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コラム:中銀を惑わすフォワードルッキングの幻影=唐鎌大輔氏
2017年8月10日 / 03:53 / 4ヶ月前

コラム:中銀を惑わすフォワードルッキングの幻影=唐鎌大輔氏

[東京 10日] - 前回のコラムでは、米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)など海外主要中銀の金融政策正常化ブームに疑義を呈した上で、「置いてけぼりの日銀」を根拠とする「ドル安・円安」併存論の危うさを指摘した。

確かに、ユーロ高・ドル安・円安を招いた6月末の「シントラ講演」(ドラギECB総裁がポルトガルのシントラで語った「デフレ圧力はリフレに変わった」などの発言)の威光はまだ完全に失せたわけではない。だが、ドル円は8月に入って断続的に110円を割り込むなど、「ドル安の受け皿としての円」という芽はまだ消えていないように見受けられる。

正常化ブームの火付け役となったECBはもとより、実際に利上げに邁進しているFRBですら目標とする物価上昇率が実現できていない状況であり、市場参加者からすれば安心して金融緩和の解除を見守ることができるような環境にはない。

それでも両中銀が正常化への関心を隠さないのは、結局のところ、「(物価は)そのうち上がってくるので今のうちにやっておく」という、いわゆる「フォワードルッキング(予防的)な政策対応」というロジックが幅を利かせているからである。

換言すれば、それは経済・金融情勢に対する自らの予測能力に関し、絶大な自信を前提とした上での運営とも言えるものだ。

<OECD景気先行指数は米英の失速リスク示唆>

しかし、先行きは本当に盤石なのか。例えば実体経済をフォワードルッキングに評価する尺度の王道として経済協力開発機構(OECD)景気先行指数を通じ現状を整理してみたい。

同指数は実体経済に対し約6カ月(正確には平均4―8カ月)の先行性を持つように設計されている。同指数の切れ味を過信するつもりはないが、複数国の景気動向を同一尺度でまとめて比較できる方法は貴重であり、今回はこれを用いて現状認識を試みる。

当然、フォワードルッキングな金融引き締めとの整合性を念頭に置けば、同指数には右肩上がりの動きを想定したいところだ。この点、中央銀行が引き締めを模索している米国、ユーロ圏、英国、カナダについて動きを見ると、ユーロ圏やカナダこそ節目となる100を超えて景気拡大が示唆されるものの、米国や英国は1―3月期をピークとして100を目前に反転下落しており、今後の失速が示唆されている。

もともと英国(イングランド銀行)は正常化グループの一員ではなく、利上げはスタグフレーション対応の側面が大きいため、景気先行指数の動きに意外感はない。問題は連続利上げとバランスシート縮小の同時進行を目論む米国(FRB)において、先行きの失速が示唆されていることだろう。

実際、春先以降の米経済指標を見れば、市場予想対比で実績が下振れることも珍しくなく、物価も目標とする2%から下方向に離れていく現状にある。もとより、米国に関しては景気の拡大局面が98カ月目と史上3番目の長期に差し掛かっており、景気の成熟化は当然予想し得る。かかる状況下、効果にラグのある金融引き締めを重ねて行うことには危うさを覚える。

ちなみに、緩和を続ける日本は100を超えて右肩上がりの状況にあるが、オーバーシュート型コミットメントという現行政策の意図に鑑みれば、これは自然な構図と言える。

<ユーロ圏内でも独仏とPIIGSの明暗くっきり>

ユーロ圏にも慎重な見方が必要だ。確かに、ユーロ圏全体で見た場合、同指数は100を超えて右肩上がりの状況を示すが、あくまで全体としての仕上がりであって、その内実はドイツやフランスの好調がそれ以外の加盟国の不調を糊塗(こと)している。

OECD景気先行指数に関し独仏とPIIGS5カ国(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)の推移を比較すると、独仏の好調が際立つ一方、PIIGSはさえないことが分かる。特にイタリアやスペインは100を割り込んで緩やかな右肩下がりの状況だ。

単一通貨であるユーロなかりせば、果たしてイタリア中銀やスペイン中銀が引き締めに意欲を見せただろうか。ECBとしては域内全体の計数を前提に政策運営せざるを得ないのは承知の上だが、正常化に着手する以前からこれほど金利や為替が引き締め方向に反応してしまった以上、市場の動きが各加盟国にもたらす引き締め的な影響も今後注視されてくるはずである。

なお、フランスに関しては同指数の安定もさることながら、政治的安定を称賛するムードが強い。しかし、過去を振り返ればユーロ上昇に真っ先に不満をもらしてきたのが同国だったことは思い返しても良いだろう。

フォワードルッキングな政策運営という名目の下、本来ならば政策運営の方向感を左右すべき物価が軽視される状況が続けば、いずれ金融政策による景気のオーバーキル(過剰な落ち込み)が現実のものとなるのではないか。今後の為替市場ではドル売りを基本線としてユーロ買いも1.20ドルをめどに頭打ち感が強くなる展開が予想される結果、円がドル売りの相手方として浮上してくる可能性は高いだろう。

<リーマン危機前の日銀が陥った「正常化の誘惑」>

この点、日銀が7月31日に公表した2007年1―6月分の金融政策決定会合議事録は、欧米中銀の現状に対して教訓を示しているようにも思える。当時の日銀は消費者物価指数の上昇率がほぼゼロ%だったにもかかわらず、正常化(量的緩和解除と利上げ)に着手した。実体経済の堅調さを理由に「いずれ物価は上がってくる」との想定に立ち、予防的な金融引き締めを図ったのであり、いわゆるフォワードルッキングな政策対応として注目された。

具体的には2006年3月に量的緩和を解除、2006年7月にゼロ金利を解除した後、2007年2月には追加利上げに踏み切った。しかし、最後の利上げの半年後にパリバ・ショックが発生し、その約1年後にリーマン・ショックを迎えることになった。

2007年春時点でサブプライム危機の兆候はあったが、眼前の実体経済の堅調さや物価上昇見通しに賭けて引き締めに踏み切った。政策運営のドライバーとして物価が定められていたにもかかわらず、「現実の物価」と「正常化の誘惑」を秤(はかり)に掛けて後者を取ったとも言える。そうした判断に対して厳しい見方があることは周知の通りである。

結局、フォワードルッキングな政策運営は中央銀行にとって、奇麗な「建前」となりがちであり、邪(よこしま)な「本音」を覆い隠す方便になりやすい。現在のFRBの判断も「(イエレン議長の任期中に)やれることはやっておきたい」という糊代(のりしろ)論だと頻繁に揶揄されているし、ECBも拡大資産購入プログラムの技術制約やドイツへの配慮など実体経済の地力とは何の関係もない要素がフォワードルッキングという「建前」の裏側に隠されていそうだ。

実際、「建前」が真実として機能するためには、中央銀行が精緻な予測能力を有していることが前提となるが、それがうまく機能しなかったからこそ、歴史上、中央銀行はバブルの崩壊と生成に苦しんできた。

例えば、FRBのスタッフ見通し1つ取ってみても、過去数年、常に物価に対しては楽観過ぎた。今回ばかりは違うと信じるに足る証拠はさほど多くないだろう。6月から強まってきた正常化熱はやはり一過性のブームで終わり、「日銀だけ置いてけぼり(ゆえに円安)」という相場ムードは、しばらく経てば雲散霧消すると筆者は考えている。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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