for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:遠のく円安再開、介入でも効果は限定的=植野大作氏

[東京 19日] - 日本の為替介入をめぐる市場の詮索トークが乱立している。きっかけは、安倍晋三首相の発言だ。5日、安倍首相は米紙のインタビューに対し「恣意的な為替介入は控えるべきだ」などと発言した。市場に流れた直後から、日本政府による為替介入への期待と警戒が一気に後退、11日には一時107.63円と1年5カ月ぶりの円高・ドル安が進んだ。

 4月19日、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト、植野大作氏は、テクニカル・政治・ファンダメンタルズの3要素は、日本政府による介入実施の有無にかかわらず、しばらくドル円右肩下がりの大局観を支持していると指摘。提供写真(2016年 ロイター)

3月29日にイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が早期の利上げ再開に慎重な見方を示し、市場心理がドル安優位に傾いていたタイミングで、日本の総理大臣が「為替介入の可能性を否定した」と受け止められるコメントを配信してしまったことで、国内外の短期筋が安心して円高投機を仕掛けやすくなり、ドル安・円高が一気に加速した。

わずか10営業日で6円を超える円高は、さすがにスピード違反の感が否めない。安倍首相の発言が伝えられた後には、麻生太郎財務相、菅義偉官房長官などの主要閣僚のほか、匿名の財務省幹部らが相次いで「過度の為替変動」をけん制、「場合によっては必要な措置をとる」との発言を連発したため、ドル安・円高の流れは淀んでいるが、上値が目立って軽くなりそうな雰囲気は漂ってこない。

市場の円高心理を助長するような発言を、安倍首相がなぜこの時期にしたのか、背景はよく分からない。「伊勢志摩サミットの議長として為替介入に関わる原則論を述べたに過ぎない」「人民元の管理フロート制を続ける中国政府に対して、けん制球を投げるつもりだった」「米大統領選の間は介入を手控えるのが無難との認識が日本政府内にあり、それを素直に話してしまった」など、市場の解釈は様々だ。

ただ、首相の発言によって変化した市場心理を、閣僚や事務方の火消しコメントで復元するのは恐らく無理だ。「綸言(りんげん)汗の如し」とはよく言ったもので、首相発言の前後を比較すると、ドル円相場の変動レンジは数円程度下振れしている。この先、ドル円相場のトレンドが自然体で上向きに転じない限り、政府が実際のドル買い・円売り介入に踏み切る時期や条件について、為替市場では十人十色の詮索トークが飛び交いそうだ。

<1ドル=100円前後で介入実施なら日本単独か>

そこで改めて15日に公表された20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の声明文をみると、「為替レートの過度の変動や無秩序な動きは、経済及び金融の安定に対して悪影響を与えうることを再確認する」「通貨の競争的な切り下げを回避することや競争力のために為替レートを目標とはしないことを含む、我々の以前の為替相場のコミットメントを再確認する」などの見解が示されている。

例によって、各国政府による独自解釈の余地が十分に残されている。周知のように、G20声明には各国の金融・財政・為替政策の運用に対して罰則規定などを伴った法的拘束力はない。日本で為替政策を所管する麻生財務相が「過度の変動なのでやむを得ない」と判断すれば、為替介入に踏み切る可能性はあるだろう。

実際、過去約25年分の介入実績を調べると、財務省が円売り・ドル買いを実施した日の円高値の平均値は105.2円だった。この水準を割ってくると、市場の一部で円売り介入への期待や警戒が明滅し始めるだろう。政府が介入実施の是非を判断する際には、為替相場の「水準」と同時に「速度」も重要になりそうだが、直ちに節目の100円を割るような動きが加速すれば、両条件が整ったと判定される可能性もある。あくまで私見だが、105円割れは介入警戒のイエローゾーン、100円割れはレッドゾーンだと考えている。

ただ、1ドル=100円前後の水準で日本が円売り介入を実施した場合でも、米国が協調介入に応じる可能性はかなり低そうだ。米国が日本の円売り介入にドル買いで協力した最近の事例は、東日本大震災の1週間後、2011年3月18日の1ドル=80円前後だった。14日以降に相次いで発生した熊本地震の影響はまだ見極めの段階にあるが、15日に閉幕したG20の後、米国のルー財務長官は最近の為替市場について「円高は進んだが秩序的」との見解を示している。もしも100円前後で介入する場合は、日本単独になりそうだ

その場合、安倍首相が「控えるべきだ」と言った「恣意的な為替介入」ではないと説明するのは難しく、米国内の一部勢力などから「言行不一致」などの批判を受ける可能性が高い。間が悪いことに、現在米国では大統領選挙が佳境を迎えている。これまでの発言履歴などからみて、共和党の候補者指名を争っているトランプ氏やクルーズ氏は、間違いなく何か言ってくるだろう。

日本の為替政策に対するトランプ氏などの「口撃」がメディアを通じて喧伝された場合、民主党で指名獲得が有力視されているクリントン氏はもちろん、現職のオバマ大統領やルー財務長官も立場上コメントを求められる可能性が高い。恐らく好意的な発言は期待し難く、日本の単独介入の場合は一時的な円安効果があっても長続きしにくいだろう。

また、政府が「円安方向への相場誘導が目的の介入ではない」との建前を貫くためには、ドル円相場の水準を問題にしたのではなく、「スピード違反」を戒めたと言わざるを得ないが、それなら単なる「スムージングオペ」だと市場に解釈される。介入金額の多寡に応じて、一時的な水準訂正は促しそうだが、永続的な円安効果は期待できそうにない。

いまさら指摘するまでもないが、古今東西の為替介入の歴史を眺めると、いつの時代も相場のトレンド転換に成功するのは「最後に実施された介入」だけだ。大規模な介入を反復して実施すれば一定期間は市場心理を制圧できるが、外部環境が自然体でのトレンド転換を促さない限り、市場の気の流れを変えられないのは、近年スイスが実施した「無制限フラン売り介入」の失敗事例をみても明らかである。

<ドル円反転の条件が整うのは来年春頃の見通し>

ちなみに、近年日本で実施された円売り介入前後の効力持続期間を調べてみると、2010年9月に行われた2.1兆円の単独介入は15営業日、2011年3月の0.7兆円(日本担当分)の協調介入は83営業日とやや長めだったが、11年8月の4.5兆円の単独介入は3営業日しかもたなかった。

11年10月31日から5日間で実施された累計9.3兆円の介入だけが相場の転換に成功したが、実際にはその後鮮明になる日米金融政策の印象格差に伴う自然体での潮流変化が起きるまでの時間稼ぎに寄与したに過ぎない。

足元のドル円相場を取り巻く環境をみると、52週移動平均線などの長期トレンドが下向きに転じてまだ日が浅い中で、米大統領選挙絡みの不透明感が払拭(ふっしょく)できない状況が続いており、米国による利上げ再開の時期についても市場が確信を持つに至っていない。「テクニカル」「政治」「ファンダメンタルズ」の3要素は、日本政府による介入実施の有無にかかわらず、しばらく「ドル円=右肩下がり」の大局観を支持している。

ドル円相場が反転するためには、1)前年同期の水準が大きく下がってそれほど無理に上がらなくても52週線が上向きに転じるのに必要な日柄調整が進む、2)米国で大統領選挙が終わって非現実的な政策から距離を置く新政権が発足する、3)ドル高の負担から解放された米国経済が拡大基調を鮮明にして「健全な利上げ期待」が蒸し返される、などの諸条件が整う必要がある。

早ければ来年の春頃になりそうだが、実際の時期は今後の市場環境次第で前後しそうだ。醒めた市場観察を心掛け、すう勢転換のタイミングを見極めたい。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up