪化もあると推測されるが、ドル高の影響も大きそうである。米連邦準備理事会(FRB)が正常化のコミュニケーションに時間をかけ過ぎたことによってドル相場がたっぷりと利上げ期待を吸収し、高くなってしまったことも企業マインドを冷え込ませている。文字通り、自縄自縛の状況である。

<米雇用20万人増継続はそもそも過大な期待>

このようなソフトデータに加え、ハードデータの代表格である雇用市場の現状も勘案すると、「FRBは利上げの好機を逸したのではないか」との思いはどうしても強まる。9月雇用統計でも示されたように、雇用回復のモメンタムはここにきて衰えが見られる。

非農業部門雇用者数変化の6カ月平均に注目した場合、2014年3月から今年7月までの17カ月間では前月比プラス20万人の増勢が維持されていたが、最近2カ月(8月、9月)はこのペースを割り込んでいる。

そもそも過去を振り返っても、6カ月平均の20万人超えはそうそう続くものではない。1990年以降では、ITバブル前夜からその全盛期までを含む1996年5月から2000年7月までの51カ月間、そして1993年9月から1995年4月までの20カ月間の2つの局面が相当する。

しかし、これらの時代に大前提として存在した中国を筆頭とする新興国の高成長というフロンティアは今や昔の話だ。米国自身も労働力人口の減少が指摘されている状況下、当時と同様のモメンタムを期待するのは酷と言わざるを得ない。

現状、イエレンFRB議長は米利上げの条件として「雇用市場のさらなる改善」に言及しているが、ここから再び増勢基調が20万人超えに回帰していくかどうかは定かではない。言い方を変えれば、雇用回復を所与として利上げを検討できる恵まれた状況がいつまでも続くわけがないのである。

<米景気拡大が終盤に差し掛かっている可能性>

加えて、景気がピークアウトしたタイミング(いわゆる景気の山)からカウントした雇用の変化幅を見ても、米雇用市場の失速は懸念される。

全米経済研究所(NBER)の定義に従えば、米国経済は金融危機後の「2007年12月」に山をつけ、「2009年6月」に谷をつけたとされる。しかし、周知の通り、2009年6月以降も米経済の苦境は続き、現にまだ利上げできていない。

2007年12月を起点として見た場合、2010年2月には一時マイナス900万人弱の雇用が失われるという悲惨な状況にあったが、2015年9月時点ではプラス400万人以上の雇用が創出されている。つまり、雇用増加という「量」だけを捉えれば、リーマンショック後に失った雇用は全て取り返した上で余りあるというのが現状だ。過去の米経済の景気循環を振り返っても、これほどまでに雇用が復元しても利上げに至っていないケースは珍しく、その意味で利上げに固執するFRBの言い分も分からなくはない。

しかし、ここまで「量」の回復を引っ張ったことにより浮かび上がるのは、そろそろピークアウトするかもしれないという疑念である。2015年10月は2007年12月の「景気の山」から93カ月目にあたるが、過去を振り返れば、90カ月以上経った局面で景気拡大が一服し、再び雇用が減少し始めるということもあった。

NBERによれば、1970年以降の米経済の拡大局面は平均66.5カ月だったが、現在は2009年7月から数えて76カ月目に突入している。長いから駄目だと言うつもりはないが、経験則に照らせば米経済の循環的な拡大局面が終盤戦に差し掛かっている疑いはある。

冒頭述べたように、結局、過去2年間を振り返れば、FRBの正常化宣言がドル高を招き、その助走期間を引っ張り過ぎたことで通貨高が製造業を中心に金融引き締め効果を持ち始めてしまった。そろそろ雇用市場の方が利上げを待ちくたびれてしまい、回復ペースが鈍ってくる展開は十分考えられる。

それにしても、この状況下で、FRBはなぜ利上げに固執するのか。雇用回復が辛うじて続いたとしても、それだけで利上げできる状況でもない。いみじくも9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)声明文で示されたように、現在の懸案は海外情勢であり、新興国に混乱をもたらしかねない利上げをわざわざ敢行する合理性はどこにあるのかという観点も問われる。すでに述べたように、弱い海外経済やドル高を受けて米企業部門の動揺は始まっている。

また、「量」として雇用回復が堅調でも、「質」である賃金上昇がついてきているわけではない。それゆえにインフレ高進が不安視されるような状況にもない。

それでも利上げしたい理由は、つまるところ、次の局面に向けてカードを貯めたいという「糊代(のりしろ)論」に尽きるのだろうか。上述したように、雇用回復のピークアウトが目前に迫っているのだとすれば、余計にFRBが「のりしろ作り」に執心するのは無理もない。ただ、それならば、雇用回復のモメンタムが最も強かった今年上半期に利上げをしておくべきだった。

<「利上げなし」と市場が織り込むまで円安基調か>

商品価格が浮上のきっかけをつかめない状況で、雇用回復のペースも成熟してくるとすれば、デュアルマンデート(雇用最大化と物価安定)に照らして、もはや利上げの大義は雲散霧消してしまうことになる。だとすれば、今後のドル円相場見通しを検討する際には「もはや利上げなし」のシナリオを市場がいつ織り込むのかという論点も勘案すべきかもしれない。

筆者は年内に関しては「正常化の虜(とりこ)」になったFRBが利上げを示唆し続ける中で、日米金融政策格差を理由に円安・ドル高が進むものと考えてきた。そして、年明け後は、拙速な利上げが米経済の重石となり、結局はFRBが正常化を諦め、2016年は5年ぶりに円高・ドル安に反転するという展開をメインシナリオとして描いてきた。

しかし、現状を踏まえる限り、リスクシナリオとして、FRBが年内利上げを見送った上で、それでも正常化の挫折を認めず、未練がましく正常化の旗を掲げ続けることで、皮肉にも円安シナリオが延命するという展開も考える必要があるのかもしれない。

金利先高観がある限り、日本から海外への対外証券投資は堅調さが維持され、それが貿易赤字とともに円売り需給を支えると思われるからである。だが、仮にそのような展開になったとしても、それは市場が「もはや利上げなし」と気付くまでの束(つか)の間の動きなのではないか。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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