October 2, 2018 / 3:31 AM / 21 days ago

コラム:円高見通し2つの誤算、それでもドルは下落する=唐鎌大輔氏

[東京 2日] - 9月半ばを境にドル円相場の騰勢が続いている。1日には、ドルは11カ月ぶりに114円台に乗せた。その解釈はさまざまだ。 

 10月2日、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏は、円高見通しが実現していない理由は米国経済の地力が想定していた以上に強かったこと、もう1つは思ったよりもFRBが新興国に配慮していないことだと指摘。写真はロシアのモスクワで8月に撮影(2018年 ロイター/Maxim Shemetov)

同月下旬に公表された米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーの政策金利見通し(ドットチャート)で、少なくとも2020年までの利上げ路線維持が示されたこと。イタリアの新年度予算案が債務削減に消極的とみられ、ユーロの全面安を招いたこと。米国の各種経済指標が市場予想を超える改善を示したこと。あらゆる理由が並べ立てられている。

続伸する原油価格も物価上昇を想起させることから、米連邦準備理事会(FRB)の利上げを正当化するものとなっているようだ。米多国籍企業による海外利益の本国還流、いわゆるリパトリの減税という直接的なフローの影響を挙げる向きもある。最大のネガティブ材料であるはずの米中貿易戦争も、「ドル高により追加関税の影響も相殺される」という整理でおとがめなしだ。保護主義を先鋭化させている国の通貨が年初から上昇一辺倒であることは、本来矛盾しているのだが。

<「金利のつく通貨」へのリスペクト>

主要通貨で唯一、「金利の付く通貨」であるドルがシンプルに買われているという解釈がおそらく妥当なのだろう。フェデラル・ファンド(FF)金利が最後に2%台に乗っていたのは2008年9月。リーマン・ブラザーズ破綻を受け、各種措置が講じられる以前だ。要するに危機前の世界である。

円以外の他通貨に対しても、ドルの強みは確かに鮮明である。欧州も日本も利上げには程遠い。利上げしているもう1つの主要通貨である英ポンドは、とても手を出せるような政治情勢ではない。新興国のうち、経常赤字国の通貨は米金利上昇を受けた資本流出を材料に、経常黒字国の通貨は貿易戦争を材料に手放される地合いであり、投資環境はすこぶる悪い。ドルしか買うものがない、という解釈もあるのかもしれない。

<円高見通しが実現していない理由>

円高になるとずっと予想してきた筆者にとっては誤算続きと認めざるを得ない。見通しが実現していない理由は2つあると考えている。1つは米国経済の地力が想定していた以上に強かったこと、もう1つは思ったよりもFRBが新興国に配慮していないこと、である。

前者に関しては、ここまで失業率が下がるとは思わなかったことに尽きる。バーナンキFRB元議長が量的緩和(QE)の段階的縮小、いわゆるテーパリングの方針を表明し、後にバーナンキショックと呼ばれる相場の急変動を招いたのが13年5月だった。その1カ月後のFRBスタッフ見通しが想定した長期失業率は5.6%であり、今年9月に出した見通し4.5%より1%ポイント以上も高かった(ちなみに13年5月当時の失業率は7.5%)。

FRBですら完全雇用の水準を大きく見誤っていたのである。15年2月には、当初想定された長期失業率5.6%を割り込んでいるので、その時点で完全雇用が実現し、景気拡大余地も限定される中で、正常化プロセスもブレーキがかかる段階へ移行していても不思議ではなかった。実際、筆者はこれと平仄(ひょうそく)の合う展開を予想していた。

複数回の利上げにもかかわらず、その後も米景気の拡大は続き、失業率はついに今年4月に4%を割り込んだ。働く意思や能力があるにもかかわらず職の見つからない人が、FRBの想定した以上に多かったということである。裏を返せば、それでも複数回利上げして景気の勢いが大して失われなかったのは幸運だったと考えるべきだろう。

<新興国で続く利上げの「自傷行為」>

より大きな問題は、2番目に挙げた新興国への配慮の欠如だ。米金利の上昇は今年に入って新興国からの資本流出を招いている。新興国はQEの拡大過程でその恩恵にあずかったのだから、その縮小過程で損害を被るのも当然の帰結である。あまりにも自明の理であり、こうならないためにもQE拡大段階で資本流入を規制しておくべきだったと言うほかない。

パウエル議長は9月のFOMC後、新興国の混乱が米経済にも影響することを会見で認める一方、現在のところ影響は一部の国にとどまっており、政策運営に影響を与えないとの立場を明確にした。

しかし、これは現時点での話であり、今後どうなるかは相当不透明だろう。インドネシア中銀は9月27日、通貨防衛を理由に今年5回目の利上げを行った。同様の理由で利上げに踏み切った新興国の中央銀行は、トルコやアルゼンチンはもちろん、フィリピン、インド、ロシア、メキシコと数多い。今後もFRBが利上げし、米国との金利差が縮まっていけば、同様に動く新興国は増えるだろう。

本来の経済的な実力を理由としない、通貨防衛目的の利上げは景気の勢いを損ねることが常である。現状はFRBが順調に利上げしていることに焦点が当たり、相場の雰囲気もこれに準じているように思われるが、その裏側では自傷行為まがいの利上げが新興国で行われていることも忘れるべきではない。世界経済の寿命を確実に縮める事実である。

<不穏なVIXショート>

金融市場では楽観的な空気が強まると「保険」の販売が出回る。10年前、「グレートモデレーション(大いなる安定)」がもてはやされたときには、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の販売が流行り、リーマン・ブラザーズのCDSを多く扱っていた米大手保険会社の経営破たんにつながった。

ボラティリティー・インデックス(恐怖指数、VIX指数)の急上昇が相場を下落させた今年2月の「VIXショック」も、これと似ている。ボラティリティーの低下によって稼ぐ「VIXインバースETF(上場投信信託)」は、「動かない相場」を前提として生まれた1つの流行だった。本来は原資産の価格変動か市場参加者のリスク回避姿勢の結果でしかないボラティリティーが、1つの資産クラスとして成立したのは、「恐らく行使されない」という慢心の下で保険を売ることが流行ったからとも言える。

全ての市場参加者が快適な「ゴルディロックス状態」を前提とすれば、企業収益の振れは限定的で、物価もさほど上がらない世界が想定される。金融政策も穏やかな利上げに落ち着くだろうとの思惑に行き着く。こうした市場環境なら確かに株価の急変はないので、ボラティリティーの売りが正解となる。

だが、そもそも金利上昇は株価にはネガティブである。ドットチャート通りなら、今後2年であと5回の利上げがあるわけだが、それでも株価が調整しないということがあり得るのか。上述したように、新興国が自傷行為を迫られている状況では、より疑問も深まる。ちなみに9月25日時点でVIXの売り持ちは、VIXショック前夜とも言える17年11月7日以来の水準まで積み上がっている。これを不穏と考えるのは筆者だけだろうか。

<「問題の所在」は見誤っていない>

総じて、米経済の実地力を甘く見たことが、円高見通しが実現していない最大の理由というのが筆者の考えである。FRBも、国内経済が好調だからこそ新興国へ配慮する必要はないとの判断に至っているのだろう。しかし、それは「問題が顕在化するタイミング」を読み間違えたのであって、「問題の所在」という本質まで見誤ったという話ではないと考えている。

自然失業率が当初の想定よりも低かったことはFRBにとって幸運な誤算であり、見通しを策定しなければならないアナリストにとっては不幸な誤算であった。今後、FRBが利上げを続けるほど米国内外の状況は厳しさを増す。

例えば新興国がどこまで混乱すれば、パウエル議長は配慮を示すのだろうか。4%を割り込んだ失業率がさらに下がることなどあるのだろうか。見通せる将来において米金利の低下やドルの下落を予想するのは、引き続き妥当だというのが筆者の基本認識である。

(本コラムは、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト(写真は筆者提供)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

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