July 6, 2018 / 2:07 AM / 2 months ago

コラム:2%インフレは見果てぬ夢、超完全雇用で鮮明に=熊野英生氏

熊野英生 第一生命経済研究所 首席エコノミスト

 7月6日、第一生命経済研究所・首席エコノミストの熊野英生氏は、「超完全雇用」下でもインフレ率が2%に届かないという事実は、日本の物価・賃金上昇率の実力が1%程度であることを示していると指摘。写真は都内にある日銀本店前で、2012年4月撮影(2018年 ロイター/Toru Hanai)

[東京 6日] - 総務省が6月29日に公表した5月の労働力調査によると、完全失業率(季節調整値)は2.2%だった。この数字は少し驚きの低さである。4月のデータは2.5%であり、いきなり0.3%も下がった。

筆者は以前、3%台前半の失業率でも完全雇用だとみていた。だから、現在は「超完全雇用」の状態と言える。

完全失業率が5月に0.3%も下がった理由ははっきりしないが、この間に労働市場から退出する人が20万人もいて、失業率を計算する分子と分母の人数がともに減少したことが原因とされる。

つまり、多くのエコノミストたちは、数字上で目立っているほど、この急低下が「実体」を表わしていないと疑ってみているのだ。

とはいえ、4月のデータでも相当低かったし、すでに完全雇用とみられている中で一段と失業率が低下していること自体が不思議だと思われる。そして、何より重要なことは、なぜ失業率が2%台になっても、賃金や物価が上がってこないのかという点だろう。

<背景に労働市場の二重構造化>

日銀は、これだけ金融緩和を続けても物価が上がりにくいことを問題視する。この傾向は米欧にも共通するが、日本は特にひどい。何が原因になって物価が上がりにくくなっているのかを解明しなくては、このまま時間ばかりが過ぎていくことになりかねない。

1つの解釈は、非正規雇用がバッファー(緩衝)になって正規雇用者の賃金を上がりにくくしているという考え方である。数年来、非正規化が進んできたことは説明を要しないだろう。

非正規のほうが賃金は低いので、失業者がいなくなった後は、この非正規の賃金が上がっていく。正規雇用者の賃金はその後、ようやく上がり始める。昔の表現を使うと、労働市場が二重構造化しており、失業率と賃金の間で単純な関係が描けなくなっている。

もしも、この仮説が正しいならば、失業率が1―2%まで低くなっても、まだマクロ賃金は上がりにくいかもしれない。非正規化によって賃金上昇圧力は相対的に弱まっている。だから、景気拡大がもっと続くことを待つしかないという結論になる。

<賃金上昇は確かに起こっている>

もう1つの解釈は、完全雇用下で賃金上昇が「全く起こっていない」のではなく、起こっているのだが、そのペースが鈍いという見方である。筆者は、こちらの要素のほうが大きいだろうとみている。

失業率が3%を割るのは、2017年6月以来のことだ。これに対して、厚生労働省「毎月勤労統計」では、2017年後半に徐々に賃金が上昇している。一般労働者(パート労働者を含まない)の区分では、2017年8月以降は現金給与が前年比0.4―0.9%の伸びとなっている。2018年は、1月1.1%、2月1.1%、3月2.2%、4月0.6%とそれなりに上昇している。

パート労働者の現金給与と比べると、2017年後半から一般労働者のプラス幅が大きくなっている。大ざっぱに言うと、2017年後半の失業率が2.8%から、2018年1―4月に2.5%へ低下したのに連動して、現金給与は同期間に0.5ポイントほど上昇している。そうした実感は世の中であまり共有されていない。

<実力はもともと1%程度>

問題の所在を明確にすると、失業率が低下すれば賃金・物価が上昇するのではないかとの強い先入観がある。それがゆえに私たちは、失業率が2.2%まで下がったのに、なぜ賃金・物価が上がらないのかと疑問を抱く。事前に期待したほど上がらなかっただけなのだろう。

しかし、細かくみると、賃金はそれなりに上がっている。上がりにくいのは物価のほうなのだろうか。実は、生鮮食品を除いた消費者物価指数(コアCPI)もそれなりに上がっている。2017年8月から0.7―1.0%で推移している。

筆者の理解では、日銀が2%のターゲットを掲げているため、その程度の伸びでは不十分にみえる。だから、「なぜ物価が2%に向けて上がりにくいのか」と問題視する。物価は完全雇用下で0.7―1.0%になっているのに、もう十分に上がっているという理解にはならない。

もっとも、これはよく考えると、期待インフレ率を高めに置いてアナウンスするとその物価上昇率が実現するというリフレ理論が現実に合わないだけだ。日本の物価・賃金上昇率の実力はもともと1%程度だったということだろう。

こうした見方は、政府が財政再建に向けて想定している2―3%の高成長のシナリオもまた過大評価である可能性を示唆している。物価上昇率や名目成長率を自由自在に操作することは、当初から無理だったということだろう。

熊野英生 第一生命経済研究所 首席エコノミスト(写真は筆者提供)

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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