June 27, 2019 / 5:53 AM / 22 days ago

コラム:米FRB「予防的利下げ」がもたらす負の遺産=熊野英生氏

[東京 27日] - 6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)は、どうやら根深い意見対立があったようだ。委員17人によるドットチャートの分布は、年内2回の利下げを予想するメンバーが一気に7人に増える一方で、年内据え置きも8人いる。

 6月27日、第一生命経済研究所の熊野英生氏は、景気減速に先手を打とうとする「予防的利下げ」は、長期的に見て米経済を不健全にすると指摘。写真は米上院の委員会で証言するFRBのパウエル議長。2月26日撮影(2019年 ロイター/Jim Young)

米経済は、供給管理協会(ISM)製造業指数などが米中貿易戦争を警戒する形で悪化している点が気になるが、冷静に見れば、5月小売売上高のように依然として絶好調な側面もある。だから落としどころとして、景気減速リスクに先手を打つ「予防的利下げ」というレトリックを使い、緩和を正当化しようとしているのだろう。

再びドットチャートに目をやると、多くのメンバーが2020年末、21年末まで2回の利下げのまま予想を変えていない。早めに利下げをすれば、緩和効果が早期に効いて、先々の利下げはしなくても済むとみているためだろう。

<不良債権リスクが蓄積>

筆者が問題にしたいのは、この予防的利下げが、将来の米経済を健全化すると考えてよいのかという点である。

むしろ、不健全化する可能性に注意すべきと考える。言い換えると、副作用が意外に大きくなり、米経済に波乱を起こしかねない。今の米経済は、完全雇用状態にある。超低失業率で緩和をする現在の金融政策は、昔の常識からずいぶんとかけ離れている。

多くの論者が、インフレ率が上がりにくければ、金融緩和をしても何も問題がないと考える。政策金利が中立金利を下回る水準のまま長く続くと、景気が過熱しないまでも、不採算事業が淘汰されずに温存されてしまう、と言えば分かりやすいかもしれない。

すでに低格付社債の市場が拡大しており、企業債務も膨んでいる。ここで長期金利が一段と低下すれば、さらに債務拡大が促される。そうした社債を保有する金融機関は、不良債権リスクが潜在的に蓄積することになろう。

低金利環境は、金や原油といった無利子の投資対象の価格も押し上げやすくなる。実際、原油価格は不安定な中東情勢も手伝い、値上がりしていきそうな気運である。過剰流動性が資産バブルを起こしやすい環境だ。仮想通貨(暗号資産)ビットコインの価格も上昇している。

FOMCメンバーの中に年内の金利据え置きを予想する人が多かったことは、筆者のような展望を持つ人が少なくなかったことをうかがわせる。

利下げが米中貿易戦争の不透明感に対処するためのものであるなら、矛盾も生じる。完全雇用下で利下げし、需要を刺激すると、米国の貿易赤字は拡大する。供給サイドが伸びないため、追加需要を輸入でまかなうことになるからだ。

これで生じる米国の貿易赤字を、すべて中国や貿易相手国のせいにするなら完全に誤りと言えよう。中国との摩擦が強まり、それがFRBに利下げを促し、貿易赤字がさらに拡大してしまうというのは極めておかしな現象に映る。

<日本と欧州への波及>

利下げによって米経済が再加速すれば、日本や欧州連合(EU)にも恩恵はあるだろう。その反面、日銀と欧州中央銀行(ECB)には追加緩和圧力が働く。円高とユーロ高を通じた悪影響を減殺しようとするためである。

日欧の長期金利は極端にフラット化しており、日銀が指摘する金融システムへの悪い効果が早晩表われてくるだろう。銀行の利ざやは縮小し、収益構造が弱体化していく。「日銀には追加緩和の有力手段がもうない」という点が騒がれているが、もっと深刻なのは超低金利の副作用が一段と長期化し、金融システムを不健全化する点だ。

「いずれ金融システム不安が再来するかもしれない」などと言うと、1990年代後半の記憶が蘇るだろうが、おそらく今のほうが解決は困難だ。当時は公的資金を投入し、十分過ぎるほどの引当金を積めば健全化できた。今度は違う。日欧とも実体経済の成長率があまりに低く、自己資本を増強しても新規貸出を増やしにくいと考えられるからだ。

<リーマン・ショックの教訓>

日本では「リーマン・ショック級」という言葉がよく使われる。08年のトラウマがそれだけ強烈ということだろう。

しかし、言葉は人々の心理に根深く突き刺っているとしても、それが合理的な教訓にまでは昇華されていない。リーマン・ショックは不健全な資産が様々な形で証券化され、そのリスクが一気に顕在化したことで起きた。

米連邦準備理事会(FRB)は、早期の利下げによって景気減速圧力に対処しようとしているが、それはもう一方で不健全な資産、つまり債務の拡大を促すだろう。そうした資産を保有する投資家は、いずれどこかで予想外の損失を負うことになる。リーマン・ショックのときは証券化という極めて見えにくい中で、金融市場の麻痺につながった。今回はどのように表面化するのか、不透明である。

米国発になるかどうかも読めないが、懸念されるのは日欧の金融システムもまた弱体化が進んでいる点である。

リーマン・ショックの教訓は、政策当局者が不健全な資産・債務を増やすような環境を作るべきではないということである。景気の不透明感を払拭し、株価下落を予防することを優先し過ぎると、将来的に思いもよらぬ代償を払うことになる。

6月のFOMCは、長いタームで見て危険な領域に足を踏み入れた分岐点だったと、数年後に述懐されるのではないだろうか。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

熊野英生氏

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

(編集:久保信博)

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