April 7, 2016 / 8:36 AM / 3 years ago

コラム:米国が導く円高、ドル100円割れあるか=唐鎌大輔氏

[東京 7日] - 新年度早々、ドル円相場は急落。5日にはハロウィーン緩和が実施された2014年10月31日以来、1年5カ月ぶりの円高・ドル安水準を記録した。理由は様々あろうが、一義的には米国金融政策の正常化プロセスへの不信が招いた動きと考えられる。

米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーの政策金利見通し(ドットチャート)を見れば、長期見通し(Longer Run)のフェデラルファンド(FF)金利や実質国内総生産(GDP)成長率は、13年5月にバーナンキ前連邦準備理事会(FRB)議長が量的緩和縮小の方針を示唆し、正常化プロセスが始まって以降、低下の一途をたどっている。

引き締めを検討している最中に経済の地力が落ち込むという状況を見る限り、そもそも正常化という方向性自体が正しいのか疑問が抱かれて当然だ。かかる状況下、年内の米利上げは、よくて1回、順当にいけばゼロ回というのが筆者の想定である。

こうした状況下でのドル円の見通しは当然、円高方向であり、今後1年間で100円割れを臨む地合いも警戒したい。昨年央以降、ドル高が明らかに米経済を蝕み始めている兆候があるため、16年は円高の年になると考えてきたが、こうした見方はFRBではブレイナード理事が頻繁に口にしており、筆者も為替見通し作成上、同氏の主張を大いに参考にしている。

今次正常化プロセスの最大の特徴はその異様に長い助走期間であり、13年5月のバーナンキ議会証言から利上げまでに実に2年7カ月もかかった。だが、期待を織り込みやすい為替市場では実際の利上げ前からドル高が進み、実質実効ドル相場はその間、約18%も上昇した。

ブレイナード理事は講演で、ドル高が「FF金利にして75ベーシスポイント(bp)相当の金融状況の引き締め」になったと言及しているが、筆者も同感だ。FRBによる「孤高の正常化」が世界の運用資金を米国に惹きつけ、結果としてドル全面高を招き、これが製造業を中心として同国経済を痛めつけている印象は拭えない。これは要するに、ドル高を通じた「不況の輸入」であり、米国とて利上げで無傷ということはない。

足元ではドル相場の騰勢は小康を得ているものの、その実態はまだ「高止まり」と言った方が正しく、これが時間差を伴いながら金融引き締め効果を発揮し始めているのが現状と見受けられる。3月のドットチャート大幅下方修正は結局、過去2年余りのドル高相場が2、3回程度の利上げ効果を有し、これ以上の引き締めが難しくなっている実情を映し出しているのだろう。

<基軸通貨の意向は絶対、日銀の抵抗は無駄か>

1―3月期を振り返って改めて痛感することは基軸通貨ドルの影響力の大きさに尽きる。08年の金融危機以降の円高局面を振り返れば明らかだが、基軸通貨を司るFRBがハト派化する状況で、日銀側がどのような抵抗をしても、円高の流れを変えるのは難しい。

言い換えれば、「日米金利差拡大が見通せない状況で円安を展望してもほとんど無駄」というのが経験則だ。これは予想というよりも摂理に近い。

身もふたもない言い方だが、ドル円相場の趨(すう)勢を決するのは今や黒田日銀総裁ではなくイエレンFRB議長となっている感が強い。上述したように、FRBの正常化プロセスが始まって以降、FOMCメンバーが想定する中立金利、平たく言えば「利上げの終点」は徐々に切り下がっている。

FRBにとっての「利上げすべき余地」が着実に縮小している中で、円安・ドル高シナリオを描くのが難しくなっているのは当然だ。また、足元では日本の貿易収支が断続的に黒字化し、相応の経常黒字が安定的に確保される状況が続いている。歴史に学べば、FRBのハト派化と日本の経常黒字の安定化は円高要因として盤石の存在感を示す可能性が高い。

こうした理屈は、3月10日にフルパッケージの包括緩和を決定しながら通貨上昇に見舞われたユーロ相場にも当てはまる。実際、ドルインデックスのウェイトに関し、ユーロが60%弱を占めていることを踏まえれば、FRBのハト派化によるドル安の按(あん)分は基本的にユーロに寄せられやすい。

かねて指摘してきたように、世界最大の経常黒字などに代表される通貨ユーロのファンダメンタルズの強さを踏まえれば、買われるだけの理由があるため、なおのこと、FRBのハト派化に応じてユーロは買われがちになる。

1―3月期における日米欧三極の中央銀行で起きたことを客観的に振り返れば、日銀がマイナス金利を導入し、欧州中銀(ECB)がマイナス金利幅の拡大や資産購入額拡大など踏み込んだ決定を行ったのに対し、FRBはメンバーのドットチャートにおけるドット(点)の位置をずらしただけだ。結果、為替市場では3月中旬のFOMC後、ドル相場が大きく値を下げており、その見合いでユーロ高や円高が進んだ格好になっている。

こうした動きを見る限り、「いかに策を弄しても、FRBのハト派化という大きな流れの前では無力」という事実を感じざるを得ない。日銀やECBによる踏み込んだ追加緩和や、通貨当局による為替介入も各通貨の通貨安要因に足り得るが、それは「FRBの正常化プロセスが続く限りは」という条件付きだ。13年4月以降の日銀による量的・質的緩和や14年6月以降のECBによるマイナス金利が円安・ユーロ安を演出できたのは、同じタイミングでFRBが正常化プロセスを推進していたからである。

ドルインデックスを一瞥すれば分かるが 14年半ば以降のドル相場上昇は誰が見ても一方的であり、イエレン議長をして「驚いた」と言わしめたほどのペースだった。この先、ドル相場の水準が調整すること自体、さほど不自然なことではないだろう。為替相場は常に「相手がある話」だが、その相手がドルである場合はもう片側の主張はほとんど斟酌されないという事実が1―3月期の為替相場が教えてくれた最大の教訓だ。

加えて、10―12月期には次期米大統領の顔が見えてくる。クリントン氏にしろ、トランプ氏にしろ、ドル高をけん制する姿勢では一致している。10年にオバマ大統領が打ち出した5年にわたる輸出倍増計画が、結果としてその後の円高局面とほぼ符合したことは苦い思い出である。

<購買力平価が示すドル円下落の「今後の節目」>

では、ドル円相場の下値はどこまであり得るのか。考え方はいろいろあるが、例えば実質実効為替相場(REER)で見れば円相場は直近2月分において長期平均(過去20年平均)から10%以上、下方乖離(かいり)した状態にあるため、「調整は始まったばかり」という状況に見受けられる。

正確には2月分のREERは長期平均に照らして約13%、下方乖離しているが、円が対ドル以外の通貨に対しても同様の調整を経験すると仮定した場合、ドル円は95円程度まで下落することで長期平均に収斂(しゅうれん)するイメージになる。

また、経済協力開発機構(OECD)や世界銀行が示す購買力平価が105円付近であるほか、歴史的に、ドル円の上値目途として機能してきた企業物価ベース購買力平価(1973年基準)が100円付近である。

つまり、110円割れは「物価尺度に照らした然るべき節目」に向けた第一歩にも思われる。むしろ、今後1年のドル円の最大のテーマは100円割れを試すかどうかにあると考えたい。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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