November 10, 2016 / 1:07 AM / 3 years ago

コラム:トランプ大統領は変動相場に未曽有の脅威=唐鎌大輔氏

[東京 10日] - 米大統領選挙は、下馬評を覆し、共和党ドナルド・トランプ候補の勝利で終わった。金融市場にとっては英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)に続く「歴史的な大誤算」だが、日本に与える影響はブレグジットよりも大きいものとなりそうだ。

現状、為替市場の反応は想定されたものとは真逆であり、リスクオン地合いとなっている。これは「トランプ大統領」への未知なる期待を込めた部分もあろうが、そもそも選挙を前にリスクテークが控えられていたことの反動もありそうである。政治経験のない同氏の議会運営への不安は覆い難いものがあり、トランプショックの影響はこれから顕現化してくるのではないか。

「トランプ大統領」にまつわる最大の論点は為替などではなく、米国の孤立主義路線やそれに伴う国際秩序の不安定化と思われるが、その辺りは諸賢の論考に任せるとして、本コラムでは経済・金融、特に為替に絞って議論を進めたい。

昨年来、筆者は「米連邦準備理事会(FRB)の正常化プロセスは信用できないため、ドル高は続かない」との見通しを唱え続けてきた。大統領が代わっても、その論点は不変であり、2017年にかけての為替相場は過去2年半続いたドル高相場の本格的な調整(ドル安)を経験する年になると予想する。

トランプ大統領誕生はこうしたシナリオを補強する材料にすぎない。たとえ民主党ヒラリー・クリントン候補が勝利しても為替見通しは大きく変わるものではなかった。

<為替に言及する米大統領誕生か>

改めて確認する必要もないが、トランプ氏の通貨・金融政策に対するスタンスは、はっきりとドル安方向である。例えば、今年5月にはテレビ番組で「利上げしてドル高になれば、大問題になる」などと述べたことがあった。そればかりか、ドル高の背景となる利上げ路線を進めるイエレンFRB議長を更迭する意思まで明かしたことがある。

基軸通貨国である米国の大統領が為替相場の方向感に言及することは本来考えにくいが、トランプ大統領ならばその可能性も拭えない。米国の通貨・金融政策の意向が絶対的な影響力を持つ変動為替相場制という「舞台」において、現職の米国大統領が為替の方向感に何らかの希望を述べるとしたら、それは「未曽有の脅威」になり得る。

「トランプ大統領」の言動いかんでは、2017年以降の為替予想は各種ファンダメンタルズを分析するのではなく、単に同氏の顔色をうかがうゲームになりかねない。この点は「大統領候補」から「現職大統領」に変わるに伴ってトランプ氏が少しでも「大人の対応」を心掛けることを願うしかない。

そうした通貨・金融政策の陰に隠れて財政政策は注目されにくいが、トランプ氏は財源の当てのない大型減税を志向していることでも知られる。度が過ぎれば、米国債の格下げ、ひいてはドル安が連想されやすくなるだろう。

確かに、緩和的な財政政策が利上げ可能な実体経済を形作る可能性もあり、この辺りの論点は読みが難しい。仮にトランプ政権でドル高が発生するとしたら「巨額の財政出動」「景気浮揚」「利上げ」「ドル高」といった経路しかないだろう。とはいえ、トランプ氏に「ドル高は嫌だ」という確固たる信念があるのだとすれば、根本的にそのような展開も期待薄だとは思われる。

その他、通商政策では環太平洋連携協定(TPP)の破棄や北米自由貿易協定(NAFTA)の見直し(極端なケースでは脱退)といった論点が目につく。米国がそうした立ち回りを演じることは世界の保護主義化の起点になるという文脈で捉えるべき事案だが、当然、米国に拠点を構える多国籍企業に打撃を与える話にもなるだろう。

そのような行為が米国の実体経済に対してポジティブな影響をもたらすとは思えず、結局はFRBの利上げ路線を挫折させる遠因となる。要するにドル安材料である。

もちろん、通貨安誘導や減税そしてトランプ氏が折に触れて言及する規制緩和は適切に執行されれば実体経済を押し上げるかもしれない。だが、直情的なトランプ氏が議会と一致協力してそのような政策運営を果たしてできるのかどうか、正直、にわかには信じ難い。

現時点で得られる情報を総合すれば、トランプ次期大統領の政策運営からは「どこを切り取ってみてもドル安の臭いしかしない」という印象を受ける。

<米当局はもともと「ドル高に不寛容」>

ちなみに、為替市場ではクリントン氏勝利の場合はドル安志向の強いラエル・ブレイナードFRB理事が財務長官に指名される可能性が注目されていた。これに対し、トランプ政権における財務長官は選挙対策財務責任者のスティーブン・ムニューチン氏らの名がささやかれているが、それほど注目はされていない。他ならぬ大統領自身がドル安志向をあらわにするのであれば、その配下である財務長官人事に関心が集まらないのも当然かもしれない。

ただし、重要なことは米財務省の通貨政策に関しては、為替政策報告書における「監視リスト」の存在などに象徴されるように、選挙以前からドル高相場に対する警戒感が示されてきたという経緯だ。要するに、大統領や財務長官という政治的かつ属人的な要素以前に、米通貨政策のスタンスとして「ドル高に不寛容」という事実がもともとあったことは忘れてはならない。

雇用統計の増勢は明らかに衰えているし、企業収益もドル高と符合するように2014年下期から頭打ちになっている。まっとうに考えれば、米政策当局者の間で利上げやそれに伴うドル高の悪影響について懸念が芽生えるのは自然な話と思われる。

<ドル円の主戦場は90円台前半へ>

最後にドル相場の現状を簡単に確認しておきたい。繰り返し述べているように、2014年6月以降続いているドル相場の上昇に関し、2016年はほとんど調整が進んでいない。つまり、トランプ氏はドル相場の水準が高いまま大統領に就任することになる。

ゆえに、誰が大統領に就こうと、「これ以上のドル相場続伸は認め難い」というのが筆者の基本認識である。大統領が代わったからと言って、為替相場を評価する時間軸まで非連続的なものにすべきではなく、従前の動きからの連続性を重視すべきと考える。

日本人の目から見れば、2016年は大きくドル安が進んだように感じるかもしれないが、実はドルは対円でこそ下落したが、その他通貨に対してはそれほどでもない。例えば、今年1月から9月までの間に円は対ドルで16.2%も上昇したが、ドル相場全体の動きを示す名目実効為替相場は同期間に2.7%しか下落していない。円が対ドルで上昇した分は、英ポンドや中国人民元、メキシコペソといった通貨が対ドルで下落した分で完全に相殺されてしまったのだ。

それでもドルの名目実効為替相場が全体として下落したのは円の他にカナダドルやユーロなども対ドルで上昇したためだが、過去2年半の急騰を踏まえれば、2017年に調整余地を残してしまったという印象は拭えない。

現状、「トランプ大統領」に関しては分からないことが多く、語れることは少ない。だが、上述してきたように、為替予想を立てる上では「ドル相場は急騰後、調整していない」「トランプ氏はドル安志向が強い」「米財務省の通貨政策はもともとドル安方向」といった確実に言える事実が目につく。

こうした状況下、2017年にかけてのドル円相場は年度内に100円割れが定着した後、90円台前半を主戦場とする展開へ移るというのが筆者の抱くメインシナリオである。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below