August 6, 2018 / 5:39 AM / 2 months ago

コラム:米中通貨戦争勃発か、トランプ氏が開けたパンドラの箱=宇野大介氏

[東京 6日] - 出口の見えない米中経済摩擦は、為替市場に対して、どのような影響を与えるのか。結論から言えば、関税引き上げ合戦にとどまらず、米中間の通貨引き下げ競争に発展する可能性が出てきたと筆者は考えている。米中ともに「通貨安」を所望し、第2ラウンドが始まる事態を想定する必要がありそうだ。

 8月6日、三井住友銀行チーフストラテジストの宇野大介氏は、米中間の経済対立は関税引き上げ合戦にとどまらず、通貨引き下げ競争に発展する可能性が出てきたと指摘。写真は中国人民元と米ドル紙幣。北京で2016年1月撮影(2018年 ロイター/Jason Lee)

周知の通り、トランプ米政権が知的財産権侵害を理由に中国製品への高率関税適用を検討していると報じられた3月をターニングポイントとして、中国は「通貨高容認」から「通貨安誘導」へと為替政策の方向を転換したようにみえる。

中国人民銀行(中央銀行)は週明け6日、人民元売買の対ドル基準値を2017年5月31日以来およそ1年2カ月ぶりの元安水準となる1ドル=6.8513元と設定。上海市場では6日午前、6.82元付近で推移している。先週金曜3日の中国人民銀行よる為替先物取引準備金率の引き上げ方針発表を受けて、元高方向に若干戻したものの、3月27日に付けた対ドル年初来高値6.2448元から見て、依然として9%超の元安水準にある。

背景にはもちろん、米中間の金融政策の方向性の違いもある。米連邦準備理事会(FRB)が利上げとバランスシート削減を進める一方で、中国人民銀行は流動性供給を増やすなど緩和の色彩が濃い金融政策運営を行っている。

ただ、それだけでは、これほどまでの元安加速は説明し難い。2005年7月以降、人民元の国際化に向けて為替変動を許容する措置を段階的に取っているものの、いまだ完全な変動相場制からは程遠い。最近の元安が市場メカニズムによってもたらされているとの中国当局の主張を信じるのは、あまりにナイーブ(甘過ぎる)というものだろう。

よく言われているように、米国の中国製品輸入額(年間約5000億ドル)は、中国の米国製品輸入額(同約1300億ドル)よりもはるかに大きい。米国はすでに500億ドル相当の中国製品に対して25%の関税を課す方針を決め、そのうち340億ドル分について7月初旬に発動した。これに加えて、2000億ドル相当の中国製品についても追加関税を課す計画を明らかにしており、しかもトランプ大統領は1日、その関税率を当初案の10%から25%に引き上げるよう、米通商代表部(USTR)に対し検討を指示したことを明らかにしている。

これらが実行に移されると、「同規模・同水準」の報復を表明している中国側は、米国からの輸入額がその金額よりも少額のため、関税以外の手立てを考える必要がある。手っ取り早いのは通貨安で自国製品の価格競争力を高めることだ(その他にも米国企業の中国国内でのビジネスに制約をかけるなどの手法が考えられる)。

もちろん、元安が中国からの資本流出懸念を想起させ市場の混乱を招く恐れがあることは、2015年夏の人民元切り下げショックで証明済みだ。確かに、それ以降、国内債券市場の整備を図り、対外開放政策によって外国人投資家に中国国債を保有させることに成功しているほか(中国国債の外国人保有比率は2014年半ばの2%から足元では7%に拡大)、一定の株安も許容できるようになっている。

ただ、米国側が関税引き上げ合戦の規模をさらに拡大させていくならば(また中国側が折れるつもりがないならば)、通貨安という武器にもっと頼らざるを得なくなるのは自明の理だ。前述したように、中国人民銀行は3日、市中銀行に対して週明け6日から為替先物の人民元安の予約に20%のリスク準備金を義務付ける方針を発表したが、元安が加速し過ぎないようにスピード調整をしたかっただけだとみている。筆者は、直近安値の2016年12月の1ドル=6.9―7.0元を超える大幅な元安を年初の見立てとしており、そこまではあと一歩である。

その場合、トランプ大統領が黙認するとは思えない。高率関税適用の規模や税率の引き上げにとどまらず、元安をより厳しいトーンで糾弾し、ドル安方向へとトークダウンを仕掛けてくる可能性が高いだろう。経常収支と財政収支の「双子の赤字」を抱える米国が本気でドル安政策を仕掛けてくれば、その方向に進む可能性は十分ある。

そして、最大の問題は人民元に対してドル安が進むかどうかというよりも、管理フロート制を取る人民元の身代わり(ドル安の受け皿)となって急激な通貨高に見舞われることを恐れ、他の国々が通貨安政策をあからさまに取り始めることだ。議論はあるものの、通貨切り下げ競争は1930年代のデフレの原因として指摘されることは多い。

<日本こそ最大のあおりを受ける国に>

さて、そこまでエスカレートせず、関税引き上げ合戦にとどまったとしても、主要各国や世界経済全体へのダメージは、やはり油断ならないものがある。

確かに、米国の保護主義政策が鉄鋼・アルミニウムの輸入制限と500億ドルの中国製品に対する高率関税にとどまれば、影響は軽微との見方が大勢だが、事態がエスカレートの兆しを見せている以上、最悪のシナリオに備えた頭の体操は必要だろう。

例えば、経済協力開発機構(OECD)は2016年11月の経済見通しの中で、保護貿易が世界経済や貿易に与える影響について、試算結果を明らかにしている。それによれば、仮に米国、欧州、中国が関税などの貿易コストを10%引き上げれば、世界の国内総生産(GDP)を1.4%押し下げ(3年から5年かけて毎年0.3―0.5%押し下げ)、世界貿易を6%減少させるという。国・地域別にGDP押し下げ効果を見ると、米国が2.2%で最もダメージが大きく、欧州と中国がそれぞれ1.8%、1.7%のマイナスとなる。

また、今年7月21―22日にアルゼンチンで開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議に提出された国際通貨基金(IMF)の試算結果を見ると、貿易戦争がエスカレートして信用ショックをもたらすという最悪のケースでは、世界経済の成長率はベースライン予想に対して1年目に0.4%、2年目に0.5%下振れするという。

国・地域別にGDP下押し幅を見ると、米国が最も大きく1年目に約0.8%、中国を含むアジア新興諸国が2年目に約0.7%となる。日本は3年目の約0.6%まで悪影響が長引くこととなっている。

なお、信用ショックまで至らなければ、世界経済全体への下押しは最大でも0.1%程度となる見通しだが、トランプ政権が自動車関税引き上げに踏み切った場合、米国経済は1年目に最大0.6%減速すると警鐘を鳴らす。

ここで注目すべきは、米自動車関税発動のシナリオでは、中国を含むアジア新興諸国への影響が米国向け輸出に占める自動車の割合の低さや貿易転換(域外取引が域内取引に転換されること)によって1年目にむしろGDP押し上げとなる一方、米国向け輸出に占める自動車の割合が29%に上る日本経済が最大0.2%減速することだ。

米国政府が検討を進めている自動車関税については、11月の中間選挙に向けたトランプ政権の政治的アピールとの楽観論もあるが、果たしてどうなのか。対中関税に関するトランプ大統領の発言がどんどんエスカレートしていることを考えれば、楽観は禁物だろう。

また、為替についても注意すべきは、米財務省が為替報告書で繰り返し割安とみなしてきた日本円がドル売りの受け皿となりやすい点だ。トランプ大統領のドル高けん制が円安や日銀緩和に対する批判に変わる可能性には注意が必要だろう。9日に始まる日米新通商協議(FFR)においても為替の話しが持ち出されるか、その行方にも目配りしたい。

実際、日銀緩和策の見直し議論が、トランプ大統領によるドル高けん制発言と時を同じくしている点は注目に値する。このように考えると、日本は米中貿易摩擦の漁夫の利を得るどころか、一番大きなあおりを食う可能性が高い国と言えそうだ。

むろん、トランプ大統領の政治手法は、「国境の壁」問題しかり、北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉しかり、大半の事案においては、大きなアドバルーンを上げて、問題意識をあおりながらも、着地点は急がないというものだ。しかし一方で、環太平洋連携協定(TPP)からの離脱や関税引き上げなど、唐突に重大な決断を下すことが多い点も忘れてはならない。そして、その際のキーワードは、「アメリカ・ファースト(米国第一)」でぶれていない。

最後に1つ言い添えれば、こうしたトランプ大統領の政治手法が、ただでさえリーマン・ショック後の公的介入拡大に伴って進んできた市場機能の低下に拍車をかけるのではないかと筆者は危惧している。ギリシャ神話では、パンドラが災厄の詰まった箱を開けて、あらゆる災厄が飛び出した後に、希望だけが箱の中に残った。トランプ大統領が開けたパンドラの箱の中に、果たして自由主義経済の希望は残っているのだろうか。

宇野大介氏(写真は筆者提供)

*宇野大介氏は、三井住友銀行のチーフストラテジスト。1990年3月慶應義塾大学経済学部卒業後、同年4月住友銀行(現三井住友銀行)入行。1991年から市場分析・相場予想に携わる。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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