February 23, 2018 / 7:58 AM / 10 months ago

コラム:円高は序章、物価尺度が示す「正しい相場観」=唐鎌大輔氏

[東京 23日] - 2月中旬以降、にわかに「悪い金利上昇」や「双子の赤字」を理由としてドル安を解説する向きが増えている。

筆者は常々、ドル全面安に伴う円高を想定してきたが、それはあくまで米国実体経済の鈍い足取りを理由に米金利が上がらず、それゆえにドルを手放す動きも強まってくると考えているからだ(そして、その受け皿には後述するように割安な円が選ばれるとみている)。

そのため、不況下の物価高(いわゆるスタグフレーション)懸念に伴うドル売りという巷間よく聞かれる解説については、筆者はやや懐疑的である。

スタグフレーションは戦争行為などで生産設備や各種インフラなどが大規模に破壊され供給制約が発生した時や、戦争を含む何らかの事情によって資源価格が急激に上昇した時に、コストプッシュ主導で一般物価が上振れ、実体経済全体の購買力が劣化し、結果として消費・投資行動が大きく減速する現象として想定される。

要するに、平時の下で想定するようなシナリオではないように思える。まっとうに考えれば、多くの消費者が買えないほど物価が上がれば、企業の価格設定行動はそれに合わせて引き下げられるだろう。

というよりも、多くの消費者が買えないような価格設定を合理的な企業はしないだろう。そもそも、つい最近までデジタルイノベーションを背景とするグローバルな労働分配率低下やその結果としてのディスインフレ(物価上昇率の鈍化)が懸念されていたのではなかったか。

2月以降に散見される「米株高・米金利上昇・ドル安」という、近年では珍しい組み合わせは、決して長続きするものではないと筆者は考える。こうした組み合わせをきれいに説明できるロジックはスタグフレーションの到来、もしくは緩やかなインフレ社会の復活といったことになりそうだが、いずれのシナリオに転ぶにしてもその証拠に乏し過ぎる。

例えば、消費者物価指数(CPI)にしても、個人消費支出(PCE)デフレーターにしても、食品・エネルギーを除くコアベースで見た基調は2%には届いていないし、市場ベースのインフレ期待であるブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)も極めて安定しているのが実情だ。

筆者の所感としては、米景気減速を織り込む過程で「米株安・米金利上昇・ドル安」そして「米株安・米金利低下・ドル安」という組み合わせへ、シフトしていく方が腑(ふ)に落ちる。

<95円未満は過大評価、110円以上は過小評価>

とはいえ、珍しく物価動向が為替相場の取引材料として台頭している中、これを契機として改めて物価尺度である購買力平価(PPP)や実質実効為替相場(REER)で見たドル円相場ないし円相場の水準感をおさらいしておきたい。

筆者は、各種物価を用いた多種多様なPPPを試算した上で円高順に並べた表を作っており、それを常に相場見通し作成の大まかな目安としている。現在、一般的に参照されることの多いPPPは「95―110円」に密集しており、これをPPPのコアゾーンとして常に見通し作成上の「軸」と据えてきた。このコアゾーンに基づき、ドル円相場の評価に関し、「95円未満は過大評価、110円以上は過小評価」というのが筆者の基本認識だ。

例えば、世界銀行や経済協力開発機構(OECD)が示すPPPは108―109円程度であり、2月はこの水準をはっきりと割り込み、定着したという大きな動きがあった。

なお、日銀短観12月調査における想定為替レートが110.18円であるため、日経平均株価にも影響が生じる水準となってきていることも留意すべきポイントだろう。ひと通り計算してみると分かるが、もとより110円以上はこれといった有力な目安に乏しいという実情があり、持続可能性という意味では常に不安が付きまとう水準(つまり円安過ぎる水準)だった。

<調整は十分とは言えない>

もちろん、基本的に実勢の為替相場はPPPにいる時間の方が短く、乖離しているのが普通である。ゆえに、「いつかはPPPに収れんするはず」という思いを抱いて相場を見つめるよりも、「どれくらいPPPから乖離することがあり得たのか」という視点も併せ持つことで先行きに対するヒントを得やすい。この点、筆者は企業物価ベースPPP(1973年基準)と実勢相場の乖離率に着目している。

円の歴史において企業物価ベースPPPよりも実勢相場が大幅に円安で推移する(乖離率が大幅にプラスになる)ことはまれであり、基本的には実勢相場が円高で推移する(乖離率がマイナスになる)局面の方が圧倒的に長かった。実勢相場が企業物価ベースPPPを大幅に上抜けて乖離率のプラス幅が広がった局面は歴史上2回しかなく、それはプラザ合意直前に相当する1980年代前半と黒田日銀体制が始まった2013年春以降から足元までだった。

例えば、2017年12月時点で乖離率はプラス17%に及んでいる。プラザ合意直前や2015年半ばの経験則を踏まえれば、乖離率の上限はプラス20%であり、やはり物価測度に照らせば「110円以上の円安(12月末時点は112円)」は行き過ぎているように思える。

ちなみに、2017年12月時点の企業物価ベースPPPは96円程度であるため、これが現時点も変わらないと仮定した場合、足元の106―107円付近は10%程度の上方乖離という計算になる。適切な調整はだいぶ進んだ印象だが、決して十分とは言えない。

なお、冒頭で言及したように、仮に米国の物価が今後騰勢を強めていくのだとすれば、PPP自体が一段とドル安・円高に傾斜することになる。それが現実だとすれば、実勢相場への円高圧力は高まるばかりという話になってしまう。

<実質実効相場で見ても過剰な円安>

では、ドル円という通貨ペアではなくREERで見た場合はどうか。理論的には長期平均に対し回帰性向を持つとされるREERだが、2017年12月現時点ではマイナス24%の過小評価(つまり円安過ぎる)という示唆になっている。

米財務省が半年に1度公表する為替政策報告書でも、円のREERが長期平均対比で20%以上割安であるという事実は、2017年春以降指摘されており、トランプ政権の「円は安過ぎる」という評価は形式的にも示されている。

というよりも、オバマ政権の時代(2016年4月)に「監視リスト」が誕生し、円相場に対しては逐一けん制を働かせてきた経緯があるだけに、米財務省が抱く円安への警戒感が相応に根深いと読むべきなのかもしれない。今後、日米自由貿易(FTA)交渉などが本格的に検討されるような局面に至れば、「割安な円のREER」は大きくクローズアップされてくる可能性がある。

ただでさえ財務長官がドル安志向を隠さない現米政権だけに、そのようなリスクはやはり排除できるものではない。米国は今年に入ってから、一部の財(洗濯機やソーラーパネルなど)に対しセーフガードを発動するという行動にも出ている。

仮に、円相場が全ての通貨に対して等しく20%程度上昇すればREERはおおむね長期平均への回帰を果たすことになる。ドル円相場に関しては90円割れも視野に入る議論であり、現時点でそこまで大きな話をする合理性はさすがに乏しい。

とはいえ、ドル円相場のPPPで見ても、総合的なREERで見ても、円相場が物価尺度で評価した場合の「然るべき方向」にいよいよ動き始めたという事実は重く捉えるべきだ。その歩みはまだ始まったばかりというのが筆者の現在の相場観である。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below