May 10, 2018 / 8:36 AM / 6 months ago

コラム:日銀の物価2%時期削除、出口前の「ガス抜き」か=熊野英生氏

熊野英生 第一生命経済研究所 首席エコノミスト

 5月10日、第一生命経済研究所・首席エコノミストの熊野英生氏は、 物価目標2%達成時期を展望リポートから削除した日銀の狙いは、出口戦略を明らかにしたときの金利跳ね上がりを抑える、いわば「ガス抜き」だと分析。写真は都内にある日銀本店前で2011年4月撮影(2018年 ロイター/Yuriko Nakao)

[東京 10日] - 日銀は4月26―27日の金融政策決定会合後に公表した「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」で、物価目標2%達成時期の明記をやめた。従来は、6度の先送りを経て「2019年度ごろ」としていた。

黒田東彦総裁によると、展望リポートで物価見通しが2%を下回ると、達成が難しくなったから追加緩和に踏み切るという観測が生じるので、こうした誤解が生じないように達成時期に言及するのをやめたと説明している。

そして、緩和姿勢が後退したのかと問われると、「できるだけ早期に」と達成に向けた姿勢は以前と何も変わらないと語る。

ポイントは、1)黒田総裁が指摘する誤解に対して、正しい理解とは何か、2)本当に何も変わっていないと理解してよいのか、の2点だろう。

<追加緩和観測の封じ込め>

まず、誤解とは何か。展望リポートの年度見通しは、あくまで見通しであって、目標達成の時期を示したものではない。両者を混同するのが誤解だという。

従来の黒田総裁の説明では、いったん物価2%に達すると、その後はずっと2%以上の物価上昇率が継続するということだった。それを前提に、物価上昇率の実績値が安定的に2%の物価安定目標を超えることを目指すオーバーシュート型コミットメントがあったのではないか。

確かに、2019年10月の消費税増税での物価上昇率のアップダウンがあることは日銀も認めていた。そこでは、すう勢的に2%軌道を維持できるから、2019年度ごろの達成を可能と読み替えていた。

ところが、2020年度の見通しが4月27日の展望リポートで初めて発表されると、前年比1.8%だった(除く消費税要因)。しかも、大勢の見通しは1.5―1.8%のレンジだ。9人のうち最低8人は2020年度に平均2%は無理だとみている。これは、明らかに論理矛盾だ。2%の達成時期は、2019年度ごろではなく、2020年度以降になるはずだ。

誤解とは、見通しと目標達成の時期は違う言葉であり、同一視をしては困るということである。しかし、目標達成の時期を正しく理解したいと思うと、それはできない。「できるだけ早期に」と「2019年度ごろ」という説明は同じではないはずだ。実質的には、ほとんどの政策委員が少なくとも2019年度までに2%は達成困難であると認めていると読める。それを認めたとき、追加緩和は不要だから見守ってほしい、と言っているように聞こえる。

<論理のすり替え>

次に、できるだけ早期に達成すると言っているのだから、達成期限が示されなくても何も変わらない、と考えてよいのか。

今までは、2%の物価目標に、人々の予想物価をアンカーすると公言してきた。アンカーとは、くくり付けるという日銀の仲間内の用語だろう。日銀が必ず2%を達成すると公言するから、皆がそれを信じて行動するようになると、アンカーされる根拠を唱えてきた。しかし、2019年度も、2020年度も2%以上の物価予想になっていない。

目標に達しないときに追加緩和して、物価をコントロールすると皆が考えるから、アンカーされるのではないか。未達の状態を放置すると2%にアンカーされることは、まず起こりそうにない。リフレ理論の物価コントロールの可能性を大きく後退させている。

「何も変わっていない」という点では、むしろ、2016年9月に発表したイールドカーブ・コントロールの体制を言っているのだろう。すでに、脱リフレ理論へと軸足を移している。だから、今回、達成期限をあいまいにしても、イールドカーブ・コントロールの枠組みは何も変わっていません、となる。

期待形成を重視するインフレ・ターゲットを、変更したのは2016年9月からだ。だから、達成年限を示さなくなっても何も変わらない。この考え方は、今までとロジックをすり替えている。

<日銀の狙いは何か>

物価2%の達成が難しくなって追加緩和観測が強まると、どこが不都合なのか。

もしも追加緩和が2%の達成を早めるのならば、何の不都合もあるまい。恐らく、今の日銀はそこを問題にしている。追加緩和の有効な手段はない。長期国債を買い増せば、将来、買える余地を乏しくさせる。マイナス金利の深掘りは、金融機関の収益を悪化させる。そして、追加緩和が物価に与える作用も小さい。

むしろ、イールドカーブ・コントロールを気長に続けて、日米金利差が大きく開くのを待つ。その一点に賭けている。米長期金利が上昇すると、日本の長期金利も上がるが、そのペースは限られる。日本の長期金利を少しずつ上昇させることで出口戦略を明らかにしたときの金利跳ね上がりを抑える。要するに、事前のガス抜きをするのである。

過剰に追加緩和の思惑が生じると、ガス抜きはできなくなる。後々、金利上昇の反動をため込む。そうならないための達成年限の廃止だと考えるのが妥当だろう。

なお、筆者は、日銀の言行不一致を批判的に述べてきたが、達成年限をなくすこと自体は賛成である。インフレ目標は、そもそも有効だとみていない。早くマイナス金利を解消することが望まれる。だから、今回、良い方向に一歩前進したと考えている。

熊野英生 第一生命経済研究所 首席エコノミスト(写真は筆者提供)

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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