April 9, 2019 / 3:46 AM / 3 months ago

コラム:日銀「物価安定の目標」柔軟化論は誤り=嶋津洋樹氏

[東京 9日] - 日銀が掲げる「物価安定の目標」を巡っては、2%という数字や、目標そのものに対して批判が尽きない。最近も麻生太郎財務相が「2%にこだわり過ぎると、おかしくなるということを考えないといけない」(3月15日の閣議後会見)と発言。麻生財務相の発言が出る前にも、目標を現行の2%から引き下げることや、1─2%といったレンジで示し、柔軟化することは専門家などからたびたび提案されている。

 4月9日、MCPチーフストラテジストの嶋津洋樹氏は、日銀が取り組むべきは「物価安定の目標」を柔軟化することではなく、逆に強化する方法を考えることだと指摘。写真は日本銀行本店。2017年6月、東京で撮影(2019年  ロイター/Toru Hanai)

こうした動きは、米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)が次の景気後退に備えて、物価安定目標を強化したり、政策手段を見直したりしているのと対照的と言える。米国では物価目標を景気サイクルの平均で2%とすることや、物価水準目標の採用など、逆に2%という目標を事実上、引き上げる方法を議論。日本のように「物価安定の目標」を柔軟化し、引き下げる話は出ていない。

欧州でもドイツのメルケル首相が、ECBの超低金利政策で年金生活者の暮らしが圧迫されているとの批判に対し、「インフレ率が約2%に達したと確信するか、達することを望んでいる。達すればECBは政策を変更できる」(3月18日の市民との対話集会)と発言。「物価安定の目標」が未達であることと金融機関への副作用などとを絡め、物価目標の達成は諦めるべきなどという日本でよく聞く主張とは明らかに一線を画している。

<物価を巡る2つの誤解>

日本ではなぜ「物価安定の目標」への批判が尽きないのだろうか。筆者は物価そのものへの誤解と、その枠組みへの誤解、この2つの誤解が批判につながっていると考えている。

物価への誤解というのは、物価を決めるのは金融政策以外の何かという一種の思い込みのことだ。また、2%という水準について、日本人の「物価観」と合わないという批判も少なくない。しかし、日本人の「物価観」が2%よりも低い水準にとどまっているのは、まさに日銀が低い物価を長期間にわたって放置したことから生じている。人々の「物価観」とは長期の予想物価上昇率にすぎず、それは主に金融政策で決まるものと筆者は考える。

こういうことを言うと必ず、「異次元緩和の継続にもかかわらず、『物価安定の目標』は未達ではないか」という批判が出る。金融政策が物価に与える影響は皆無か、かなり限られているという意見もあるだろう。一方で、「異次元緩和がハイパーインフレを起こす」という批判もあるから不思議である。

そもそも、金融政策の効果が皆無か、限定的であるのであれば、中央銀行に独立性は不要だし、総裁や審議委員が誰であろうと全く構わない。ハイパーインフレが起こるのであれば、その途中にマイルドなインフレが起きるはずだし、インフレへの対応がデフレよりも容易なことは、広く知られたことである。

<2%は目標ではなく「前提」>

次に「物価安定の目標」という枠組みに対する誤解についてである。「目標」という言葉の語感に引っ張られるためか、その達成に焦点が当たりがちだが、そもそも中央銀行がこのメッセージを発するのは、その物価水準が円滑な経済活動に不可欠な「前提」だからである。

日銀は「家計や企業などのさまざまな経済主体が物価水準の変動に煩わされることなく、消費や投資などの経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況」と定義している。

誤解を恐れずに言えば、「物価安定の目標」は交通ルールに似ている。例えば日本では、自動車は左側通行とされている。人々がこうしたルール、もしくは前提を共有しているからこそ、自動車で安全に行動することが可能となる。青信号は進め、赤信号は止まれというルールも同じである。

左側通行にするのか、右側通行にするのか、信号の色と意味をどう組み合わせるのかは「決め」の問題である。それは「物価安定の目標」として、具体的にどういう指数で何%を掲げるのかが、それぞれの国で決まっていることと似ている。

海上交通など、国際的に共通のルールを採用する場合もある。主要国の多くが2%を採用しているのであれば、特段のデメリットがない限り、日本もそれに従う方が賢明だ。

金融政策が金融市場という国境のない世界に接していることを考えれば、日本だけが独自のルールを採用するよりも、国際的なルールに従った方が経済の安定に資するだろう。実際、日本だけが1%を掲げれば、為替が円高に振れやすくなり、輸出やインバウンド関連の需要を抑制する恐れがある。

<デフレ脱却の裏返しか>

こう考えると、「物価安定の目標」を柔軟化すべきとの批判は、交通ルールが厳し過ぎて生活に支障があるから緩和すべきと言っているに等しい。交通ルールという前提が守られない社会では、円滑な日常生活が脅かされる。

交通ルールは平時にはあまり問題とならない。しかし、いったん事故などが発生すれば、信号の色や一時停止の有無など、交通ルールなどの法令に従って裁かれることになる。

経済でもいったん事故のようなイベントが発生し、デフレ的な圧力を伴う景気の落ち込みに直面すれば、厳格な「物価安定の目標」を掲げていることが事故の解決、すなわちデフレからの脱却に役に立つ。日本にとってデフレからの完全な脱却を前に目標を柔軟化することは、事故が発生した際の責任の所在やその処理の方法を曖昧にし、事故の解決、つまりデフレからの脱却を困難にすることを意味する。

最後にもう1つ付け加えれば、「物価安定の目標」を長期間にわたって未達のままにすると、人々はそれに意味がないと判断するようになり、形骸化する。それは、警察が交通ルールの違反を放置することと同じだろう。だからこそ、FRBやECBは警察が定期的に取り締まりを強化するのと同じように、物価安定目標を強化したり、政策手段を見直したりするのである。

日銀が今取り組むべきことは「物価安定の目標」を柔軟化することでも、その達成を「粘り強く」という言葉でごまかして先送りを繰り返すことでもなく、逆に強化する方法を考えることだ。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

嶋津洋樹氏(写真は筆者提供)

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。共著に「アベノミクスは進化する」(中央経済社)

(編集:久保信博)

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