August 14, 2018 / 7:41 AM / a year ago

コラム:ドル高予想変更は無用、トルコ危機もガス抜きに=植野大作氏

[東京 14日] - 真夏の外為市場でドル円は上値を削る展開になっている。7月19日に一時113.17円と約6カ月ぶりの高値圏へ上昇したが、トランプ米大統領が米連邦準備理事会(FRB)の利上げを批判しながらドル高けん制発言をぶつけてくると急落。「日銀が金融緩和の副作用軽減策を模索している」との観測報道が相次いだことも重しとなり、7月下旬には一時110円台半ばまで売り込まれた。

 8月14日、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト、植野大作氏は、「トルコリラ安ショック」などを口実にした適度なガス抜きで押し目を作った方が、ドル円の上昇余地は広がると予想。写真は米ドル紙幣、トルコで2017年11月撮影(2018年 ロイター/Sertac Kayar)

その後、7月末の日銀会合で消費増税前の利上げ期待を封印するフォワード・ガイダンスが導入されると反発し、112円台に復帰する一幕もあったが、8月中旬にかけては再び軟化。9日から始まった日米通商協議への警戒感が高まる中、10日に勃発したトルコリラ円の暴落に軽く巻き込まれると110円台前半に続落する場面も観測されている。

米国発の世界貿易戦争への懸念が強まる中、最近のドル円は、米国経済・金融政策の相対的な優位性が注目されるとドル高・円安が進む一方、世界貿易戦争のエスカレートを伝える残念な報道、米大統領の不規則発言、トルコ発の新興国不安などが意識されるとドル安・円高方向に振れる非常にややこしい展開になっている。

例年、8月の盆休み前には、「国内輸出企業のドル売り注文が大きくなる」との思惑が広がるほか、中旬になると米国債の大量利払いの円転観測が広がりがちだ。そんな時期に日米通商協議が始まったこともあり、今後の交渉の場で米国側が日本の嫌がる「円高カード」を切ってくるとの警戒感も渦を巻いている。当面は円高に振れやすい展開が続きそうだ。

ただ、筆者は年末に向けてのドル高・円安予想を堅持している。3月安値の104円台から7月高値の113円台に至るまで、かなり一方的なドル高・円安が進んでいただけに、「8月の円高説」「日米通商協議の開始」「トルコリラ安ショック」などを口実にした適度なガス抜きで押し目を作った方が、その後の上昇余地は広がるだろう。以下、そのように考えている理由を3つ挙げておく。

<貿易戦時下でドルは売られにくい>

第1に、世界貿易戦争時下にあっても米国経済が堅調に推移し、FRBが主要先進国の金融政策正常化レースの先頭を走っている。米国の実質経済成長率は今年第2・四半期に年率プラス4.1%に加速。アトランタ地区連銀の推計によれば、第3・四半期も4%台を維持しており、今のところ、輸入増税の負担に負けて失速に向かっている様子は観測されていない。

このような状況下、パウエルFRB議長は先の議会証言で「当面は緩やかな利上げを続けるのが最善の策」と述べており、同時に進めている保有債券の圧縮にも「3、4年はかかる」との見解を示していた。当面は「金利」と「量」の両面で米金融政策の正常化が進みそうだ。

米国が始めた不毛な輸入関税引き上げ合戦は、全ての参戦国の成長押し下げ要因になり得るが、為替レートは当該2国通貨の相対評価で方向が決まる。このため、米国が過去の金融危機対応で散布したドル資金を回収しながら先進国の利上げレースで先頭を走れる体力を維持している間は、貿易戦時下における「敗戦国選び」の矛先は、米国に先制攻撃を仕掛けられた相手国側の通貨に向かい、ドルは買われやすく売られにくい地合いになる。

現在、トルコリラ暴落の悪影響が他の新興国や欧州諸国に波及することが懸念されているが、米国の金融システムに飛び火して金融政策の正常化を妨げるような事態に発展しない限り、新興国通貨と欧州通貨に対してドル高と円高がほぼ同時に進む状況が続きそうだ。ドル円相場への感染力は限られるだろう。

<口先介入の力で相場は支配できない>

第2に、米大統領の米利上げ批判や米政府要人によるドル高けん制発言は、すう勢的なドルの地合いにほとんど響かないとみられる。不動産会社の経営で財を成し、自らを「低金利人間」だと認めるトランプ大統領が、パウエル議長の利上げ路線を快く思っていないのは事実だろう。ただ、「FRBの独立性」は、先達の英知が築き上げた米国民の貴重な財産だ。

その価値を熟知しているパウエル議長は、今後も大統領の嗜好に左右されずに金融政策を運営するはずだ。米国経済が弱ってくれば、大統領に言われなくても利上げを止めるだろうが、今はまだその時期ではないと判断しているようだ。

また、日米通商協議が本格化する中、米政府の高官がドル高・円安けん制発言で日本に揺さぶりをかけてくる可能性は否定できない。ただ、筆者は為替相場のトレンド判断において、特定の国や組織で要職にある人物の言霊(ことだま)の力をあまり重視していない。

日米貿易摩擦が盛んだった数十年前に比べ、為替市場の売買規模や参加者の多様性は格段に増しており、現在、ドル円だけで年間の売買金額は2.5京円程度に達していると推定される。天文学的な金額の国際資金フローが自由に行き交う為替の動きを、口先介入の力だけで支配するのはトランプ大統領でも多分無理だ。恐らく本人はそう思ってないかもしれないが、為替市場の恐ろしさを熟知している多くの市場関係者は、もしも自分が米国の大統領になったとしても、「自らの希望を伝えるだけで為替相場のすう勢を意のままに操れる」とは思っていないだろう。

そもそも、「アメリカ・ファースト」を標榜して貿易赤字を削減、海外に漏出した投資資金や雇用を国内に戻すことを目指すトランプ大統領の政策は、もしも成功したならドル高圧力を発生させるはずだ。経済・軍事の両面で米国を断トツの強国にすることを目指して仮想敵国を攻めておきながら、口先介入の呪いだけでドル安に誘導するのは難しいだろう。

<「尺蠖(しゃっかく)の屈するは伸びんがため」>

第3に、7月末の会合で日銀は巧妙な情報操作で円高ショックを回避しつつ、異次元緩和のマイナー・チェンジに成功した。「日銀が金融緩和の副作用軽減策を練っている」との観測報道が最初に流れた7月20日から31日の結果発表の直前まで、各種媒体が競って報じた記事の中に、フォワード・ガイダンスの導入を示唆していたものは皆無だった。

その後、実際に公表された具体策を見ると、「短期金利はマイナス0.1%で据え置いたまま、適用残高を5兆円だけ減額する」「長期金利の中心はゼロ%で維持した状態で上下の変動幅を0.1%から0.2%に広げる」という地味な内容だった。わずかに容認された長期金利の上昇幅は0.1%と世界標準の政策金利変更刻みとみなされている0.25%の半分以下にとどめられていた。結局、事前の観測報道の死角に入っていたフォワード・ガイダンスだけがサプライズを呼び、異例の低金利政策の出口はひとまず見えなくなっている。

また、一般には注目されていないが、今回の会合で日銀は、「コアインフレの実績が安定的に2%を超えるまでマネーの拡大方針を維持する」というオーバーシュート型コミットメントも堅持していた。今後の日銀の金融政策は「金利」の面ではフォワード・ガイダンス、「量」の面ではオーバーシュート型コミットメントという2つの基本方針の下で運営されることになる。

「オープンエンドのマネー漸増を約束しながら異例の低金利政策を続ける日本」と「計画通りに保有資産を圧縮しながら緩やかな利上げ見通しを維持する米国」の違いは明らかだ。彼我の金融政策の印象格差をすう勢判断の軸に据える姿勢を崩さない限り、年末に向けたドル高・円安見通しは不変だ。

「尺蠖(しゃっかく)の屈するは伸びんがため」のことわざもある。この夏、一時的に1ドル=110円を割る局面があったなら、買い下がりで臨みたいと考えている。

植野大作氏(写真は筆者提供)

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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