March 13, 2018 / 2:34 AM / 3 months ago

コラム:シカゴ発「円高ショック」襲来あるか=植野大作氏

[東京 13日] - 浅春の外国為替市場でドル安・円高が進んでいる。3月2日には一時105.25円と約1年4カ月ぶりの安値圏に差し込む場面があった。その後はひとまず下げ渋っているが、107.00円前後では伸び悩み、上値の重い印象は否めない。

ドル円相場の下値不安が広がる中、一段の円高を促す担い手として「円高派」の期待を集めているのがシカゴ筋だ。これまでかなりのドル安・円高が進んだにもかかわらず、シカゴ通貨先物市場ではまだ相応の円売り超過のポジションが残っている。このため、「これが巻き戻されたらさらに円高が進む」との議論を見聞する機会が増えている。

日本の会計年度末の接近が意識される中、筆者は2019年3月期末のピンポイント予想を1ドル=115円と見込んでおり、いわゆる「円安派」に属している。このため、業界知己と来年度の為替予想トークを交歓する場面では、必ずと言っていいほど反論や質問を受けるトピックの1つになっている。

ただ、現時点での見解として、筆者は「シカゴ発の円高ショック襲来説」の実現確率は低いと考えている。理由を4つ挙げておきたい。

<過去にもあった円売り超過の長期定着>

第1に、シカゴ市場で観測されるドル円のポジションは、「特定少数」のプレーヤーによって形成されているわけではなく、「不特定多数」の売買参加者が混在する中での伸縮を繰り返している。

このため、例えばプレーヤーAがある時点で円売り・ドル買いポジションを解消した結果として相応の円高・ドル安が進んでも、その水準で別のプレーヤーBやCが新規に円売りポジションを構築すれば、円の売り手の新陳代謝が進むことでシカゴ市場全体では円売り超過が長期にわたって定着することもある。実際、そのような局面は過去に何度も観測されており、この先必ずしも円売りポジションの巻き戻しが一気に起きるとは限らない。

第2に、円とドルを先物市場で空売りする際の調達コストに注目すると、短期金利がマイナス圏に水没していて、かつ近い将来の利上げの可能性が非常に低い日本円は、借りれば金利がもらえるわけだから、「調達通貨」として非常に優れた特質を持っている。

一方、米国では2015年12月のゼロ金利解除を嚆矢(こうし)にして、すでに5回も利上げが実施された結果、政策金利が「主要7カ国(G7)通貨」の中では最も高くなっている。0.25%刻みであと複数回以上の追加利上げに踏み切ると、先進国の中では高金利通貨のイメージが強い豪ドルやニュージーランドドルを上回る可能性がある。

先進諸国の投資家が歴史的な低金利に頭を悩ませている現下の局面で、日本円より短期金利が大幅に高い米ドルを借りてきてまで空売りしてマイナス金利の円買いを膨らませる向きがそんなに増えるとは思いにくい。仮にそのようなポジションを持つプレーヤーが一時的に増えても、それほど長持ちしないのではなかろうか。

<シカゴ眺めの逆張り円ロング>

第3に、シカゴ市場のデータで確認できるドル円のポジションは、国内外の短期筋が保有している膨大な為替持ち高のほんの一部にすぎない。現在、シカゴ市場で観測されている円の売りポジションは、非商業筋と非報告筋の合計で7万6881枚となっているが、1枚=1250万円で金額に換算すると約9600億円だ。

近年のドル円相場の観察履歴に基づく筆者の所感では、昨今のドル円市場で1兆円規模の為替リスク摂取マネーが動いたときのプライスインパクトは、「他の条件が一定」ならば70―80銭程度という印象だ。よって、シカゴ市場だけの円売り解消インパクトに限れば、ほぼ同時に誘発される可能性があるストップロスの連鎖を勘案しても、1―2円程度の円高ショックだろう。過小評価はすべきでないが、過大評価も禁物だ。

第4に、誰にもその全容を把握することができない世界全体の市場で見たドル円絡みの投機ポジションは現在、シカゴ市場のデータが示す見た目の印象ほど円売り一辺倒に傾いていない可能性もある。

近年急速に進化したIT機器の普及により、シカゴ市場のポジション情報は、国内外のファンド筋や金融機関で働くプロの投資家はもちろん、日本の外国為替保証金(FX)取引に参画している巷のドル円ファンでも毎週金曜深夜の発表時刻になれば、手元のスマートフォンなどを用いてほぼリアルタイムで把握できる「ありふれた情報」になっている。

このため、「シカゴ市場の円ショート・ドルロングが膨らんでいる」ことを理由にカウンターの円買い・ドル売りを仕掛けているプレーヤーのポジションが、シカゴ市場以外の場所ではそれなりに膨らんでいる可能性はあるだろう。

定期的にドル円がらみの投機ポジションのデータを公表しているマーケットが海外では他にないのでやむを得ない面もあるが、「シカゴ市場のデータが常に海外投機筋の為替持ち高の全部を代表している」との思い込みは避けるべきだ。代理変数として海外勢のポジションの偏りをしっかり表している時期もあれば、そうでない時期もあるはずだ。

実際、現在筆者が生計を立てている為替予想屋業界では、この先のドル円相場の展開に関して、「円高派」の勢力が増している印象がある。少なくとも、為替市場関係者の見方が円安一辺倒に傾いている雰囲気ではない。

具体的なデータで示すことはできないが、「シカゴ市場が相当な円売りになっているので、これ以上の円安は進みにくい」「何かの拍子にシカゴの円売りが巻き戻されたら急激な円高が進む」というマーケットトークを見聞する頻度が上がっているという事実自体が、「シカゴ眺めの逆張り円ロング」も相応の勢力になっている可能性を暗示している。

<ドル高・円安見通しを堅持>

以上の諸点を勘案すると、近い将来にシカゴ発の円高ショックが引き金になって修復不能な差し込み傷がドル円相場のチャートフェイスに入る可能性は低そうだ。

ドル円の予想変動率が円高ショックの襲来と同時に急上昇して、米日金利差を度外視したドル売り・円買い戦略で安定的に勝てる見込みが立つようになるのは、「米国景気の失速懸念台頭による米利上げ予想の瓦解」「日銀緩和の時期尚早な出口戦略の稼働観測」などが現実味を帯びてきた時期に限られるだろう。

そのようなリスクシナリオの実現確率がゼロ%だとは思わないが、近い将来にメインシナリオに昇格させなくてはならないほど高まるとは考えていない。今年の中頃には米ドルの金利が先進国通貨で最も高くなる可能性が意識される中、日銀による超低金利政策の長期化で円金利だけではまともな期間収益を稼げなくなる国内投資家の苦悩はこの先も時間が過ぎていくだけで深まりそうだ。従前通りのドル高・円安見通しを堅持しておきたい。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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