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コラム:米中対立、日本は「漁夫の利」得られるか=嶋津洋樹氏
2016年12月12日 / 08:23 / 1年前

コラム:米中対立、日本は「漁夫の利」得られるか=嶋津洋樹氏

[東京 12日] - 今月2日に明らかとなったトランプ次期米大統領と蔡英文・台湾総統の電話会談はあまりに唐突だった。特に「一つの中国」という原則を掲げ、国際社会における台湾の地位低下を進めていた中国にとっては、大きな誤算だったに違いない。これまでの中国の立場を踏まえれば、米国に対する抗議は当然だ。

米国の対応も迅速で、4日にはペンス次期米副大統領が電話会談は「儀礼的なもの」と説明。5日にはアーネスト米大統領報道官が「一つの中国」の原則を守る方針を中国側に伝えたと報じられた。

トランプ氏は4日、中国の経済・軍事政策を批判し、同国の抗議に屈しない姿勢を示したが、中国の国営メディアが5日、電話会談はトランプ氏の外交経験の無さの表れと報じたこと、米国で7日、親中派とされるブランスタド・アイオワ州知事が駐中国大使に指名されると報じられたことで、事態は収拾へ向かったかに見えた。少なくともこの時点では、中国の面子(めんつ)は保たれ、トランプ氏の一連の発言も本音というよりも、同氏特有の交渉術の一つと解釈できた。

もっとも、トランプ氏が8日に「中国はルールに従っていない。彼らがルールに従うときが来ている」と発言したことで、そうした解釈は楽観的なものである可能性が高まった。実際、11日にはさらに踏み込み、「『一つの中国』政策については十分に理解しているが、米国と貿易などについて合意でもしない限り、なぜ堅持する必要があるのか分からない」と、経済問題を政治問題である「一つの中国」と絡めて発言。今のところ、中国側の反応は伝えられていないが、反発は必至だろう。

報道によると、トランプ氏は中国による「知的財産権の侵害や米企業への不当な課税、北朝鮮問題での非協力的な対応、恣意的かつ大規模な自国通貨切り下げ、ダンピング」など、経済から安全保障に至るまでの幅広い分野に不満があることを明言。これらの発言は、トランプ氏が大統領選中に繰り返した「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を経済のみならず、通商や外交、安全保障なども含めた様々な分野で基本方針とする可能性を示している。

例えば、環太平洋連携協定(TPP)からの離脱や北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しなどは、「アメリカ・ファースト」を経済・通商政策で実現することを狙ったものだろう。それを安全保障政策に適用したものが、同盟国に対する負担や軍事費の引き上げ要求。イランとの核合意を破棄する考えを示しているのも「アメリカ・ファースト」に基づく行動だと考えられる。トランプ氏とこれまでの米大統領との違いは、政策決定の際に「国際的な協調」や「過去の経緯」が役に立たないということだろう。

<「中国の夢」と「アメリカ・ファースト」の相性>

筆者はトランプ氏に「一つの中国」の認識を覆すほどの強い意識があるとは見ていないが、こだわりがないだけに、中国の反応の仕方次第では、米中関係の悪化に拍車がかかるリスクは少なくない。トランプ氏にとっては、「一つの中国」問題ですら、「アメリカ・ファースト」を実現するための「手段」にすぎない。

トランプ氏の「アメリカ・ファースト」に基づく考え方は、国際社会に大きな変化をもたらしかねない。しかし、それが米国の保護主義への傾斜や、米国以外からの米国軍の撤退や縮小などに結び付くというのは、行き過ぎだろう。

さすがのトランプ氏も、保護主義や世界における米国軍のプレゼンスの低下が最終的に米国のためにならないことは理解できるだろう。オバマ大統領の「トランプ氏の立場や性質のうち、現実にそぐわない部分はかなり早い段階で揺さぶられるだろう」との指摘は的を射ている。

こうした問題よりも深刻なのは、米中関係だろう。筆者は、習近平・中国国家主席の掲げる「中国の夢」と、トランプ氏の掲げる「アメリカ・ファースト」とが共存するのは難しいと考えている。というのも、「中国の夢」は、中国が米国に経済力や軍事力、それらを背景にした政治力で挑戦し、勝利することでしか実現しないからだ。トランプ氏にとっての中国は、同盟関係にある日本や欧州各国とはもちろん、NAFTAや移民の問題で関係悪化が懸念されるメキシコとは大きく異なっている。

トランプ氏の「国際的な協調」や「過去の経緯」にとらわれない姿勢も、中国の面子を重んじる文化と相性が悪く、対立を激化させるリスクをはらむ。上述した通り、それがトランプ氏特有の交渉術であり、今後も続く可能性が高いとすればなおさらだろう。

トランプ氏は11日、台湾総統との電話会談に応じるかとの質問に対し、「中国に指図されたくはない」と返答。こうしたトランプ氏の言い方は、「中国の夢」の第一歩として、米国と対等の関係を目指す中国のプライドを大きく傷つけたはずである。

また、米国が日欧とともに中国を世界貿易機関(WTO)協定上の「市場経済国」として認めない方針を示していることも、対立の火種になるだろう。実際、トランプ氏は「中国は市場経済ではない」と発言。トランプ氏の言う「市場経済」と、WTO協定上の「市場経済国」とは必ずしも同義ではないとみられるが、トランプ氏が中国を「市場経済国」として認めるハードルは、現在のオバマ米政権よりも高くなりそうだ。

<日本にとって最悪のシナリオは>

日本では、トランプ氏が大統領就任初日の1月20日にTPPからの離脱を通告すると発言したことなどを受けて、安倍政権の成長戦略や通商戦略が見直しを迫られると報じられている。筆者もそうした見方を否定するつもりはない。しかし、上述した通り、同盟関係にある日本にとって、トランプ氏の「アメリカ・ファースト」は必ずしも対立につながるとは限らないだろう。それどころか、ウィン・ウィンの関係を築くチャンスすらある。

その際、日本にとってのリスクはやはり中国だろう。例えば、中国が米国との関係悪化でつぶれた面子を、日本への経済的、政治的な圧力を強めることで取り戻そうとすることが考えられる。資本流出に悩む中国が、日本企業を対象に規制を強化したり、日本への旅行に制限を設けたりすれば、日本経済に打撃となるだろう。軍事的な挑発で地政学リスクが高まれば、せっかく日本に向かい始めた世界の投資資金が逆流することもあり得る。

反対に、中国が日本との関係改善に動くことで、日米の間に楔(くさび)を打とうとする可能性もある。トランプ氏が日中間の接近に焦って日本との一段の関係強化を目指せば良いが、「アメリカ・ファースト」への挑戦と受け取ることで、日米関係が悪化することもあり得る。

他方、米中間の関係改善は日本の孤立を招くだろう。それは日本の経済のみならず、安全保障上も最悪のシナリオである。日本は、トランプ氏の「アメリカ・ファースト」のメリットを享受できる国だと考えられるが、そのことで生まれる中国リスクには注意が必要だろう。

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメント、SMBC日興証券などを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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