April 9, 2018 / 4:47 AM / 8 months ago

コラム:日米政治不安は「ノイズ」か、円高短命の根拠=植野大作氏

植野大作 三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト

 4月9日、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト、植野大作氏は、日米金融政策の違いに沿ったドル高・円安トレンドが復活する時期はそれほど遠くないと分析。写真はシンガポールで2017年6月撮影(2018年 ロイター/Thomas White)

[東京 9日] - 本邦の会計年度末を挟み、ドル円相場は約1年4カ月ぶりの安値圏で下げ渋っている。3月26日には一時104.56円と、2016年11月以来の安値を記録したが、その後は下値を切り上げ、4月に入って107円台半ばまで小戻す場面も観測された。

森友文書改ざん問題で日本の政治が揺れる中、米国政府の制裁関税乱発によって米中貿易戦争への懸念が高まったことで円高・ドル安が加速した。しかし、衆目に明らかな日米金融政策の違いが鮮明になる中、ドル円相場の下値探査の矛先も折に触れて鈍るようだ。

昨今のドル円相場は、日米両国で台頭する政治不安が嫌気されると円高に振れる一方、米日金利差拡大観測に意識が移ると円安に振れるという難解なシーソー・ゲームの趣がある。この先、どちらに軍配が上がるかで先行きの方向感が決まりそうだが、まだしばらくの間は、断続的な円高ショック襲来への警戒が必要だろう。

<目先の円高進行余地は103円台半ばまで>

日本で高まる政治不安は、本来なら円売り材料と解釈されて然るべきだが、近年の外国為替市場では円に対して「リスクオフ通貨」のレッテルが定着している。株式市場関係者のセンチメントをむしばむニュースが流れると、ひとまず円高で反応しがちなのが厄介だ。

最近、安倍晋三内閣の支持率は低いものでは30%台に下がっており、かつて6年連続で日本の首相が交代していた時期に「退陣必至の危険地帯」と言われた20%台に接近している。これまで安倍首相が進めてきた「アベノミクス」は、株高・円安志向が濃厚だったこともあり、安全地帯に持ち直すまで油断はできない。

他方、にわかに高まる米中貿易戦争への懸念は、多くの市場関係者にとって、つい最近まであまり想定していなかった悪材料だ。現時点では米中両国が関税リストを出し合って対立色を強めている最中であり、交渉の落としどころはすぐには見えてこないだろう。

これら一連の政治不安が「リスクオフの円高ムード」を高めているのは間違いない。ただ、「それらをテーマにどこまで円高が進むのか」と聞かれても、明確な数字で答えるのは難しい。為替変動への影響を定量的に推し量るのが困難なネタだけに、市場心理がドル安・円高に傾いている局面では、それを増幅する触媒になりやすい。

テクニカル的に見ても、多くの市場関係者が節目と考えていた105円が一時的にせよ破られた衝撃は小さくない。チャートの見た目を重視してドル円の短期トレードを楽しむ巷のドル円ファンはもちろん、国内外の事業法人や金融機関に勤める市場関係者が心の中に思い描く今年度の想定レンジは、下方修正を強いられたはずだ。

ドル円相場が何かの拍子に再び105円の節目を割り込んで下値探査が活発化した場合、「2016年6月安値の99円台から12月高値の118円台までの上げ幅の76.4%押し」に当たる103円台半ばが次の下値攻防のメドになる可能性もゼロとは言えない。その辺りまでの円高リスクは見ておいた方が無難だ。

<2019年3月末の予想値は113円>

ただ、この先一段の円高があってもその程度までだろう。最近、筆者もドル円の予想レンジを下方修正したが、2019年3月末の予想値は1ドル=113円と現在よりドル高・円安が進むイメージを維持している。理由を2つ挙げておきたい。

まず日本では、ここもと進んだ円高の結果、日銀による金融緩和の長期化観測は逆に強まった。この先、もしも何らかの理由で安倍首相の退陣リスクが高まった場合、一時的には相当きつい円高ショックが走るかもしれないが、昨年7月下旬に日銀審議委員2人が交代した時点で「安倍内閣の任命比率100%」の日銀会合はすでに完成している。

黒田東彦日銀総裁の2期目5年間の任期は9日に始まったばかりであり、「硬骨のリフレ派」との人物評が高い若田部昌澄副総裁の着任、「黒田緩和の設計者」と言われた雨宮正佳理事の副総裁昇格も踏まえ、「物価目標2%」の達成を見据えた金融緩和は、今後誰が首相がなっても持久戦模様で続けられるだろう。

日本の短期金利をマイナス0.1%、長期金利をゼロ%程度に誘導する現在のイールドカーブ・コントロールが続く限り、今後も円金利だけでは十分な期間収益を稼げなくなる国内投資家の苦悩は時が経つにつれ深まっていく。ドルの値段がどんなに下がっても買い手が現れない状況にはなり難く、日銀緩和による過度の円高抑止力はこの先も増していくだろう。

米国サイドに目を転じても、今後トランプ政権が追加するかもしれない輸入増税による景気下押しインパクトを軽視すべきではないので、過度の楽観は禁物だ。今後、米中両国が景気失速を辞さない覚悟でドロ沼の貿易戦争に突入する気なら、筆者が唱える「米金融政策の正常化によるドル高論」は瓦解する可能性がある。

ただ、これまでのトランプ政権の財政協議や通商交渉のやり方を見ると、「最初に相手を脅かす強烈なカードを切って交渉に巻き込んだら徐々に緩めて妥協を探る」というパターンの繰り返しだ。年初の一般教書演説でトランプ大統領は株価の上昇を自らの功績だと自慢しており、株式市場の警告を一切無視して貿易戦争に邁進することはないだろう。

今後、6月ごろまでをめどに始まる米中通商協議に対して「適度の懸念」は必要だが、「過度の懸念」が収まれば、輸入増税の悪影響を上回る国内減税と歳出拡大のプラス効果が見直され、日米両国の金融政策の違いが鮮明になるのではなかろうか。

<ドル円上昇トレンド復活は遠くない>

実際、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長の下で初めて開かれた3月の連邦公開市場委員会(FOMC)では、大方の予想通りの追加利上げが決定された。年内の利上げ予想回数も中央値は「3回」のままだったが、「4回以上」の人数が地味に増えていた。今のところ、FOMC参加者の間で米中貿易摩擦による景気失速懸念は高まっていないようだ。

現在、米国の政策金利の誘導目標は1.50―1.75%と、上限値がニュージーランドに並んでおり、今年6月に追加利上げに踏み切ったなら、約18年ぶりに米ドルの金利が先進国通貨で一番高くなる可能性がある。最近のドル円相場は、日米両国で高まる政治不安が重しになって金利差との相関が一時的に失せているが、さすがにそこまでドルの運用利回りや調達コストが上がってくれば、だんだん無視できなくなってくるだろう。

金融政策の量の側面に目を転じても、米国が昨年秋に始めた保有資産の圧縮は、年末に声明文から削除され、その後は「ステルス・モード」に切り替わって粛々と進んでいる。当初の計画通りなら、今年中は3カ月ごとに減額ペースが上がるため、日銀が「物価実績が目標2%超の水準に上振れするまでマネーを増やす」という方針を破棄しない限り、日米ベースマネー比率はドル高・円安圧力を高める方向に動き続ける。

日米両国で高まっている政治不安は、「マーケット・トークのネタ」として鮮度が高い間は、一時的にファンダメンタルズ要因をしのぐ注目を浴びてドル円相場に短期的ノイズを混入させるが、鮮度が落ちると次第に影響力は減衰していく。日米金融政策の違いに沿ったドル高・円安トレンドが復活する時期はそれほど遠くないだろう。

植野大作 三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト(写真は筆者提供)

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。

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