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コラム:ハリケーン後のドル円相場シナリオ=植野大作氏
2017年9月11日 / 07:41 / 12日前

コラム:ハリケーン後のドル円相場シナリオ=植野大作氏

[東京 11日] - 米国が大型ハリケーンのダブルパンチに見舞われている。8月下旬に米南部に上陸した大型ハリケーン「ハービー」は観測史上最大の降水量によってテキサス州とルイジアナ州にまたがる広範な地域に物心両面で甚大な被害をもたらした。

現時点で被害総額は確定していないが、米紙ワシントン・ポストは過去最大の経済的被害をもたらした2005年のハリケーン「カトリーナ」の1250億ドルを上回る1900億ドルに達する可能性があると報じたほか、テキサス州のアボット知事はCNNテレビの番組で最大1800億ドルに達する可能性があると述べた。

悪いときには悪いことが重なるもので、ハービーに続くハリケーン「イルマ」も強い勢力を保ったまま、9月10日にフロリダ州南部に上陸して北上しており、今後の経路によっては、暴風雨によるさらなる被害が米東南部に広がる恐れも指摘されている。

大型ハリケーンの連続上陸は、当然だが米国経済に悪影響を及ぼす。暴風雨や洪水の被害に見舞われていた間の経済活動の麻痺に加え、ハリケーンの通過後もしばらく残るライフラインなどの機能不全は、一時的にせよ米国の経済成長率押し下げ要因になる。

実際、先週発表された8月最終週の米失業保険申請者数はハービー上陸の影響で前週に比べて6.2万人も急増した。今後米国で発表される8月分や9月分の経済指標では、大型ハリケーン連続上陸の爪痕が再確認されることになるだろう。

ただし、ハリケーンの襲来によって被災地の公共インフラや企業設備、個人の住宅などが破壊されると、直後の経済活動は著しく低迷するものの、しばらく経つと復興特需が動き出す。被災した人や企業が深い心身の傷を抱えつつも徐々に前向きな気持ちを取り戻し始めると、経済活動の復旧に不可欠な建設、投資、消費活動が活性化して成長率押し上げ効果を発揮し始める局面もやがて必ず到来する。

ごく一般論として、歴史に名を残して長く語り継がれるような天災は、その被害額が大きければ大きいほど、一時的な景気下押し圧力が強くなる一方、その後の復興特需も膨張する。米紙が報じたハービーの被害総額1900億ドルという数字が仮に正しいとした場合、その金額は円換算で20兆円を軽く超える。

10日に上陸したイルマによる経済的被害額はまだ明らかではないが、ハービーによる被災額に上積みされることだけは間違いない。その分だけ、一時的な米国景気下押しインパクトは膨らみそうだが、収束後に顕在化する復興需要による経済成長率の押し上げ効果も相当な大きさになるだろう。

<「米国の天災=ドル安」は本当か>

一方、今回のハリケーン襲来によるドル円相場への影響だけを純粋に抽出するのは容易ではない。実際、1990年代以降の米国で甚大な被害をもたらした天災が起きた時期のドル円相場を眺めてみても、被災後の動きに明確な法則性は存在しない。

例えば、1992年8月のハリケーン「アンドリュー」、93年春から秋にかけての「米国中西部大洪水」、94年1月の「ロサンゼルス大地震」のときは、その前後に大規模なドル安・円高が進んでいるが、当時の円高の基本的な背景は「米国の為替政策」だったとの市場解釈が一般的だ。

周知のように、1990年代の前半は円を名指しして「円安の是正」を謳った90年4月の主要7カ国(G7)「パリ合意」の後遺症が市場参加者によって意識されていたほか、93年1月に米クリントン政権の初代財務長官に就任したベンツェン氏の指揮下で「対日市場開放要求」とセットになった政治的な円高圧力が非常に強かった時期である。

他方、2005年8月下旬にハリケーン「カトリーナ」、12年10月末にハリケーン「サンディ」が上陸したときは、その後急速なドル高・円安が進んでいるが、背景にはそれぞれの事情があった。

2005年の「カトリーナ」上陸の時期は、米国が利上げ局面にあったほか、前年の秋に成立した米リパトリ優遇税制による米国企業の資金還流に加え、当時日本で大ブームになっていた外貨建て投信による海外への資金流出がドル高・円安の背景となっていた。

記憶に新しい2012年秋のハリケーン「サンディ」の襲来後の円安局面では、数週間前に発表されたソフトバンクによる米携帯電話大手のスプリント買収によるドル買いの思惑が話題になっていたほか、民主党・野田佳彦内閣から自民党・安倍晋三内閣への政権交代前後に高まったリフレ期待が市場のドル高・円安観測を増幅する触媒になっていた。

要するに、米国で時に勃発する想定外の天災は、それによる被害が苛酷であればあるほど、その様子がリアルな映像とともに世界に配信される頻度が上がるため、短期的には「米国経済への悪影響=ドル安」というイメージを喚起しがちだが、実際のドル円相場の振る舞いはそれほど単純ではなかったと言える。

<米政局混迷で復興特需遅延の恐れは>

その時々におけるドル円相場のすう勢的なトレンドは、米国を襲った自然災害による一時的な景気下押し圧力だけの影響を受けて決まっていたわけではなく、当該時点における日米両国のファンダメンタルズや国際資金フローの大きな潮流によって決まっていた。

このため、今後注目すべきなのは、今回のハリケーン上陸が、米国議会における財政協議の正念場や金融政策正常化に向けた歴史的な転換期に重なったことによる影響だ。

巷間伝えられているように、米国では今春からの懸案だった政府債務の上限問題についてトランプ大統領と民主党首脳部が3カ月間の先送りで合意、米国債の債務不履行や政府窓口閉鎖は当面回避されたが、12月上旬頃までの休戦合意にすぎず、同じ問題がクリスマス前に蒸し返されるリスクはまだ残っている。

「ハリケーン被災地の復興を無視して政争に明け暮れ、政府機関の閉鎖も辞さずに瀬戸際交渉を続けるのは慎むべきだ」との良識が米国議会の大宗で共有されれば良いが、師走の米国市場で財政協議が再び難航するようだと「政府機関の機能停止」という人災がハリケーンによる天災の復旧の障害になり、復興特需の本格稼働を遅らせるリスクがある。

米国の金融政策についても同様だ。今回のハリケーン襲来に伴う一時的な経済成長押し下げとその後の復興特需による景気浮揚効果がどの程度の大きさになるかによって、米国でこれまで進められてきた金融政策正常化のプロセスに微妙な影を落とす可能性がある。

この先、米国議会で今後3カ月以内に債務上限の十分な引き上げに必要な政策合意が成立すれば、クリスマス前の政府機関停止懸念が解消され、ハリケーン被災地の復興特需が米国景気の押し上げ要因になるとの期待が強まりそうだが、逆の場合は米金融市場の混乱が景気回復や金融政策正常化の障害になるリスクもある。

恐らくは前者の可能性が高く、米金融政策の正常化によるドル高圧力が早晩顕在化してくるとみているが、政局が絡むテーマだけに予断を持つのは禁物だ。希望的観測による過度の楽観を排除しつつ、冷めた目線で今後の顛末をモニタリングする必要があるだろう。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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