April 2, 2019 / 4:52 AM / 3 months ago

コラム:平成時代に構造変化、地味なドル円「令和」も続くか=植野大作氏

[東京 2日] - 平成最後の会計年度となった2019年度のドル円相場は、10月の高値114円55銭から1月の安値104円87銭までの値幅がわずか9円68銭に収まった。筆者が使用するデータによると、変動相場制に移行した1973年度以降で初めて10円に満たない最小記録を樹立した。

 4月2日、三菱UFJモルガン・スタンレー証券の植野大作氏は、4つの変化が近年のドル円変動を構造的に抑制している疑いがあると指摘。写真は証券会社が外壁に掲げるドル円チャート。2016年4月、東京で撮影(2019年 ロイター/Toru Hanai)

ちなみに、これまでの年度足値幅の最小記録は18年度の10円17銭(高値は11月の114円73銭、安値は3月の104円56銭)。参照するデータによって多少のばらつきはあるものの、ドル円は2年連続で10円程度しか動かない地味な通貨ペアとなった。

たまたま動きの鈍い年が2年続いただけ、という可能性もある。ただ、筆者は単なる偶然だと思っていない。以下に挙げる4つの変化が、近年のドル円変動を構造的に抑制している疑いがあると考えている。

<同じゴールを目指す日米金融政策>

第1は、日米両国におけるインフレ率の低迷と物価目標格差の消滅だ。

過去数十年の消費者物価上昇率の推移を眺めてみると、日米とも平均的な水準が緩やかに低下しているほか、08年のリーマンショック前後の時期を除くとその振れも小さくなっている。これは両国それぞれで流通するモノやサービスに対する円とドルの購買力の急変を抑える働きがあり、結果的に名目為替レートの振れを抑制している可能性がある。

その上、13年に日銀が物価目標を米国と同じ2%に引き上げたことで、両国の「物価目標格差」が消滅した。今後、日米で同じ目標を掲げる金融政策が定着するなら、長期的には期待インフレ格差の変動に起因する為替レートへの影響は低減しそうだ。

第2は、日米で進む経済指標の充実と中央銀行による情報公開の推進だ。

過去数十年間、両国で公表される各種の経済指標の数や種類は不可逆的に増えてきた。たとえば米国のADP雇用報告や各種の購買担当者指数(PMI)などは、「昭和の時代」には存在しない、あるいはあまり注目されなかった歴史の浅い指標だ。経済の「今」がどうなのか、以前に比べて市場が早く気付いて織り込めるようになった。

金融政策についても同じことが言える。まず米国では連邦準備理事会(FRB)の議長がボルカー、グリーンスパン、バーナンキ、イエレン、パウエルの各氏へ引き継がれる過程で、政策の透明度を高める情報公開が進んだ。連邦公開市場委員会(FOMC)による政策金利見通しが年に4回も公開され、その後の議長会見が毎回開かれるようになったのは、その進化の最新形態だ。

先駆者である米国の後を追い、日本でも情報公開が進んでいる。日銀の黒田東彦総裁が導入した「オーバーシュート型コミットメント」、「イールドカーブ・コントロール」、「フォワード・ガイダンス」は、いずれも政策の先行きに関する市場の予見可能性を高め、当局の意図と市場の期待のギャップを埋める働きがある。

日米ともに、実体経済を観察する手段である経済指標が充実すると同時に金融政策に関する情報公開が進んだことで、市場に疑心暗鬼やサプライズが生じにくくなり、過度の為替変動が未然に防止されやすくなったのではないか。

<個人投資家が「情報武装」>

第3は、為替市場の参加者にばらつきのあった情報格差の縮小だ。近年のIT技術の進歩により、「一般の個人投資家」、「輸出入関係の実需筋」、「プロの機関投資家」といった市場参加者の間に少し前まで存在していた著しい情報収集力や市場アクセスの差は、急速に縮まっている。

日米で外国為替証拠金(FX)取引に参画する個人の為替愛好者は、自宅や旅先にいながら、ひと昔前なら不可能だった国内外の経済指標や金融政策、要人発言などのニュースを活用し、即時に売買が可能になった。

為替のチャートはティックから分足、時間足、日足、週足、年足に至るまで、簡単な操作で複数同時に閲覧できるし、数十種類以上が用意されているテクニカル分析も、簡単な設定作業ですぐに並行比較が可能だ。

古今東西、市場参加者の間で生じる収益力の差は、「運の良しあし」を別にすれば、「情報収集能力」と「売買執行力」で決まる。いかにして他人より速く、有益な情報を入手して売買に結び付けられるかで差がつく。

進化するIT技術の恩恵を受けて「情報武装」した個人の台頭は、外為市場の風景を一変させた。米国の雇用統計や日銀決定会合の結果をライブで「観戦」し、スマートフォンやタブレット端末を使って為替の短期空中戦トレードにいそしむ主婦や会社員の姿など、少し前なら想像もつかなかった。無手勝流の相場勘を頼りに為替市場に遅れて参入してくる情報弱者の個人投資家というイメージは、過去の姿になりつつある。

情報強者と弱者の力に差がある市場ほど、超過リターン獲得能力の格差が開いて相場が荒れやすくなる。為替市場のこうした情報化の進展は、それが起きるより前の時代に比べ、価格変動の抑制につながっているはずだ。

第4は、為替市場の規模拡大と多様性の増大だ。国際決済銀行(BIS)が3年ごとに実施している世界為替出来高調査で確認すると、1992年4月の調査で1日平均1550億ドルだったドル円市場の取引額は、16年調査では9010億ドルと5.8倍に増えていた。

この間、為替市場への参加者は、伝統的な輸出入業者や多国籍企業、機関投資家のみならず、国内外のさまざまな法人や個人にも広がってきた。金融先物取引業協会のデータで見ると、日本の店頭FX取引による為替売買額は、13年に日銀の「黒田バズーカ」がさく裂したころより減ってはいるが、今でも月間200兆円を下ることはない。驚くべき金額だ。

市場が厚みを増したことで、突発的な政治・経済ニュースや、特定の投資家による大口売買で発生するインパクトを、より小さな値幅で吸収できるようになった面もあるだろう。

<強まる「控えめなドル円」のイメージ>

これまで同様、「日米両国の景況格差」、「金融政策のズレ」、「国際資本フローの潮流変化」などによるドル高圧力や円高圧力は今後も発生するだろう。しかし、以上に示した筆者の推測に誤りがなければ、極端な変動が抑えられる傾向は一段と強まる可能性が高い。

その場合、為替を動かす要因として「金利差」の重要性が増すと同時に、近年、良くも悪くも「派手な値動き」で脚光を浴びがちな新興国や資源国の通貨ペアに比べ、リスクとリターンの期待値がともに「控えめなドル円」というイメージが強まるだろう。

日本の投資家による国際分散投資の対象として見た場合、ドルは最も流動性が高く、情報入手も容易な「ローリスク・ローリターン」の選択肢としての存在感を「令和」の時代も増しそうだ。引き続き、ドルは日本人マネーの外貨分散の中核であり続けるだろう。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

植野大作氏 三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト(写真は筆者提供)

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

(編集:久保信博)

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