May 8, 2019 / 1:21 AM / 2 months ago

コラム:日米為替条項に心配無用、政治は為替を支配できない=植野大作氏

[東京 8日] - 日米間の貿易協議が始まっている。まず4月中旬に茂木敏充経済再生担当相とライトハイザー米通商代表部(USTR)代表が初会合を開き、農産物と自動車を含む物品貿易から議論を開始し、適切な時期にサービス分野も話し合うことで合意した。

 5月8日、日米通商交渉で日本が為替条項を受け入れたとしても、すぐに強烈な円高ショックが走ったり、政府・日銀の国内政策が制約されたりする可能性は低い、と植野大作氏は説く。写真は2017年1月、都内で撮影(2019年 ロイター/Toru Hanai)

その後、麻生太郎財務相とムニューシン米財務長官が25日に会談。米国が導入を求めている為替条項については、財務相同士で協議することになったようだ。

以下、今後のドル円相場に与える影響について、筆者の見解を示しておきたい。

まず米国が導入を望んでいる為替条項については、交渉相手がそれを求めてきている以上、議論すること自体を拒むのは難しい。日米両国が為替条項導入の是非について話し合っている間、相手の了解が無い為替介入は互いにできなくなりそうだ。

<為替条項への懸念は杞憂>

ただ、日本は為替介入の実績を毎月公表しており、2011年11月に実施したドル買い/円売りを最後に7年半も介入を封印している。

現在、20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議に参加している主要国間では、「為替介入を実施する前には相手国に通知の上、可能な限り合意を得る」との紳士協定が存在しており、今後の日米交渉で為替条項が導入されたとしても、介入に際して守るべき国際的な規範は今とあまり変わらない。

現在ドル円が取引されている110円前後の水準は、かつて日米両国が協調して最後のドル売り介入を行った140円台半ばや、ドル買い介入を行った70円台後半とかけ離れている。為替介入の是非が喫緊のテーマではない現下の局面で為替条項が導入されても、自然体の需給で決まるドル円の自由な上下動が束縛されることはないだろう。

実際、日本より先に米国との協議に臨み、為替条項に相当する合意文や条文の導入を強いられた韓国、メキシコ、カナダの先例をみると、交渉期間中も、合意成立後も、当該国通貨の対ドルレートは市場メカニズムに委ねられて柔軟に動く日々が続いており、通貨安方向への動きが制限されたような痕跡は認められない。

なぜなら、米国がこれまで上記3カ国と合意した為替条項は、人為的な介入による通貨安誘導の自粛を求めているだけで、「市場が決める為替レート」を双方が受け入れることをむしろ推奨しており、相場が動く方向や水準をコントロールすることを目的にしていないからだ。

事実、米国がメキシコ、カナダと合意した新貿易協定「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」に盛り込まれた為替条項の条文をみると、米国だけが都合よく相手の通貨安誘導を一方的に封じることが出来るような仕組みにはなっていない。双方に同等の情報開示や介入の自粛が義務付けられており、当然の話だが、為替条項を導入すると米国も人為的なドル安誘導はできなくなる。

同条項では、当事国間で通貨安誘導の疑惑が生じた場合の紛争解決の制度も定めているが、対象になるのはあくまでも為替需給の人為的な操作だ。

国内向けに実施される財政・金融政策は対象になっておらず、仮に需給操作の疑いが浮上しても30日以内に協議して60日以内に解決しない場合は、国際通貨基金(IMF)に調査を頼む手順になっている。嫌疑だけで制裁が発動できる訳ではない。

米国が日本に対して求める為替条項に金融政策が含まれる可能性を懸念する声もあるが、杞憂に終わるだろう。もし互いの金融政策に対する干渉が可能と解釈されるような条文を挿入した場合には、将来どこかで米連邦準備制度理事会(FRB)が利下げに踏み切った際、日本が「ドル安誘導」と非難して自粛を求めることも可能となるからだ。

<政治の口先介入効果は限定的>

日米双方とも、自国の金融政策の自由度を縛るような条文は望まないと思われる。実際、ムニューシン財務長官は日本に求める為替条項も、USMCAとほぼ同じだと言っている。もし日本が条項を受け入れたとしても、すぐに強烈な円高ショックが走ったり、政府・日銀の国内政策が制約されたりする可能性は低い。

為替条項の導入を求める米国政府やトランプ大統領はドル安を強く望んでおり、市場が米国の意向を忖度(そんたく)した場合には、円高/ドル安が進行するとの見方もある。ただ、個人的にはそのような考え方は、昭和の時代から平成中頃までの発想だと思っている。

国境をまたぐ自由な資本移動に為替変動を委ねる制度を45年以上も維持した上、市場参加者の多様性と取引規模が増大し続けている近年のドル円市場においては、政府要人が自らの希望を口頭や文書で伝えるだけでは、為替レートに一時的なノイズを混入させることしかできない。為替相場の基調的な方向感や水準を自在に操ることは、いかなる権力者でも不可能だ。

「米国が為替で圧力をかけてきたらドル円はその通りに動く」といった類の議論を最近もよく見聞するが、もし筆者が米国の大統領や財務長官だったとしても、自分の発言だけで為替相場のトレンドを意のままに操れるとは思わない。現代のドル円市場は、そんなに甘くて、分かりやすい代物ではない。

あくまで私見だが、「政治」ないし「政治家」が為替相場のすう勢に影響を及ぼすことができるのは、自らの意図する経済政策の執行を委ねる人事権を行使して自国の財政・金融政策の方針に不可逆的な変化を促した時だけだ。日米協議で為替条項が導入されても国内政策は縛られないので、為替のトレンドには響かないと思われる。

よって、今後の日米通商協議が為替に与えるインパクトを考える上で重要なのは、為替条項導入の成否ではない。細心の注意を払ってチェックすべきなのは、両国の間に横たわる巨額の貿易不均衡を是正するための具体策になるだろう。

<当面はレンジ、逆張り戦略で対応か>

ただ、その点についても既に市場関係者のイメージトレーニングが進んでいる。米国の最終目的は巨額の対日貿易赤字を減らすことであるため、米国産の農産物、防衛装備品や鉱物性燃料の輸入拡大に加え、日本からの対米自動車輸出の抑制や日系自動車メーカーの現地生産比率引き上げの提示、などが有力な選択肢になると言われている。

日本が最も警戒している自動車分野で厳しい対日要求が突き付けられ、日本の株価が下がれば、短期的には「株安=円高」の連想ゲームが猛威をふるうかもしれない。

ただ、冷静に考えれば、日本の対米貿易黒字を減らすことを目的とする上記の諸政策は、実需のドル売り/円買い圧力を低減させる働きもある。長期的には、むしろ円安要因と解釈される可能性もあり、ワンタイムの円高ショックは長続きしないのではなかろうか。

「令和」の時代、為替のすう勢を支配するのは「政治」ではない。ファンダメンタルズに対する期待の変化を反映した市場メカニズムの影響力が一段と強まるだろう。現在、日米両国の金融政策は、黒田東彦日銀総裁が「粘り強い緩和維持」、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長が「忍耐強い様子見」で固まっており、いずれもしばらく動かないと宣言している。

どちらかに大きな動きがあるまで、ドル円相場は過去2年以上も掴まっている110円プラス・マイナス5円前後のレンジから解放されそうにない。当面は各種テクニカル指標を参考にしつつ「上がったら売る、下がったら買う」という細かい逆張り戦略で対応するしかなさそうだ。動意復活のメサイアが現れるまで、辛抱強く待つ必要があるだろう。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

植野大作氏 三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト(写真は筆者提供)

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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編集:下郡美紀

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