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コラム:経済とお金の常識が示す米金融政策正常化の危うさ=唐鎌大輔氏
November 24, 2017 / 3:32 AM / in 18 days

コラム:経済とお金の常識が示す米金融政策正常化の危うさ=唐鎌大輔氏

[東京 24日] - 年初来の米国の状況をざっと総括すれば、米連邦準備理事会(FRB)の利上げにもかかわらず金利は低く、それゆえにドルも上昇せず、結果として企業活動・株価にとって望ましい環境が醸成されている。

上がらない物価は実質ベースでのドル高抑制にもつながり、これも米企業の競争力改善に寄与していよう。多くの市場参加者にとって都合の良い相場環境(いわゆる「ゴルディロックス」状態)は、「グレート・モデレーション(大いなる安定)」という言葉がもてはやされた2004年から2007年、つまり約10年前と頻繁に比較される。

当時、相場に強気な向きは「今回は違う」と息巻いていたが、その後何が起きたかを思い返せば、やはり現状には危機感を覚える。しかも、当時と異なり、FRBは「物価は上昇していないが引き締める」という政策運営に勤(いそ)しんでおり、政策の方向性と実体経済の状況にかい離があるように思える。金融政策が実体経済のオーバーキル(過剰な落ち込み)を招く懸念は当時よりも大きいのではないか。

<強くない米国の資金需要>

楽観ムードが先行しやすい状況だからこそ、基本に立ち返る姿勢を大事にして、政策や相場を読むことを心掛けたい。例えば、FRBから今月公表された「銀行上級貸出担当者調査」は重要な事実を思い返させてくれる。

調査によると、米銀による商工業向けの貸出態度に関し、「厳しくした」との回答割合から「緩くした」との回答割合を引いたDIは、企業規模にかかわらず「緩くした」との回答割合が高まっている。堅調な実体経済を背景に金融機関の体力が改善に向かっている事実が読み取れる。

また、こうした緩和的な金融環境が行き場のない流動性を生み出し、株式に代表されるリスク資産の価格を押し上げ、将来的なシステム不安の芽を作っているというのがFRBの問題認識と見受けられ、利上げやバランスシート縮小を行う論拠ともなっている。それ自体は一理ある指摘と言える。

だが、与信環境に関する論点はこうした資金供給側(銀行)の態度に限らず、資金需要側(企業・家計)など借手の態度にも及ぶはずだ。デフレに悩まされてきた日本の経験を踏まえれば、緩和的な金融環境を用意しても、資金需要が乏しければ状況は改善しない。この点、米銀から見た商工業の借入需要判断に関し、「強くなった」との回答割合から「弱くなった」との回答割合を引いたDIに注目すると、中小企業でやや持ち直しが見られるが、ここでも全ての企業規模で「弱くなった」との回答割合の方が高い状況が続いている。

FRBの利上げやバランスシート縮小といった正常化プロセスは、「お金の出し手は豊富だが、借り手には乏しい」という状況の下で進められているという事実は押さえておきたい。もちろん、企業の資金調達手段は銀行貸出だけではない。例えば社債発行なども参考にすべきだろう。

この点、米国の非金融法人の社債発行残高を見ると、増勢ペースこそ続いているが、2015年中頃をピークに減速しているという実情がある。いずれにせよ、連続的な金融引き締めプロセスを正当化するほどの資金需要を感じさせるものではない。

<お金の「価格」引き上げに適さない状況>

そもそも金利とはお金の「価格」だ。とすれば、「およそ資金需要が高まっていない時にその『価格』を規定する政策金利を引き上げることが果たして適切なのか」という視点はごく常識的なものであり、FRBの政策運営を考える上でも有用と考えられる。

貨幣数量説の考え方に倣えば、資金需要の高まりに応じて、銀行貸出と共に実体経済に流通する通貨量(マネーサプライ)が増えれば、物価も上昇することが期待される。だから、インフレを予防したい中央銀行は利上げにより資金需要を抑制し、マネーサプライの伸び鈍化を図るわけである。だが、金融危機以降、未曾有の金融緩和の結果として中央銀行から市中金融機関へ供給された通貨量(ベースマネー)は急増したものの、マネーサプライの増加は限定的であり、これが今ひとつ盛り上がらない個人消費支出(PCE)物価指数の動きと整合的だった。

このような状況に対し利上げを重ねていけば、借入需要はさらに減退し、マネーサプライも増えず、PCE物価指数も上がりづらくなるというのが理論的な想定に近いのではないか。

もちろん、物価が上昇する経路は多様だ。完全雇用が近い以上、賃金主導で一般物価が押し上げられる可能性もあり、実際、FRBはこの経路を相当懸念している節がある。だが、日本の経験を踏まえれば、雇用改善は必ずしも賃金上昇を保証しない。

「人が足りないにもかかわらず賃金が上がらないはずがない」という発想は分からなくはないし、フィリップス曲線を前提にした方がきれいに説明できるという中央銀行の胸中も分かる。とはいえ、日本のように低い失業率と低い賃金上昇率が長年併存している例もあるのだから、やはり賃金主導の物価上昇に過度な期待を寄せるのは危ういように思われる。

<早過ぎるより遅過ぎる利上げが賢明な訳>

何よりも物価動向が正常化プロセスを支持していないという常識的な論点も軽視されている。「完全雇用が近いからそのうち上がってくるはず」という主張で一点突破する政策運営は、現実が追いついてこない限り、自ずと限界が来る。

事実、物価低迷を一時的と整理してきた米連邦公開市場委員会(FOMC)の議論は明らかに「一時的ではないかもしれない」というトーンに傾斜しつつある。米9月コアPCE物価指数(除く食品・エネルギー)は前年比プラス1.3%にすぎない。FRBが言うように、2%のインフレ目標はあくまで「a symmetric target(上下に対照的な目標)」であり、インフレの上振れおよび下振れは共に等しく懸念される筋合いにある。1.3%は目標からマイナス0.7%ポイントの下振れとなるが、これは2.7%まで上振れている状況と同等の懸念を持ち対処すべき状況のはずである。

年初から見れば、コアPCE物価指数は1.9%から1.3%まで明確に減速しているが、この間に2回利上げをしてバランスシート縮小まで着手し、12月には3回目の利上げを行おうとしている。物価動向と政策運営の齟齬(そご)に筆者は危うさを覚える立場だが、年初来で強烈にフラット化している米イールドカーブも同様の懸念を反映したものだろう。FRBが11月22日に公表した10月31日―11月1日分のFOMC議事要旨では、「2%を下回っている中での金融政策アクションやコミュニケーションが長期的なインフレ期待を押し下げている可能性」への言及も見られ始めている。

現状を踏まえれば、まずFRBは「マイナス0.7%ポイントの下振れ」を小さくする政策運営に努めるべきであり、2%をやや超過させるような気概を持っても良いくらいだ。次回の不況期における緩和手段が乏しいことを踏まえると、リスクマネジメント上、「早過ぎる利上げ」で景気をオーバーキルするよりも、「遅過ぎる利上げ」で物価の騰勢を待つ方が賢明ではないか(引き締め手段は豊富にある)。

元来、金融引き締めに期待される役割は景気過熱の下で資金需要がひっ迫し、結果として金利や物価が上離れするような状況に対し、歯止めをかけることであるはずだ。そうした視点に立った時、さらなる正常化プロセス推進が今、本当に適切なのか。「常識的な論点」を今一度反芻(はんすう)した上で、2018年以降の金利や為替の予想を検討していきたい。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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