July 17, 2018 / 2:46 AM / 3 months ago

コラム:新興国の次は米国経済か、異変伝える炭鉱のカナリア=唐鎌大輔氏

唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

 7月17日、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト、唐鎌大輔氏は、 新興国市場の混乱が起きた後は先進国、特に正常化プロセスの震源地である米国に影響が及ぶ段階が懸念されると指摘。写真中央は米100ドル札、背景にトルコリラ紙幣。トルコのイスタンブールで2014年1月撮影(2018年 ロイター/Murad Sezer)

[東京 17日] - 貿易戦争への懸念が高まっている状況にもかかわらず、金融市場は極めて楽観的なムードに包まれている。しかし、どこか危うさを感じるのは筆者だけではないだろう。

貿易戦争を巡る不安は脇に置いたとしても米連邦準備理事会(FRB)が金融環境を引き締めている以上、国際経済・金融情勢については「相対的にリスクの高いエリア」から資金が抜けていくと考えるのが自然である。世界の資本コストを規定するフェデラルファンド(FF)金利がもはや低金利と呼ぶには難しい2%台に入ってきている以上、「これまで投資可能だったものが投資不可能になる」という現象は出てくる。

この点、まず不安視されるのが新興国市場からの資金流出であり、これは5月初旬、アルゼンチンやトルコを中心として実際に問題となったことは記憶に新しい。

昨年6月、デフォルト常連国のアルゼンチンが100年国債(投資不適格のシングルB格付け)を起債し、計画の3倍以上もの需要(30億ドル弱に対して90億ドル超)を集めることができたのは「カネが余っていたから」以外の何物でもない。過去数年(特に2017年)で新興国へ流入した資金の規模は非常に大きいものであり、今後、FRBの政策運営が引き締めに傾斜するに伴ってこの逆流に備えるのは当然の話と言える。

この点、昨年10月、国際通貨基金(IMF)が公表した国際金融安定性報告書(GFSR)が示唆に富むデータを出している。2014年以降の新興国市場への流入額の大宗がFRBの量的緩和(QE)要因に根差しており、その次にFRBの低金利要因が寄与しているという分析が示されている。

より具体的には2014―17年の流入額に関し、QE要因が60%弱、低金利要因が30%弱であり、新興国自身のファンダメンタルズに即した国内要因は1%程度しかないという結果である。周知の通り、現状ではQEと低金利双方の要因から引き締めが進んでおり、基本的にはこれまでと逆の事態を想定する局面と言えるだろう。

年後半にはFF金利が実質ベースでプラス圏に復帰しようという中、新興国通貨建て資産の期待収益はドル建て資産のそれと比較して否応なしに劣化する。それが「ショック」と呼べる事態にまで発展するかどうかは別として、このままいけば「新興国市場からの資本流出」自体は起こるべくして起こることであり、自然な想定だろう。

改めて指摘することでもないが金利が高いのはリスクが高いからであり、緩和縮小とともにリスク許容度が縮小すれば当然、投資対象から外れる国・地域は出てくる。アルゼンチン100年債は「カネ余り相場のあだ花」だったのではないか。

<中国発「新興国通貨低め誘導」の危うさ>

FRBの正常化プロセス(利上げとQE縮小)だけでも新興国市場には十分逆風だが、先鋭化の一途にある米国の保護主義政策も資本流出の契機になり得る。

例えば中国人民元相場の下落基調は他の新興国市場にどのような影響を与えるだろうか。周知の通り、今春以降の元安相場に関しては、そのタイミングやペースを見る限り、トランプ米政権への意趣返しと見る向きがある。米国の各種追加関税が発表されたタイミングで人民元相場の騰勢が止まり、明確に下落に転じている事実を完全なる偶然と見るのは難しいだろう。

「米国の中国からの輸入額」よりも「中国の米国からの輸入額」の方が圧倒的に小さいのだから報復措置は対米関税だけは間に合わない。中国政府が標榜する「総合的な措置」の一環として通貨政策が利用され始めていると考えるのが論理的だろう。とすると、今後もこれは続く可能性がある。

問題は、このまま元安相場が継続した場合、それにより対外競争力が劣化する他の新興国通貨も同様に下落で応戦する必要が出てきかねないということだろう。そうなれば、中国を筆頭とする新興国が意思を持って通貨の低め誘導を図る状況にFF金利の実質プラス転化という節目がぶつかることになる。

確かに、潤沢な外貨準備を考慮すれば中国および東南アジアの通貨は大事には至らないという見方はある。しかし、外貨準備は投機的な動きへの対抗策であって、投機的な動きそれ自体の発生を防ぐものではない(外貨準備のサイズが危機へのけん制になるならば2015年8月に中国がショックに見舞われることはなかったはずである)。

いつの時代も金融当局が完全に資本フローを制御できるとは限らない。特定の新興国が大規模な資本流出に見舞われ、国際金融市場が混乱に至るという芽が現れつつあるように思える。

いずれにせよ、FRBが現在進めている正常化プロセスの影響はまず相対的にリスクが高いと思われる国・地域・商品で顕現化してくる。その1つが新興国であることにさほど異論はないだろう。

<クレジットスプレッド拡大が鳴らす警鐘>

新興国市場の混乱が起きた後は先進国、特に正常化プロセスの震源地である米国に影響が及ぶ段階が懸念される。すでに米国のクレジットスプレッド(社債利回り-米国債利回り)は幅広い格付けで年初からじわじわ拡大しており、金融環境の引き締まりがリスクの高い資産市場に及び始めている様子がうかがえる。

利上げ局面においては至極当然の話でもあり、これまでそういった動きが顕現化してこなったからこそゴルディロックス(適温)状態と呼ばれていたわけである。金融引き締めの本分はあくまで景気減速にあることを忘れてはならない。

過去数年、米国の株価が値持ちしている背景として「緩和的な金融環境、社債発行の増加、自社株買い」という経路も指摘されていただけに、このままクレジットスプレッドの拡大が続けば、そのような経路は機能不全を起こすことが予想される。

ここで株高が米景気の根幹を支えていたという事実が問題となる。過去のコラム株価が握る米経済の生殺与奪権、貯蓄率低下の意味」(2018年1月25日付)でも論じた通り、歴史的な長期にわたっている米景気拡大の背景には家計部門による堅調な消費・投資意欲があったのであり、実際に貯蓄率は大きく低下している。

それほど加速していない賃金情勢にもかかわらず消費が伸びたのは株高による資産効果だったと考えて差し支えあるまい。今年3月末時点で家計部門の純資産残高は名目国内総生産(GDP)比で500%を超えており、これは過去最高である。

クレジットスプレッドの拡大を受けて社債発行が鈍り、自社株買いも減り、株価も軟化してくれば家計部門の消費・投資意欲にも当然影響が及んでくるだろう。クレジットスプレッドの拡大はそうしたダウンサイドリスクに警鐘を鳴らす「炭鉱のカナリア」と考えたいところである。

現在の金融市場はこうした危機的状況の可能性について意に介する様子はないが、FRBがタカ派を貫き通せる地合いが少しずつ崩れつつあるのは確かではないか。今後1年間のうちにFRBの政策スタンスがはっきりと中立に転じ、米金利に関しても「次の一手」として引き下げの可能性を視野に捉え始める可能性がある。その際、為替相場ではドル全面安の下での円高がやはり不可避となるのではないかと筆者は引き続き懸念している。

唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト(写真は筆者提供)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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