July 2, 2018 / 4:29 AM / 3 months ago

コラム:活況の自社株買いに透けて見える先進国経済の変容=宇野大介氏

宇野大介 三井住友銀行 チーフストラテジスト

 7月2日、三井住友銀行・チーフストラテジストの宇野大介氏は、 リーマン・ショック後の先進国経済の変容ぶりを示す分かりやすい例は、米国の大企業を中心に行われている史上空前の自社株買いだと指摘。写真は中国人民元と米ドル紙幣。中国・北京で2016年1月撮影(2018年 ロイター/Jason Lee)

[東京 2日] - リーマン・ショック後の先進国経済の変容ぶりを示す、分かりやすい例は、米国の大企業を中心に行われている史上空前の自社株買いだろう。

米調査会社トリムタブス・インベストメント・リサーチによると、米国企業が今年第1・四半期に発表した自社株買いは総額2421億ドルで、四半期ベースで過去最大。2月以降に急増し、5月は1736億ドルと月次ベースでも過去最高を記録した。

これは、米国企業が昨年末に成立した米税制改革法を受けて減税で得た資金を自社株買いにせっせと充てているためと推察される。設備投資などに資金を振り向けることで企業が収益拡大を目指さずとも、自社株買いで株高が演出されやすい構図になっている。

ちなみに、日本でも、各種報道によると、上場企業の自社株買いはここ数年、4―5兆円の規模で推移しており、これは2010年代初頭の3倍から4倍近い水準だ。

むろん、市場に出回る株式数を減らし1株当たりの価値を高める自社株買いは、配当と並ぶ株主への利益還元策であり、責められるような行為ではない。だが、日米ともに大企業が資金を設備投資や人的投資にあまり振り向けず、守りの経営姿勢を強めていることは、中国企業が選択と集中の結果、ハイテク分野などに大型投資を繰り広げていることを考えると、将来的に劣後しないか気掛かりである。

<失われるアニマルスピリット>

そうした中、特に日本ではもう1つ心配な事態が進行している。日銀がデフレ脱却を目指す金融政策の一環として大規模な上場投資信託(ETF)購入を引き続き実施しているため、「官製相場」となりやすい点だ。

3月の日銀ETF購入額は8333億円に膨れ上がり、2016年9月の過去最大を更新した。昨年3月時点ですでに東証1部上場企業の3割以上において、公的マネーが筆頭株主となっていた。最新データは今夏に明らかになるが、民間企業であるにもかかわらず「株主構成はまるで国営企業」のような状況がさらに広がっていることは想像に難しくない。

こうした状況は、資本主義のダイナミズムを支える「アニマルスピリット(野心的意欲)」のさらなる減退を促しかねない。ただでさえ、新興のIT系企業を除き、そもそも日本企業のアニマルスピリットは、お世辞にも高いとはいえない。そこへきて、行き過ぎた規制の下で過保護な政策が進められており、企業・産業の新陳代謝はますます進まなくなる恐れがある。

もちろん、過保護な政策は、日本に限ったことではない。リーマン・ショック後の先進諸国は不況から抜け出したあとも、拡張的な財政・金融政策運営と完全に決別できずにいる。米連邦準備理事会(FRB)が利上げを進める米国にしても、FRBのバランスシート削減はまだ緒についたばかりだ。ましてや、トランプ米政権は昨年末に大型減税を決めるなど、財政赤字を拡大させる方向にある。政府依存が常態化している。

資本主義の強みは、民間競争を旨として、好況もあれば不況もある景気循環サイクルの中で、スクラップ・アンド・ビルドが働く(企業・産業の新陳代謝が促される)ことだが、現在はそのメカニズムが弱まってしまっている。

<パラダイムシフトの背景に中国の影響>

さて、こうした変化には、中国の存在が大きく影響していそうだ。周知の通り、中国は2008年のリーマン・ショック後に総額4兆元(当時の為替レートで約52兆円)に上る大型経済対策を実施し、日米欧各国が深刻な不況に直面するのを尻目に、主要国の中では唯一、高成長を維持した。国家主導の経済運営が危機打開に有効との論調が一部にみられたことは記憶に新しい。

いまや先進国も、国家統制下の中国に似た経済運営の要素を、程度の差こそあれ、いくつも取り入れている。例えば、上述したような公的マネーによる大量の株買いだ。中国当局は2015年の株価急落局面で、官主導のETF購入や大量保有株主による株式売却の一時停止など、なりふり構わぬ相場テコ入れ策を講じたが、危機でもないのに日々の、いや前場の下げに対してさえ日銀のETF購入が続いている日本も、やっていることに大差はない。

また、日米欧では、中央銀行が伝統的金融政策において主たる政策対象だった金利をゼロにしても資金需要を十分に喚起できず、非伝統的な手法の量的緩和に手を染めることになった。しかも、日欧中銀はその後、マイナス金利政策を導入。貸し手が利息を払うという金利の変質を招くにいたった。資本主義の行き詰まりが言い過ぎだとしても、先進国経済、資本主義経済のパラダイムシフトが起きていることは間違いない。

<官製経済下で進む格差の固定化>

何より深刻なのは、経済の官製化が進む中で、先進国において富の格差が拡大していることだろう。スクラップ・アンド・ビルド型の経済競争は格差の固定を回避し、「持てる者」と「持たざる者」との二極分化を薄めることに役立ってきたが、そのルートがうまく機能していない。そのため、「持てる者」が「より富める者」になる流れが強まっている。上述した企業の行動(自社株買い)も、持てる者(資本家)を利する結果となっている(労働分配率の低下で一般家計は苦しくなる一方だ)。

FRBが昨年9月に公表した家計調査報告書によれば、米国では上位1%の富裕層(世帯)が全体の富の38.6%を保有している(前回2013年調査時に比べて2.3ポイント上昇)。日本でも、各種調査によると、上位8%の富裕層がおおむね全体の50%の富を占めているという。一般国民全体の可処分所得や賃金の上昇ペースは鈍く、不動産ブームも庶民とは関係ないところで局所的に盛り上がっているだけだ。

ちなみに、6月上旬にカナダのシャルルボワで開かれた主要7カ国(G7)首脳会議でも、首脳宣言に「世界経済の見通しは引き続き改善の途にあるが、あまりに少数の市民しかその経済成長から裨益(ひえき)していない」(日本外務省仮訳)との文言が盛り込まれた。だとすれば、本来進めるべきは過保護な規制を取り払い、「富める者」たちの損失を恐れずに、スクラップ・アンド・ビルドが働くようにすることではないだろうか。

残念ながら、先進国の現在の政策スタイルは、アニマルスピリットを喚起するのとは真逆の道を歩んでいるようにみえる。

宇野大介 三井住友銀行 チーフストラテジスト(写真は筆者提供)

*宇野大介氏は、三井住友銀行のチーフストラテジスト。1990年3月慶應義塾大学経済学部卒業後、同年4月住友銀行(現三井住友銀行)入行。1991年から市場分析・相場予想に携わる。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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