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コラム:高圧経済のバトン、FRBから日銀へ=木野内栄治氏
2017年3月29日 / 02:14 / 8ヶ月前

コラム:高圧経済のバトン、FRBから日銀へ=木野内栄治氏

[東京 29日] - 日銀は3月21日、『「長期停滞」論を巡る最近の議論:「履歴効果」を中心に』と題したレポート(日銀レビュー)を公表した。一般的にはあまり話題とならなかったが、イールドカーブ・コントロール政策の行く末を考える上で重要な示唆があったと思う。なぜなら、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が昨年触れた高圧経済(High pressure economy)政策に言及があったからだ。

高圧経済政策とは、供給能力を上回る需要の維持を推進する政策で、景気が良くても財政刺激策や金融緩和を継続する政策を指す。需給ギャップがプラスとなるような過熱気味な経済運営は、いずれインフレにつながるはずだ。

しかし、金融危機後や長期デフレなどの低圧経済下では、正規雇用が失われ、設備投資や研究開発投資が停滞した。こうした負の履歴効果(hysteresis effect)が残っている間は、見かけ上の需給ギャップがプラスに転じたとしても、ただちに深刻なインフレにはなりにくい。

なぜなら、就労を諦めた人が労働市場に復帰するので賃金インフレにはなりにくく、先送りされてきた企業の設備投資や研究開発投資が回復し供給能力は増加するので物不足にもなりにくいからだ。つまり、負の履歴効果が残っている間は、イールドカーブ・コントロール政策を継続することが正当化されると言える。

<イエレン議長も昨秋までは高圧経済政策に傾斜>

イエレンFRB議長は、昨年10月の講演で高圧経済政策に触れた際、こう指摘した。「負の履歴効果が存在するならば、政策によって総需要を長期間刺激し続ける高圧経済を維持していけば、逆に、正の履歴効果が起きる可能性もある」(翻訳は前出の日銀レビュー)。

思い起こせば、昨年8月下旬に開催されたカンザスシティー地区連銀主催の経済シンポジウム(ジャクソンホール会議)では、シムズ米プリンストン大学教授の講演で取り上げられた「物価水準の財政理論(FTPL:Fiscal Theory of the Price Level)」が脚光を浴びた。

当時、民主党のクリントン大統領候補はオバマ大統領がサインした5年間で3050億ドルもの陸上交通修繕法(FAST法)に上乗せして、5年間で2750億ドルのインフラ支出を公約していた。同時に、財務長官にはブレイナードFRB理事が就任すると取り沙汰されていた。ブレイナード氏はイエレン議長に近いハト派の筆頭だ。高圧経済政策を開始する布陣の準備が整ったように感じた。

しかし、イエレン議長は11月の米大統領選挙で共和党のトランプ候補が勝利すると、「過熱気味の経済運営を実験的に行うことを推奨しない」と語り、手のひらを返すように高圧経済政策から距離を置いた(2016年12月14日)。

高圧経済には「政策によって総需要を長期間刺激し続ける」必要があるが、トランプ氏の公約はオバマ・クリントン財政のように安定的で予見可能とも思えなかったのだろう。ましてや、イエレンFRBに批判的だったトランプ大統領誕生でFRB議長の座を失う恐れがあり、くぎを刺そうとしたのかもしれない。

結果、FRBの政策は、見かけ上の需給ギャップを前提とする金融政策ルール(テイラールール)に則った方向に舵を切ったのだと思う。ジャクソンホール会議から続いていた財政・金融政策の協調路線の盛り上がりは米国ではしぼんでしまった。

<日銀が引き継いだイエレン議長の問題意識>

ただし、その間、日銀はイールドカーブ・コントロール政策に踏み出し、FRBから高圧経済政策推進のバトンを受け取ったかたちとなった。そうした中での、日銀による高圧経済に触れた前出のレポート(日銀レビュー)には注目せざるを得ない。

履歴効果が残っているということは、本来の潜在供給能力と、現在計測される見かけ上の供給能力にはギャップがあるとの概念を受け入れることになる。本来の供給能力とは、雇用のスラック(余剰)や、研究開発、設備投資の余力を加味した供給能力だ。そして、需要次第で見かけ上の供給能力は変化するとの概念も受け入れることになる。

日銀レビューも「こうした問題意識は、標準的なマクロ経済学が採用している総需要と総供給の(長期的な)二分法を前提とした分析枠組みに対しても疑問を投げ掛けているように思われる」と指摘している。

米国における本来の潜在GDPと現在計測される見かけ上の潜在GDPとのギャップに関し、イエレン議長は他者の研究を引用して7%程度存在している可能性を示唆している。日銀レビューでは15%程度あり得ると示唆している。日銀レビューによると見かけ上の供給能力と需要のギャップが1.5%程度と指摘される中において、別途、かなり大きなギャップが米国では存在していることになる。

<需要の長期刺激が肝要、性急な成長は禁物>

ただ、7%あるいは15%ギャップがあるからといって、トランプ大統領が公約したような性急な経済成長は禁物だ。就労をいったん諦めた人が再び職に就くことや、設備投資や研究開発の進展には時間がかかる。摩擦的とでも言うべきインフレが起きない程度の安定性を持って需要を長期間刺激し続けることが肝要だ。

現在は、イールドカーブ・コントロール政策の手仕舞いはインフレ目標達成がトリガーとなり得ると理解されている。FRBにしてもデータ次第と繰り返してきた。プロセスの観測ではなく結果次第との立場だが、それではトランプ大統領のような性急な経済成長を求めた予見可能性の低い財政政策や、見かけ上の需給ギャップの払底に対し、金融政策は振り回されることになる。

日銀レビューでは、高圧経済政策によって、正の履歴効果が起きる可能性もあると考えた場合、「どの程度総需要を刺激し続ければ、どの程度潜在成長率の回復が期待できるのか、検証していく必要がある」とまとめている。

つまり、達成されたインフレの結果次第ではなく、日本の本来の潜在供給能力をどの程度あると見るか、それを達成するのにどの程度の成長速度で、どの程度の期間総需要を刺激するのかといったプロセスの設計が必要との問題意識だと筆者は思う。

<高圧経済政策はいつまで続けるべきか>

プロセスを観測する点では、イノベーションや設備投資が促されている間は、高圧経済政策を続けるべきだと考える。高圧経済状態とは産業レベルで見れば人手不足状態であり、人手不足はイノベーションを引き起こしているからだ。

例えば、アベノミクス前から人手不足に陥った建設業では「i-Construction」と呼ばれる人手不足対策のイノベーションが広がってきた。結果、「建設現場の生産性を、2025年までに20%向上させるよう目指す」と、安倍晋三首相は明言した(2016年9月12日、第1回未来投資会議)。

9年間で20%とは、単純計算で年率2.22%にあたり、建設業のGDPシェア6.1%(2014年)をかけると、日本全体の潜在成長率を9年間にわたり毎年0.135%程度押し上げる計算となる。日本の潜在成長率は、日銀や内閣府によるとゼロ%台半ばとか0.8%と推計されており、0.135%は無視できない好影響だ。

こうした人手不足対策のイノベーションの例としては、最近では宅配業者が駅などに宅配ボックスの設置を進めており、2割程度を占める再配達の削減が期待されている。

このようにイノベーションや設備投資は高圧経済や人手不足に後押しされており、拡大余地が残されている。雇用のスラックや物価だけでなく、こうしたプロセスにも注目して高圧経済政策の一端を担うイールドカーブ・コントロール政策を続けるべきだ。そもそも、日本においては本来の供給能力と見かけ上の供給能力のギャップは米国よりもかなり大きく、高圧経済政策のベネフィットも大きいだろう。高圧経済政策のバトンを引き継ぐのに日本ほど適した国はない。

高圧経済政策に関するさまざまな議論が日銀レビューをきっかけに盛り上がることに期待したい。

*木野内栄治氏は、大和証券投資戦略部のチーフテクニカルアナリスト兼シニアストラテジスト。1988年に大和証券に入社。大和総研などを経て現職。各種アナリストランキングにおいて、2004年から11年連続となる直近まで、市場分析部門などで第1位を獲得。平成24年度高橋亀吉記念賞優秀賞受賞。現在、景気循環学会の理事も務める。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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