September 20, 2018 / 8:55 AM / 3 months ago

コラム:金融緩和批判に潜む「懸念の水増し」の矛盾=嶋津洋樹氏

[東京 20日] - 国土交通省の「平成30年地価公示」によると、2018年7月1日時点の地価動向は、住宅地や商業地など全国の全用途平均が前年比プラス0.1%と27年ぶりの上昇に転じた。

 9月20日、MCPチーフストラテジストの嶋津洋樹氏は、低金利の長期化がもたらす副作用という批判に対し、その副作用をさらに深刻化させかねない「枠組み強化」という政策が打ち出されたことに驚きを覚えていると指摘。10月31日撮影(2013年 ロイター/Yuya Shino)

三大都市圏で上昇基調が強まったうえ、地方圏はそのペースを上回った。その他の地域でも下落幅が縮小し、全体の上昇につながった。日本がデフレ脱却に向けてさらに一歩前進したと評価できるだろう。

もっとも、19日の金融政策決定会合後の黒田日銀総裁の記者会見では、さっそく「不動産市場が過熱しているのではないか」との質問が登場。興味深いのは、こうした過熱を懸念する指摘が出る一方で、「都市部も地方も二極化の傾向が続いている」(9月18日、日本経済新聞電子版)、「人口減少などで土地需要が少ない地方圏は下落が続き、格差が広がっている」(9月18日、共同通信)という格差に焦点を当てて批判する論調も少なくないことだ。

国土交通省は地価上昇の背景として、全国的に、1)雇用と所得が改善する中で、交通の利便性や住環境の優れた地域を中心に住宅需要が堅調であること、2)外国人観光客の増加で店舗やホテルの需要が高まるとともに、再開発事業などの進展を背景に投資需要が拡大していることを挙げている。つまり、地価上昇の背景には合理的な理由に基づく需要があり、格差はその濃淡から生じている。足元の地価の上昇は過熱というよりも、健全な上昇と言えるだろう。

<「異次元緩和」批判への違和感>

筆者はこの地価を巡る批判について、「不動産市場の過熱」という懸念とともに、それと矛盾する「二極化」や「格差拡大」という別の懸念を指摘することで、あたかも地価の上昇そのものが大きな問題をはらんでいるかのように見せる「懸念の水増し」ではないかと考えている。そして、この「懸念の水増し」という手法こそ、日銀の「異次元緩和」が大きな成果を挙げているにもかかわらず、批判や懸念が絶えない要因の1つだろう。

もちろん、こうした懸念や批判が様々な立場から出るということはあるだろう。しかし、「不動産市場の過熱」と平行して、「二極化」や「格差拡大」をもたらしていると批判するケースも少なくないように思う。誤解を恐れずにいえば、それは「異次元緩和」がもたらした地価の健全な上昇に対する「難癖」とも言えるだろう。

同じようなことは、「異次元緩和」に対する当初にみられた「すでに金利が十分に低いのに追加緩和をしても効果がない」という典型的な批判にも当てはまる。ここで言う効果がないという指摘には、日銀が目標として掲げる物価安定を達成できないというものから、投資や消費などの需要、雇用や賃金まで幅広く含まれている。わずかな金利低下でどんな効果が望めるのかという指摘には確かに説得力があるだろう。

一方で、「為替市場で円が暴落する」、「ハイパーインフレが起こる」、「財政規律が弛緩し、日本経済が破たんする」などといった趣旨の指摘もあった。筆者は当時、効果がないと指摘しつつ極端な結果に飛躍してクローズアップすることに疑問を感じたのを覚えている。

こうした論法は、「異次元緩和」の副作用を巡る最近の懸念や批判にもみられるものだ。例えば、「異次元緩和」が市場の価格発見機能を阻害しているという指摘は、そもそも金融政策が、政策金利を実質ベースで実体経済に中立的な水準よりも意図的に緩和気味、あるいは引き締め気味に操作するものだということを無視している。つまり、金融政策の効果とは、中央銀行が市場の価格発見機能に介入することで得られるものである。市場の価格発見機能に介入することを否定した金融政策に効果がないのは当然だろう。

低金利の長期化が金融機関の収益悪化を通じて、金融システムを不安定化させるという批判にも疑問がある。というのも、そうした批判を受けて、金利を引き上げれば、経済にブレーキがかかるからだ。しかも、デフレマインドが十分に払しょくされないままでの金利の引き上げは、金融機関の本業ともいえる貸出の増加を抑制し、最悪の場合、企業倒産を通じて、不良債権を増加させる。金融機関の経営は本来、市場の金利水準やイールドカーブの形状ではなく、貸出に絡む信用リスクをいかに管理するかで決まるはずなのだ。

また最近は、金融機関が収益悪化を回避するために、過度なリスクテイクに走ることを問題視する風潮が強まっている。しかし、上述した通り、金融機関の経営は本来、貸出における信用リスクを適切に管理することである。過度なリスクテイクは確かに問題といえるが、金融機関が国債の購入を通じて、一般企業よりも格段にリスクの低い国と取引を続けるだけでは、信用リスクの管理能力に磨きがかかるとは思えない。そうした金融機関の経営が苦しいのはある意味で当然だろう。

<「枠組み強化」は副作用を深刻化>

こうしたことは、金融機関を一般企業に置き換えて考えてみるとわかりやすい。日本の企業はデフレ下で長らく販売価格の低下と円高に悩まされてきた。そのなかで、ある企業は海外に進出し、ある企業は事業の見直しや再編を繰り返してきた。徹底したコスト削減に踏み切り、復活した企業、志半ばで倒産の憂き目にあった企業もあるだろう。金融機関も大手を中心に再編があったものの、他の業界と比べると、組織にしても、ビジネスモデルにしても、劇的な変化とは言えない。

もちろん、金融機関の経営はそのまま金融システムの健全性に影響を与えるリスクがあるという意味で、一般企業とは立ち位置が異なる。しかし、足元の金融機関の収益悪化には、低金利の長期化と同じか、それ以上に、業界や事業の再編の遅れに起因する供給過剰という根本的な問題が横たわるように思える。

企業に対しては、低金利の長期化が採算性の低い安易な投資や、生産性に見合わないコスト、競争力の乏しい事業の継続を許していると批判しつつ、その低金利で露呈した自らの構造問題を「異次元緩和」の副作用とするのは、あまりに一方的だろう。

取引先の企業には外部環境の変化に耐える必要性を説き、時には淘汰という運命を受け入れさせるのに、自らは金融システムという立場を打ち出して、それを回避しようとする姿勢は公平とは言えない。「金融は裏方に徹するべき」と教えられてきた筆者にとって、それを金融機関自らが声高に叫ぶことには大きな違和感を覚える。

しかも、金融緩和の副作用を大きく取り上げる「懸念の水増し」に対して日銀が出した答えは、「枠組み強化」という「金融緩和を粘り強く続ける」仕組みである。筆者は、低金利の長期化がもたらす副作用という批判に対し、その副作用をさらに深刻化させかねない政策が打ち出されたことに驚きを覚えている。それに金融機関が一定の評価を下しているとすれば、それはまさに「異次元緩和」の副作用という主張が「懸念の水増し」によってもたらされた批判のための批判に過ぎないことを物語っているように思える。

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。共著に「アベノミクスは進化する」(中央経済社)

*本コラムは、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

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