April 15, 2019 / 3:44 AM / 2 months ago

コラム:「大いなる安定」シナリオが狂えば円高へ=門間一夫氏

[東京 15日] - 世界経済は、2018年後半から減速がはっきりしてきた。特に19年1─3月では、製造業の調整色が鮮明になった。

 4月15日、日本経済が実態として、大幅な雇用調整を伴うような実質的な景気後退に陥る可能性は低いとみられるが、「大いなる安定」シナリオに少しでも狂いが生じた場合、市場で円高ストーリーが強まる素地は消えていないと、みずほ総合研究所の門間一夫氏は説く。都内で2016年撮影(2019年  ロイター/Yuya Shino)

製造業のグローバル購買担当景気指数(PMI)は、18年初めをピークにほぼ一本調子で低下してきており、直近の水準は、以前最も大きく低下した16年初頭とほぼ同水準となっている。

日本経済もその影響から逃れられない。本年1─3月の鉱工業生産は、前期比マイナス2─3%程度の落ち込みになる可能性が高い。実質国内総生産(GDP)成長率もマイナスになれば、過去5四半期のうち3四半期がマイナス成長ということになる。

政府は1月、景気拡大局面が戦後最長になった可能性に言及したが、正式な景気基準日付がどうなるかは予断を許さない。形式上、景気の「山(ピーク)」をすでに越えてしまっている可能性も小さくはない。

「形式上」と述べたのは、日本経済が実態として、大幅な雇用調整を伴うような実質的な景気後退に陥る可能性は低いとみられるからである。

<減速すれども後退せず>

世界経済の減速がそれほど深刻なものにはならない、というのがその理由だ。国際通貨基金(IMF)が9日発表した最新見通しによれば、世界経済の19年成長率は3.3%に下方修正された。18年の3.8%に比べれば明確な減速ではあるものの、リーマンショック直後の09年につけたマイナス0.1%はもちろん、ITバブル崩壊直後の01年成長率2.5%と比べても、高い成長が維持される見通しだ。

世界経済の減速が深刻化しない理由として、筆者が重要と考えるのは次の4点である。

第1に、中国はすでに減税やインフラ投資など景気対策を打っている。3月製造業PMIの改善が、その対策効果が表れ始めた証拠と断定するのはまだ早いが、昨年秋ごろからの経済活動の急速な減速には、歯止めがかかってきているようだ。

第2に、先進国に共通する特徴として、製造業が弱くても、非製造業には相応の底堅さが見られる。雇用や所得環境がしっかりしていること、そして企業収益が高水準にあることが基本的な背景だ。

もっとも、製造業の下降モメンタムが一段と強まるようなら、非製造業もいつまでも持ちこたえられるわけではない。製造業の下げ止まりをそろそろ確認したいところであり、その点が当面の景気診断における最大のポイントになる。

第3に、インフレ率が低いため、先進国の金融政策は緩和的な状態が続いている。この点、唯一リスクがあった米国についても、今年に入り米連邦準備理事会(FRB)のハト派姿勢が鮮明になっている。そうした政策判断の正しさを裏付けるように、米国の物価はその後も落ち着いている。

第4に、金融システムの耐性が強化されていることがある。もちろん、金融緩和の長期化に伴い、さまざまな不均衡がある程度蓄積している可能性はあるし、米国を中心に株やクレジット市場で一定の調整が起きることは十分考えられる。しかし、リーマンショックの反省に基づいて抜本的な金融規制改革が進められた結果、グローバル金融システムが格段に打たれ強くなっていることは、ほぼ間違いない。

<力強さを伴わない「安定」へ>

以上を踏まえると、世界および日本の経済が、景気後退に陥る可能性は低い。しかし、その後に力強い成長が戻ってくる可能性もまた低いように思われる。そう考える理由を3つ挙げる。

第1の理由は、労働需給が既にひっ迫しており、経済成長が労働供給の面から、おのずと制約されることだ。失業率は米国では50年ぶり、日本では26年ぶりの低水準にある。欧州では表面上の数字は高いが、構造的な失業の部分が大きく、少なくともドイツなどいくつかの国では人手不足が問題になっている。

第2は、企業の成長期待が強くないことである。労働需給がひっ迫している時にもし成長期待が強ければ、企業は賃金を大幅に引き上げてでも労働力を確保しようと試み、そのコスト上昇を強気に価格転嫁していく。その結果、インフレ率が高まり、金融が引き締められて経済に強めのブレーキがかかっていく。これがかつての景気循環であった。

しかし、日本は90年代以降、そして米欧諸国も金融危機後は、企業行動がより予定調和的になっている。採用が難しければ、むやみに賃上げするのではなく、業容の拡大を諦める。このため、インフレになる手前で経済にエンジンブレーキがかかるのである。もちろん、これは悪いことではない。

第3に、供給制約に達した経済が、その後も持続的に高い成長を続けるには、潜在成長率の上昇が必要だが、現状それが起こりつつあるようには見えない。どちらかと言えば、低下する可能性が懸念される。

世界的にみれば、中国経済の成長ペースは中長期的に鈍化していく。また、グローバリズムに対する政治的な支持の後退や、常態化すると見られる米中貿易摩擦などは、国境を越えたサプライチェーンの最適化を阻む。

先進国やいくつかの主要アジア諸国では人口の高齢化も進む。ちなみに日本の潜在成長率は、日銀の試算によれば、14年には0.93%であったが、最近は0.66%へと低下している。

リーマンショック前、「大いなる安定(Great Moderation)」と言われていた時期があった。それは後から振り返れば「大いなるバブル」だった。

そして今、より低成長での「大いなる安定」が本当に訪れつつあるのかもしれない。もちろん、世界各国がそれぞれ構造改革に本腰を入れ、潜在成長率を高めていくことが理想だ。しかし、それが難しいなら、おおむね完全雇用のまま、潜在成長率の近辺で緩やかな安定成長が続くことは、セカンドベストではある。

<安定の中にくすぶる円高リスク>

以上の世界経済観が正しければ、為替相場が総じて安定しているのも、うなずける。この半年でやや意外だったのは、FRBの政策姿勢が大きくハト派に傾いたにもかかわらず、ドル円相場が110円程度で落ち着いていることだ。これも、よく考えてみれば次のような背景があるからだろう。

第1に、米国の利上げが打ち止めになったとはいえ、欧州や日本との間には歴然とした金利差が存在する。第2に、米国の利上げ停止は、中国の景気底打ち期待や、米中対立の激化が回避されるとの期待などと相まって、現局面では金融市場に対するリスクオン要因として作用している。第3に、最近の米国経済の減速について、トランプ米大統領はドル高のせいにはしていない。

16年の初めから年央にかけて、120円程度から100円程度まで円高が急速に進んだ際には、上記3点の状況がいずれも異なっていた。米国は最初の利上げを終えたばかりで内外金利差はなお小さく、チャイナショックに伴うリスクオフも根強く残っていた。当時のルー米財務長官やイエレンFRB議長はともに、ドル高が米国経済の足を引っ張っていると繰り返し述べていた。

世界経済が先に述べた「大いなる安定」シナリオ通りに展開するならば、為替市場は今後も比較的安定して推移する可能性が高いだろう。しかし、円相場に関しては、購買力平価などから見て、長期的には過小評価されているという見方は根強い。「大いなる安定」シナリオに少しでも狂いが生じた場合、市場で円高ストーリーが強まる素地は消えていない。

中国の景気持ち直しが期待したほどではない、もしくは、米国経済が想定以上に減速する、といったリスクは相応にある。

20年の米大統領選挙に向けて、トランプ大統領の発言にも市場は敏感になるだろう。日米の通商交渉もある。仮にFRBが年内に1─2回の利下げに追い込まれるような展開になれば、欧州と日本の金融政策の限界が改めて意識される。100円程度までのドル安・円高進行は、いよいよ杞憂ではなくなるかもしれない。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

門間一夫氏 みずほ総合研究所 エグゼクティブエコノミスト/元日銀理事(写真は筆者提供)

*門間一夫氏は、みずほ総合研究所のエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し現職。

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編集:下郡美紀

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