August 14, 2019 / 4:56 AM / 4 days ago

コラム:ドル円に3本の支柱、105円割れで押し目買い=植野大作氏

[東京 14日] - 真夏のドル円相場は米中通商摩擦を巡る報道に振り回されている。トランプ米大統領は1日、まだ制裁対象になっていない中国からの輸入品約3000億ドルに対し、9月から10%の関税をかける方針を突然表明した。

 8月14日、米国が対中関税第4弾の発動を一部先送りし、ドル円相場は円安に振れた。まだ105円割れを試す可能性はあるが、下値は限られていると植野大作氏は指摘する。写真は外為ブローカーのオフィスに映し出されたドル円のレート。2014年9月、東京で撮影(2019年 ロイター/Yuya Shino)

6月末の米中首脳会談で貿易戦争の停止を打ち出し、市場が安心していた矢先に投下された米大統領の「ツイート爆弾」は破壊力抜群だった。為替市場では「リスク回避の円高」が加速、8月12日には一時105円05銭と、約7カ月ぶりのドル安・円高が進む場面があった。

その後、翌13日に中国製の携帯電話やパソコンなど、一部品目への課税を12月15日まで延期する方針が示されると、106円台まで買い戻されたが、米中協議決着までの道筋は視界不良のままだ。ドルの上値が目立って軽くなりそうな雰囲気は漂ってこない。

米中貿易戦争の再開は、多くの市場関係者にとって想定外の悪材料だ。想定すべきドル円の下値めどを切り下げる参加者が増えている。米国でトランプ政権が発足して以降の最安値は2018年3月に記録した104円56銭円。これを試す円高リスクが台頭している。

ただ、仮に1ドル=105円の節目を割り込む局面が再び到来しても、その先の下値余地は限られそうだ。滞空時間も長くはないとみられ、個人的には押し目買いの好機と考えている。以下、理由を3つ挙げたい。

<実需はドル不足>

第1に、現在の為替需給は一方的なドル安・円高が進む方向に傾いていない。海外投機筋の為替持ち高の代理変数として注目されているシカゴ市場のデータをみると、これまでの円高局面で円売りポジションが手仕舞われ、6日時点で小幅の円買いに転じている。

一般に、市場がリスク回避色を強める局面で円は買われやすい通貨に分類されるが、国内外でリスク資産が値崩れする局面で、海外の投資家が自国通貨をわざわざ売却、新たな為替リスクを取って円の購入に殺到するような為替フローはほとんど発生しない。

そうした場面で生じる円高フローの大部分は、長期資本筋の円買いではなく、短期筋の円買いで膨らんでいた円売り持ち高の整理や投げが大半だ。そのため円売りの整理が一巡した後は、円の買い持ち高が膨張しない限り、一段の円高は進み難くなる。シカゴ市場のデータに基づく推測に誤りがなければ、この先の円高余地は限られそうだ。

国内外の投機筋が今後、円の買い持ち高を増やす可能性はもちろんある。ただ、先進国通貨で短期金利が一番高いドルを借りて膨らませる円買いは、スワップがマイナスになるため、プラスのスワップを日々享受できる円売り・ドル買いに比べて拡大余地が狭く、利益確定や損失限定の反対売買も早く出やすい。多少増えたとしても長続きしないだろう。

ドル円相場のトレンドに影響する実需絡みの為替フローに目を転じても、以前のように日本が大幅な貿易黒字国だったころは、貿易決済による片道切符の為替フローはドル売り・円買い超過だった。だが、近年の日本の貿易収支は小幅の赤字だ。日本の商慣行により、輸出は円建ての比率がそれなりに高いものの、輸入はドル決済の割合が圧倒的なため、貿易決済の現場ではかなりのドル不足が発生している。

実際、このところの日本の貿易収支の中身をみると、円建て決済の黒字(非居住者の円需要とほぼ同義)よりもドル建て決済の赤字(居住者のドル需要とほぼ同義)が7兆円程度も大きくなっており、貿易実需のフローは年間6万本(1本100万ドル)を超えるドル不足に傾いている。

現在、日本の海外純資産が生み出す利子・配当の受け払いによる第一次所得収支は年間約20兆円程度の黒字だが、そのうち約半分は経常収支の黒字に統計上では計上されているものの、実際は現地通貨建てのまま海外で実物資産や金融資産に再投資され、円買いを発生させずに国外に滞留しているものと推測される。

日本の直接投資収支や第二次所得収支がほぼ恒常的な赤字であることも加味すると、貿易収支、所得収支、直接投資などを合わせた実需絡みの為替フローのうち、ドル円の需給に直接響く部分はおおむね拮抗(きっこう)、円高一直線に傾いていないのではないか。

<日銀利下げなら円高阻止>

第2に、日銀の金融政策運営は過度の円高を迎え撃つスクランブルモードに移行しつつある。7月の決定会合で「緩和カード」を温存したが、声明文には「物価安定目標に向けたモメンタムが損なわれる恐れが高まる場合には、躊躇(ちゅうちょ)なく追加的な金融緩和措置を講じる」との文章が新たに挿入された。

日銀は既に限界まで政策金利を下げており、追加の利下げ余地はないとの見方もあるが、日本の短期政策金利のマイナス幅はまだ0.1%だ。欧州中央銀行(ECB)の預金金利マイナス0.4%と比べると、まだ深掘りできる余地がかなりあるかもしれない。

為替感応度が高い日本の経済構造を勘案すると、1ドル=105円を割り込んで円高が加速した場合、物価の勢いが削がれるのは間違いない。今後の為替次第で日銀は利下げに動くだろう。日本の利下げ余地を疑問視する市場関係者も多いだけに、実際に日銀がマイナス金利幅を拡大し、さらに打ち止め観測を否定した場合は、相応のサプライズを呼びそうだ。

利下げ余地が限られている日銀が追加緩和をしても円高を止められないとの意見もあるが、筆者はそう思わない。現在の国内金利の絶対水準があまりにも低過ぎるため、過去に仕込んだ高利回り債の償還が進むにつれ、円資産への再投資だけでは十分な利息を稼ぐのが難しくなっている投資家が着実に増え続けているからだ。

この先、日銀がマイナス金利を深掘りした場合、今でも十分に低過ぎる日本の金利はさらに低下して出口も遠のく。短期筋のドル売り・円買いにかかるマイナス・スワップが増し、長く持ち難くなるだろう。ドル円の水準に反比例して日本勢の対外証券投資も増えるとみられ、極端な円高の進行を止める力が強まるはずだ。

<下がればドル買い>

第3に、最近の円高局面で米国の利下げに対する織り込みが一層進んだ。米連邦準備理事会(FRB)は7月、10年7カ月ぶりに政策金利を下げたが、事前にほぼ確実視されていたためにドル円はむしろ反発、一時109円台まで買い戻される場面もあった。

その後、対中関税に関するトランプ大統領の「ツイート砲」が炸裂して急激な円高が進んだが、105円割れ寸前までの下落局面で、先物市場は年内2回までの追加利下げを8割以上の確率で織り込んだ。実施されても追加的なドル安・円高余地は限られそうだ。

米国発の金融緩和ドミノが各国に波及している現状を加味すると、米国が年内あと2回利下げをした場合、先進国で第2位の高金利通貨であるカナダドルの政策金利も引き下げられる可能性が高い。世界一の安全資産である米短期国債の金利が先進国で最も高い状況は変化しないだろう。米国の追加利下げがあと2回以内に収まるならば、ドルの値段が下がれば買い手が出てくる状況もおそらく変わらない。

現在の世界貿易戦下で進むドル高は、米政府の輸入増税がもたらす国内消費への悪影響を相殺している。最近急速に進んだ米長期金利の大幅な低下や超党派の合意で可能になった財政出動も景気を支え、9月に対中制裁関税第4弾が発動されても米経済は失速しないだろう。行き過ぎた米利下げ観測の修正が起きた場合、ドル円は失地回復に転じそうだ。

この夏、もしドルが105円を割り込む場面があったなら、買い下がりで臨みたい。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

植野大作氏

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

(編集:久保信博)

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