May 24, 2018 / 3:40 AM / 5 months ago

コラム:米金利高巡る我慢比べ、結末はFRB利上げ頓挫か=唐鎌大輔氏

唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

 5月24日、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏は、今や世界経済は「米金利上昇にどこまで耐えられるか」という我慢比べの域に入ってきたようにみえると指摘。写真はニューヨーク証券取引所で2月撮影。テレビ画面に映る中央の人物はパウエルFRB議長(2018年 ロイター/Lucas Jackson)

[東京 24日] - 目下、金融市場の中心的テーマである米10年金利は引き続き3%付近で推移しており、ドル円相場もこれに支えられるようなドル高円安地合いが続いている。

しかし、その傍らでインフレ期待が頭打ちとなっていることはあまり報じられていない。これは来るべき物価上昇やこれと平仄(ひょうそく)の合う「利上げの終点」に対する市場の思惑が盛り上がっていないことを意味しているのではないだろうか。

そうした低迷するインフレ期待やフラット化したイールドカーブから判断する限り、金融市場は足元の米金利上昇の要因を雇用需給のひっ迫に応じた賃金インフレやこれに付随する一般物価上昇といった安定的かつ良好なストーリーに求めているようにはみえない。

どちらかと言えば、原油価格上昇や米債増発懸念など一時的かつ芳しくないストーリーが金利上昇の背景にあると考えている向きが多いのではないか。

<「ビハインド・ザ・カーブ」か「オーバーキル」か>

かかる状況下、現在の市場テーマは米連邦準備理事会(FRB)の政策運営に関して、「ビハインド・ザ・カーブ(後手に回る)」「オーバーキル(引き締め過ぎ)」の、どちらのシナリオを信じるかである。

仮に賃金インフレの発生を見込み、FRBの利上げ路線が遅きに失している可能性まで警戒するのであれば、米10年金利の3%超えは確かに通過点に過ぎないのかもしれず、3.5%や4.0%という世界が視野に入ることも不思議ではない。これがビハインド・ザ・カーブのシナリオを念頭に置くということだろう。

しかし、雇用統計にみる限り、平均時給は堅調だが、加速するまでの兆候はない。非農業部門雇用者数変化という「量」は前月比で相応の増勢を維持しており、この持続性はタカ派・ハト派双方にとってもサプライズな状況と見受けられる。だが、それでも限界的な「量」の増加幅はいつかピークアウトするものだ。

すでに年ベースの前年比増加幅は2014年の301万人をピークとして、2015年は271万人、2016年は234万人、2017年は219万人と勢いは確実に衰えている。「量」が尽きる前に「質」である賃金に点火するかが注目されるわけだが、現状ではその兆候もみえていない。

例えば、前回利上げ局面(2004年6月から2006年6月)では、変動の大きい食品とエネルギーを除くコア個人消費支出(PCE)価格指数が安定的に前年比プラス2%を超えていたが、その際、平均時給は同プラス3.5―4.0%のレンジで推移していた。現状ではプラス2.5―3.0%のレンジを脱し切れていない。そうした賃金情勢にもかかわらず名目金利が先走っている以上、これが実体経済における消費・投資行動を過度に抑制してしまうリスクを懸念すべきではないか。

なお、FRBの見通しではリーマン・ショック後にフラット化したフィリップス曲線(横軸に失業率、縦軸にインフレ率)がにわかに勾配を取り戻してくる展開が見込まれていそうだが、その形状は依然として大きくは変わっていない。このような状況でビハインド・ザ・カーブを現実的な問題として意識するのは難しいというのが筆者の基本認識である。

<「良い金利上昇」か「悪い金利上昇」か>

「ビハインド・ザ・カーブ」か「オーバーキルか」という二者択一は、言い換えれば、現下の金利上昇を「良い金利上昇」と捉えるのか、それとも「悪い金利上昇」と捉えるのかという問いかけでもある。

インフレ期待が停滞し、新興国市場にも動揺が及び始めている状況での名目金利上昇は「良い金利上昇」ではなく、オーバーキルのリスクをはらんだ「悪い金利上昇」ではないかと筆者は懸念している。

記憶に新しいように、今年2月の米株急落時には米金利上昇が理由として用いられ、ボラティリティー指数(VIX)も急騰した。だが、4月以降は米金利上昇とVIX下落が併存しており、ここだけを切り取れば「良い金利上昇」にもみえる。

言い換えれば、2月は「米金利上昇でリスクオフ」だったものが、4月以降は「米金利上昇でリスクオン」に風景が様変わりしている。こうした変化をどう解釈すべきだろうか。筆者は以下のように考えている。

2月から4月にかけて平均時給、PCE価格指数、消費者物価指数(CPI)、インフレ期待といった基礎的な物価関連指標は大して上振れていないし、3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーの政策金利見通し(ドットチャート)が昨年12月のそれに比べてタカ派へ傾斜したということもなかった。

一方、同時期には原油価格が上昇し、LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)も大幅に上昇している。こうした決して前向きとは言えない材料が長期金利を押し上げた疑いは小さくないだろう(なお、LIBOR上昇にはトランプ政権の「税源浸食・租税回避防止税」も影響していそうだが、本稿では割愛する)。

そのような望ましくない金利上昇にもかかわらず市場が悲観に振れずVIX指数が低位安定しているのは、政治上は北朝鮮の核実験停止宣言や南北首脳会談があり、米朝首脳会談の日取りまで決まるという前向きな動きが相次いだからではないのか。リスクオフムードを駆動することが多かった北朝鮮を巡る緊張の緩和がVIX低下をもたらし、「悪い金利上昇」にまつわる懸念を糊塗(こと)しているというのが4月以降の実情だろう。足元で言えば、米中貿易摩擦が「停戦」に落ち着きそうなことも一助になっていそうである。

<経常赤字の新興国通貨は全滅>

また、米国の当局者自身がどう感じるかは別にして、すでに現下の米金利上昇は新興国にとって「悪い金利上昇」の様相を呈している。周知の通り、米金利とドルの相乗的な上昇は新興国からの資本流出を促しており、当該国の資産市場は混乱に陥っている。

特に、新興国通貨の年初来のパフォーマンスは経常収支状況がそのまま通貨の騰落率に直結する構図がはっきり出ている。主要な新興国通貨の対ドル変化率を見ると、経常赤字国通貨で年初来上昇を保っている通貨はほとんどなく、全滅に近い情勢だ。

とりわけ5月以降、騒動を起こしているトルコとアルゼンチンの2カ国は国内総生産(GDP)比5%を超える経常赤字国だ。フェデラルファンド(FF)金利は米国経済に対するだけでなく世界経済にとっての資本コストであるため、その影響は米国内に限らないという厄介さがある。

そもそも金利水準だけに注目すればドル建て資産の投資妙味が著しく改善する中にあって、対外経済部門が脆弱で、政治も不安定化しやすい新興国通貨をわざわざ買う誘因が大きいはずがない。2017年に新興国へ猛烈な勢いで流入した資本は今後引き揚げられると考えるのが自然だろう。昨年6月には過去100年で5回もデフォルトしたアルゼンチンが100年債の発行に成功したが、そのような環境が異常だったと言わざるを得ない。

米金利が上昇してくると、とかく為替市場では日米金利差拡大とこれに付随する円売り・ドル買いへの期待が盛り上がりやすいが、それは市場で起き得る現象の一部でしかない。上述してきたように、米金利上昇は新興国市場が享受してきた「分不相応な低金利環境」の終えんも意味する。

少なくとも量的緩和(QE)が拡大する過程で米国内外の資産価格上昇がその恩恵として指摘されたことを思えば、それが縮小する段階になって「大した影響はない」と割り切るのは虫がよすぎるだろう。筆者は、2013年に経験した「テーパー・タントラム」(緩和縮小に対するかんしゃく玉の破裂)のようなことが起きる中で、FRBのタカ派路線が頓挫する可能性を不安視している。

今や世界経済は「米金利上昇にどこまで耐えられるか」という「我慢比べ」の域に入ってきたようにもみえる。まずは新興国が我慢できなくなっており、その後に米国自身が音を上げる展開が待ち構えているように思えてならない。

唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト (写真は筆者提供)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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