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コラム:FRB議長人事に見るトランプ流「ナッジ」=熊野英生氏
2017年11月2日 / 07:49 / 12日後

コラム:FRB議長人事に見るトランプ流「ナッジ」=熊野英生氏

[東京 2日] - イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長の後任人事が明らかになった。トランプ大統領は2日、ジェローム・パウエル現理事をFRB次期議長に指名した(正式就任には上院の承認が必要)。多くの人は、「ハト派で安心した。イエレン路線を継承するのは好ましい」という反応だろう。

そう感じているのならばトランプ大統領の術中にはまっていると思う。トランプ大統領は世論を操るのに長けているのだ。秘密を知る鍵は、今年のノーベル経済学賞を得たリチャード・セイラー教授の行動経済学にある。

今、お弁当屋さんが1500円の幕の内弁当を売りたいと思っている。隣に1000円のお弁当もある。消費者は、この2つのお弁当のどちらを選ぶかわからない。そこで一計を案じたお弁当屋さんは、3000円の松花堂弁当をつくって、1500円の幕の内弁当の横に置く。

すると、急に1500円のお弁当が売れ始める。こうした心理操作は、どのお弁当がおいしいかという評価とは無関係に、お弁当屋さんは売りたいものを売るために使っている手法だ。

FRB議長人事に話を戻そう。トランプ大統領は、本心ではイエレン議長を再任したくない。はじめからパウエル氏を指名すると、市場関係者はつまらないと思うだろう。パウエル氏の人気は今ひとつになったはずだ。1500円と1000円のお弁当の違いと同じことだ。

そこで、トランプ大統領は、タカ派のジョン・テイラー教授を入れて、この3人から選ぶと宣言する。ほとんどの人は、タカ派のテイラー教授にびっくりして残りの2人の方がよいと思い、この人事をどきどきして見始める。そして、パウエル理事が選ばれると、「ああ、よかった」と安心するのである。

繰り返すが、3000円のお弁当をわざわざ一緒に並べなければ、1500円のお弁当はこれほど人気は出なかったはずだ。トランプ大統領は、選挙までイエレン議長を交代させたいと言っていた。単に、イエレン議長をパウエル理事に交代させていれば、大勢から「やっぱり」と思われていただろう。

今回、その本心は、テイラー教授を並べて選ぼうとしたことで、うまく隠すことができた。これがトランプ大統領の仕掛けたトリックである。

筆者も、今年のノーベル経済学賞をセイラー教授が受賞しなければ、この心理作戦に気が付かなかっただろう。セイラー教授はこうした細工のことを「ナッジ」と呼んでいる。

ナッジとは、意図的な働き掛けをさりげなく行って、望ましい結果に導くことを言う。セイラー教授の著書の原題でもある。ナッジは、英中銀(BOE)のキング前総裁の著書でもお気に入りの言葉として登場する。

先のお弁当の例は、ナッジの種類の中でアンカリング(思考のプロセスに巧妙に入り込むこと)と呼ばれる。日銀関係者は、インフレ目標を掲げることで、目先のインフレ率が低いことに期待形成が引きずられる状態を変える(変えたい)ことをリアンカリングと呼ぶことが増えている。そう、最近流行の知の技法なのだ。

<ゲタを履いたパウエル氏>

トランプ大統領はあくまで自分のためにこの心理操作を使った。パウエル氏への人々の高い評価・期待と、その本当の実力は関係がない。お弁当の人気は、単に並べ方によって作られたもので、おいしさとは無関係だ。

2018年の米金融政策は誰がやっても難しい。米株価はややバブル的な色彩を帯びてきた。いつの間にかFRBのハト派的姿勢を当たり前と考えるようになっている。インフレ率が2017年より高まり、利上げ予想と米長期金利の水準が急に調整されるとすれば、それは株式市場にはショックだ。

今、パウエル氏の評価はゲタを履いている。キング氏の著書では、FRB議長はボルカー氏、グリーンスパン氏、バーナンキ氏、イエレン氏と最近になるほど身長が低くなり、権威も小さくなったとジョークが紹介されていた。パウエル氏の存在感はイエレン氏よりもまだ小さい。これから大化けすると面白かろう。

*情報を更新して再送します。

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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