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コラム:米利上げに警鐘、カシュカリ論文の明察=唐鎌大輔氏
2017年6月26日 / 02:31 / 5ヶ月後

コラム:米利上げに警鐘、カシュカリ論文の明察=唐鎌大輔氏

[東京 26日] - ドル円相場は順調に進む米連邦準備理事会(FRB)の金融政策正常化プロセスを受け、底堅く推移している。多くのFRB高官が口にするように、現状の正常化プロセスを支える論拠をラフに言えば「完全雇用に接近するに伴い賃金も持ち直し、2%のインフレ目標に回帰する」という点に尽きる。

基礎的経済指標が必ずしも景気の過熱を示していない以上、利上げやバランスシート(B/S)縮小を進めるためには「物価はこれから上がる」という立て付けにするしかない。

だが、金融危機以降、失業率と物価の逆相関を想定する「フィリップス曲線」はフラット化が進んでおり、理論的な関係は安定していない。とすれば、「物価はこれから上がる」という想定自体、疑う姿勢を持ちたいところだ。

この点、3月に続いて6月利上げに関しても、カシュカリ・ミネアポリス地区連銀総裁だけが反対票を投じており、その理由の中心にはフィリップス曲線信仰から距離を置くべきという思いが見て取れた。同氏は3月会合で反対票を投じた際、「なぜ私は反対したのか(Why I Dissented)」と題したエッセイを公表しているが、今回も「なぜ私はまた反対したのか(Why I Dissented Again)」といった続編を公表している。

ここで展開されるロジックは真っ当かつシンプルであり、今後の米金融政策を読む上での一助となるため、この場を借りて簡単に整理し、紹介したい。

<信仰(faith)とデータ(data)の相違>

今回のエッセイで印象に残ったのは「利上げか現状維持かという決断にあたっては信仰(faith)とデータ(data)の間で不安がある」との一文だった。ここで言う信仰は象徴的には失業率と物価の逆相関を示唆するフィリップス曲線を指す。分かりやすく言えば「完全雇用に近づきつつあるので物価は上がってくるはず」という主張である。

少なくとも危機が発生する2007年8月以前はそうした関係が成立していた。現状のFRBが利上げやB/S縮小を提案できるのは、それを信じているからこそである。

一方、足元のデータが示すコアインフレ率やインフレ期待は全く盛り上がっていない。インフレ期待に関しては、調査ベースの計数は家計部門を対象とするミシガン大学消費者マインド、専門家を対象とするFRB予測専門家調査が例として挙げられ、市場ベースの計数はブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)が例として言及されており、いずれもさえない現状が指摘されている。

現状を整理すれば、ミシガンは低下、予測専門家調査は横ばい、BEIは歴史的に低いレンジでの推移を余儀なくされており、利上げを支持するムードにはない。

こうして「信仰」と「データ」の間で矛盾が生じている中、カシュカリ氏はリスクマネジメントの観点から意思決定を下すことの重要性を主張している。要するに、「早過ぎる利上げ」と「遅過ぎる利上げ」を比較し、各デメリットをどう評価するかという視点だ。

まず、「早過ぎる利上げ」のデメリットとしてはインフレ期待への悪影響が挙げられる。FRBにとって前年比プラス2%はあくまで「対照的な目標」という位置付けにある。要するに、1.5%も2.5%も目標からのかい離という点では等しく評価される筋合いにある。だが、コアインフレ率が目標とする2%に到達していないのに、利上げを重ねるという政策運営は2%が目標ではなく天井であるかのような誤解を与えるとカシュカリ氏は懸念を示している。

実際、3月会合から個人消費支出(PCE)デフレーターは総合、コアベースともに失速し目標から下方向に遠ざかっているが、これを意に介さず利上げをするという政策運営は「2%到達を防ごうとしている」という誤解も与えかねないということだ。

インフレ率がさえない現状を踏まえれば、まずは目標まで引き上げようとする努力が先決のはずであり、現状維持が支持されるべきという主張は分かりやすい。換言すれば、2%を安定的に超えてから対応を考えれば良いという話である(幸い引き締め方向のツールは豊富だ)。

一方、「遅過ぎる利上げ」のデメリットは何か。現状では目標以下で推移しているのだから、利上げを見送りつつインフレ率が上がってくることはむしろ好ましい。また、仮に2%を明確に超えてきたとしても、そこでFRBは適切な対応を講じれば良い。本来、目標は対照的なのだから、現状のコアPCEデフレーターが1.5%で許容されているのと同様、2.5%も等しく受け止められる筋合いがある。

もちろん、イエレンFRB議長らが述べるように、現在のインフレ率の停滞が一時的であり、インフレ期待が突如として上離れするといった展開は「遅過ぎる利上げ」に伴うデメリットとしてあり得るものだ。仮に、そうなった場合は短期間にまとまった幅の利上げが必要になり、経済に対する負荷も大きなものになろう。

だが、これはフィリップス曲線にまつわる伝統的な信仰が正しく機能していればの話であり、現状のデータから指摘できるリスクではないとカシュカリ氏は述べる。事実としてインフレ率もインフレ期待も上がっていないのだから、「いきなりジャンプしたら怖い」という懸念は信ぴょう性が感じられないということだ。

「世界の主要国のコアインフレ率が軒並み目標を下回っているのに米国だけ急激なインフレを経験することはなさそう」というカシュカリ氏の見解に首肯する向きは多いと思われる。

<「笛吹けど踊らず」の含意はドル安>

1960―70年代の米国ではインフレ期待の不安定化とともにインフレ高進が問題視された。これは当時のFRBがインフレ期待をさほど重視せず、「高い失業率がインフレ率を押し下げる」と考え、積極的な引き締めに動かなかったからだとカシュカリ氏は分析する。つまり、「フィリップス曲線信仰に基づいた信念とインフレ期待の役割軽視」が波乱を招いたという理解だ。

この経験を教訓とすれば、現在のFRBが示す「完全雇用に接近している状況がインフレ率を押し上げる」といった姿勢も、根本的に同じ失敗をしている可能性がある。日本の経験が示すように、一度沈んだインフレ期待を引き揚げるのは困難であり、まずはこれを低下させないような政策運営が望まれるはずだが、今のFRBは物価目標が未達にもかかわらず、フィリップス曲線を信仰し、引き締めに走っている。

60―70年代がそうであったように、インフレ期待の役割を軽視したことによる「しっぺ返し」を食らう可能性についてカシュカリ氏は不安を抱いているのだ。

年初来、米金利のイールドカーブは著しくベアフラット化が進んでおり、例えば10年―5年金利のスプレッドは年初来で最小、30年―5年は2007年末以来で最小という状況にある。いくらFRBが正常化を喧伝したところで、理論的な信仰において「そうなるはずだ」という程度のよりどころしかないのであれば市場はついてこない。データがドル買いや米債売りを後押しするような展開にならない限り、FRBと市場の間に横たわる認識の溝は埋まらないだろう。

こうしたFRBにとって「笛吹けど踊らず」の状況は徐々に強まると筆者は考えている。データに裏付けられない正常化は危ういものであり、インフレ(期待)はいずれ低下、FRBが焦って現状方針の修正に追い込まれる展開を警戒したい。為替市場への含意は当然、ドル安である。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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