January 25, 2018 / 2:17 AM / 7 months ago

コラム:株価が握る米経済の生殺与奪権、貯蓄率低下の意味=唐鎌大輔氏

[東京 25日] - トランプ米大統領就任後の1年を振り返れば、少なくとも当初期待された未来は訪れていない。その経済政策を捉えて、「トランプノミクス」という造語がもてはやされたことは記憶に新しいが、今やほとんど耳にしなくなった。

昨年末ぎりぎりになって減税案の可決にこぎ着けたが、政権のスキャンダルが矢継ぎ早に勃発する中で、期待されたほどの派手な拡張財政は実現していない。1年前は物価、金利、ドルのスパイラル的な上昇を期待する向きが多かったが、どれも前年比でそうはなっていない。むしろドルに至っては急落した。

だが、拡張財政の助力がなくても米経済は堅調を維持し、雇用者数は前年比で200万人以上の増加、失業率は0.6%ポイントも下がった。2016年12月時点の米連邦準備理事会(FRB)スタッフ見通しでは2017年の失業率予想の下限が4.5%だったことを思えば、想定を上回る雇用改善だ。

そうした中、株価は過去1年で30%以上を超える騰勢となり、だからこそFRBは3回の利上げとバランスシート縮小にもこぎ着けられた。金融政策の正常化ペースだけは1年前の市場期待とほぼ一致した極めて稀有な事例である。

このような盤石とも言える環境が大きく崩れるとすれば、何が契機になるだろうか。やはり歴史的な高値圏にある株価の調整が発端になると考える向きは多いだろう。また、それは米実体経済を支える個人消費の現状と展望を語る上でも重要な論点である。本稿では、この点を検討してみたい。

<歴史的低水準にある米貯蓄率>

米経済を語る際、どうしても金利や株価の水準、もしくは雇用や賃金、物価などの動きに目が向かいがちだが、結局、国内総生産(GDP)の6割を占める個人消費が堅調であることが現状の安定に寄与していることは間違いない。

個人消費と裏表の関係にある貯蓄率は、住宅バブルを背景に過剰な消費・投資行動が懸念されていた2006―07年の平均(3%程度)を断続的に割り込んでおり、直感的には行き過ぎのように思える。ISM製造業景気指数が60前後で推移するなどソフトデータの改善が天井感を帯びつつあるが、実体経済の本丸とも言える個人消費にも同様の印象が抱かれる。

貯蓄率の継続的な低下は「消費の伸びが所得の伸びを上回る」という構図が定着していることを意味するが、この状況がいつまでも続くはずがない。むろん、現在の消費は将来所得の見込みにも大きく影響されるため、FRBの想定通り、賃金が「いずれ上がってくる」という想定を認めるならば、貯蓄率の継続的な低下はあり得る。だが、賃金はさほど上昇しておらず、FRBの悩みにもなっている。

賃金の伸びが鈍いにもかかわらず、消費が加速し貯蓄率が低下している理由は何か。これは歴史的な株高が資産効果(保有資産の含み益を背景に労働所得以上の消費・投資を誘発する効果)を通じて個人消費を押し上げていると読むのが妥当だろう。

過去数年のガソリン価格下落も寄与しているだろうが、昨今の株価上昇なくしてここまで消費者心理が改善したとは思えない。実際、株価と貯蓄率を同じ図にプロットすれば、両者が連動しているのは明らかだ。米家計部門の金融資産に占める株式の割合は3割を超えており、1割程度の日本とは事情が大きく異なる。

昨年9月末時点で米家計部門の純資産対名目GDP比率は約500%と過去最高を更新し、2006―07年当時を上回っているため、当時と同程度まで貯蓄率が下がること自体は不思議ではない。純資産が潤沢ならば、現在の消費を増やしても将来の消費の水準は維持できるため、貯蓄率の継続的な低下が可能になる。株高と景気実感の乖離が指摘されることの多い日本からするとイメージしづらいが、米国では株高が賃金の鈍い伸びを糊塗(こと)することは珍しくないのだ。

<株高起点の好循環が崩れる可能性は>

だが、これは、裏を返せば、株価が米実体経済の生殺与奪の権を握っているということでもある。株価が急落すれば、逆資産効果を通じて米個人消費も失速し、FRBが押し上げを目指す個人消費支出(PCE)価格指数の伸びを抑制することにもつながるだろう。当然、正常化プロセスの頓挫にもつながる。

こうした株高と米個人消費の主従関係を踏まえると、今の米経済には「株高、消費増、好景気、好決算、株高」という循環が生じているように思うが、株高の前提が緩和的な金融環境であるという側面は忘れてはならない。

1990年以降を振り返っても、FRBが金融部門に供給するベースマネーが現在ほどの方向感をもって減少した経験はない。今後、バランスシート縮小に伴いベースマネーは徐々に、だが確実に減ってくる。現在はベースマネー減少を意に介することなく株が買われているわけだが、そもそも株も債券も商品も同時に買われる理由は「カネが余っているから」という点に尽きる。

中央銀行から金融部門への流動性供給であるベースマネーが削られていけば、「カネが余っているから」という理由はいずれ使えなくなる。株を筆頭に資産価格の調整はやはり警戒すべき筋合いにあるだろう。末尾で紹介するように、そのような声は実際に増えている。

<「リーマン級危機」の芽はあるか>

本稿において低い家計貯蓄率の持続可能性を具体的に検証する紙幅はない。今回、最も伝えたかった論点は「米国の株価と経済ひいては世界経済が一蓮托生になっている」という現状である。好循環の起点である株高が過去に類例のない金融緩和環境を前提にしていること、そしてそれが撤収方向に向かっていることは今後を占う上で重要な事実だ。

なお、過去の米景気拡大局面を振り返った場合、1980年以降では平均8年程度、最長では120カ月(10年)程度という目安があるが、今次拡大局面は今年1月時点で8年7カ月になる。未曾有のショックからの立ち上がりでもあるため「長いから駄目」という指摘は乱暴だが、あと2年も3年も現状が続くという想定も楽観的過ぎるだろう。

むろん、仮に株価が調整を迎えても、リーマン・ショック後のような苛烈な調整には至らないという望みもある。前回の金融危機は貯蓄率低下の裏側で無理筋とも言える住宅ローン残高が積み上がり、バブル崩壊後は過剰債務の解消にあたって貯蓄率が急上昇し、米経済は塗炭の苦しみに追いやられた。今次局面も家計部門の債務残高は積み上がっており、水準で言えばリーマン・ショック前を凌駕し過去最大に達している。

だが、可処分所得対比で見れば、130%を超えていた2007年と比べ、2017年9月末時点で105%前後と安定しており、当時ほどの無理は感じられない。得られる計数から判断すれば、少なくとも米家計部門に「リーマン級の危機」という芽が埋め込まれているようにはみえない。

もっとも、それは危機の程度に係る議論である。半年から1年程度の見通しを考える市場参加者からすれば、米経済が「改善の極み」に接近しているという事実はやはり無視できない。1月に公表され、楽観色に彩られていた国際通貨基金(IMF)世界経済見通しの改訂版も「金融市場の調整が成長と自信を挫(くじ)くリスク」に関する言及があった。

また、現在開催中のダボス会議でも大手行幹部から市場の慢心を指摘する声が相次いでいる。株高の活況に沸きつつも、潮目の変化を恐れる空気が着実に強まっていることも忘れないでおきたい。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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