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コラム:金融政策正常化、海外でトーンダウンの兆し=嶋津洋樹氏
2017年10月16日 / 05:10 / 1ヶ月後

コラム:金融政策正常化、海外でトーンダウンの兆し=嶋津洋樹氏

[東京 16日] - 主要国を中心に金融政策の正常化を巡る議論が活発化している。その背景にあるのは、世界的な景気回復だ。非伝統的な金融政策は伝統的な金融政策よりも副作用が大きいという見方もあり、景気の足取りがしっかりとしている今こそ、「物価の安定」よりも「金融の安定」を重視した政策運営をすべきとの主張である。

こうした流れが強まることは、本コラムでも8月に予想済みだ。改めて振り返ると、国際決済銀行(BIS)が6月に年次レポートを公表し、金融緩和の修正の必要性を指摘したあたりが分岐点だったと考えられる。

実際、その直後にハト派寄りとみられていたフィッシャー米連邦準備理事会(FRB)副議長(10月辞任)やダドリー・ニューヨーク連銀総裁が「金融の安定」に相次いで言及。イエレンFRB議長が8月の米ジャクソンホール・シンポジウムでの講演テーマとして選んだのも「金融の安定」だった。

<金融安定派のロジック>

もっとも、主要国の多くでは、それぞれの中銀が掲げる物価目標を達成できていない。特に米国では、個人消費支出(PCE)価格指数が2月の前年比プラス2.2%(総合)をピークに鈍化傾向。直近8月のPCE価格指数は総合が前年比プラス1.4%、エネルギーと食品を除くコアが同1.3%にとどまっている。

PCE価格指数に先んじて公表された9月の消費者物価指数(CPI)はエネルギー価格の急騰で前年比プラス2.2%へ加速。PCE価格指数も同じ動きをたどる可能性が高いが、CPIコアは前年比プラス1.7%で5月以降、伸び率が横ばいだ。エバンズ・シカゴ地区連銀総裁は早速、「勇気づけられるものではなかったようだ」とコメントした。

対照的に、英国ではCPIが総合、コアともに英中銀(BOE)が掲げる2%を上回って推移している。しかし、それは英国の欧州連合(EU)離脱決定後の急速なポンド安の影響が大きいとみられており、賃金が伸び悩むなか、個人消費の抑制につながっている。

しかも、EUとの離脱交渉が暗礁に乗り上げていることで、合意なしの離脱に追い込まれるシナリオが現実味を帯び始めた。企業のなかにはすでに本社機能をドイツやフランス、オランダなどへ移転する決定を下したところもあり、今後、こうした動きがさらに加速する可能性もある。インフレ率だけをみれば物価目標を達成しているBOEですら先行きは前途多難といえる。

それでも主要中銀が金融政策の正常化を急ぐのは、緩和的な政策を長く続けると「金融の安定」が脅かされかねないとの見方があるからだ。

例えば、米国で早期の利上げを主張し続けているジョージ・カンザスシティー地区連銀総裁は11日の講演で、2002年から2006年までの緩和の行き過ぎが金融市場での不均衡拡大や住宅市場の過熱をもたらし、その後の金融危機と景気後退につながったと述べている。当時のPCE価格指数が後に上方修正されたこともあり、景気が拡大し、完全雇用がほぼ達成されているのであれば、「物価の安定」よりも「金融の安定」を重視すべきだとの主張には一定の説得力がある。

また、景気回復が今後も続くという前提に立てば、それが需給ギャップの改善を通じて、いずれ物価にも波及するとの見方もある。特に労働市場が一段と改善すれば、賃金が上昇するという見方は、金融政策が効果を発揮するまでには一定の時間がかかるという考えとともに、足元のインフレ率が物価目標を下回っていても金融政策の正常化に着手すべきとの主張を正当化する。

インフレ率が物価目標に届かない原因をコモディティー価格の下落や一部の品目の大幅な下落など一時的な特殊要因にあるとみていれば、なおさらそうした発想となるだろう。

<カシュカリ論文の教訓>

しかし、足元で風向きの変わる兆しがある。実際、直近の米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨では、「多くの参加者が今年の低インフレについて一時的な要因のみではなく、根強いものとなり得る動きを反映している可能性があるとの懸念を表明した」ことが明らかとなった。

しかも、フィッシャー副議長は13日、今度はインフレを取り巻く不確実性に言及し、「金融の安定」を意識した従来のスタンスをやや緩和させる姿勢を示した。

そのちょうど1週間前の6日には、ダドリー総裁が足元の低インフレについて、技術変革などの構造変化に起因し、今後もそれが続く可能性に言及。懸念を表明している。

こうした低インフレの長期化に対する懸念は、それが予想物価上昇率の低下につながり、さらに低インフレを長期化させ、根付かせてしまうことに起因している。

カシュカリ・ミネアポリス地区連銀総裁は2日に公表した論文で、過去3年間の金融政策が予想物価上昇率を低下させ、足元の低インフレをもたらしていると指摘。「失業率が大幅に低下し、労働市場に弛みが完全になくなったことを示唆するか、予想物価上昇率が驚異的に上昇しない限り、コアPCE価格指数が前年比プラス2%に達するまでは追加利上げしないことが望ましい」と結論付けた。

カシュカリ総裁は金融政策の効果について、実際の金利の変化ではなく、将来の金利に対する予想が変化することで波及すると説明。したがって、2015年12月以降の利上げのみならず、2013年12月に着手した債券購入規模の縮小(テーパリング)や、その後に公表されたFOMC参加者のフェデラルファンド(FF)金利の引き上げ見通しが、人々の将来の金利に対する予想を引き上げ、予想物価上昇率を低下させたと分析している。

なお、カシュカリ総裁は技術変革が低インフレをもたらしているという指摘について、生産性の低下と整合的ではないと一蹴している。

また、ポロズ・カナダ銀行(中銀)総裁は9月27日の講演で、今後の金融政策は経済指標次第と述べ、従来のタカ派的な姿勢を後退させた。市場参加者の間ではそれまで、7月、9月に続いて10月も政策金利を引き上げるとの見方が大勢だったが、その可能性は低下したと考えられる。

さらに、プラートECB専務理事は12日、「かなりの程度の金融緩和がなお必要」と発言。ECBは今月にも現在の資産購入プログラムを見直す方針を示しているが、それは正常化の一歩というよりも、金融緩和を粘り強く続けるという色彩の強いものとなる可能性がある。

これまで述べてきた通り、主要中銀は今夏以降、金融政策運営の軸足を「物価の安定」から「金融の安定」へ移したようにみえた。しかし、低インフレが彼らの想定以上に続いたことで再び「物価の安定」へ回帰する流れがあるようだ。筆者は主要国の金融政策について、1年かそれ以上の期間では、正常化という流れは変わらないとみているものの、今後3カ月から6カ月程度はそのペースがいったん鈍化する可能性があると考えている。

翻って日本では依然として日銀の「出口論」ばかりが焦点となっているが、カシュカリ総裁の論文に基づけば、それを公に議論するだけでも人々の予想に影響を与え、金融緩和の効果を阻害するリスクがあることになる。

予想物価上昇率が2%近辺で安定しているとされる米国でさえもその低下を疑い、正常化に反対するFOMC参加者がいることを踏まえると、予想物価上昇率を2%に引き上げたうえでそこに固定する必要のある日本で「出口論」を取り上げるのは時期尚早に思える。

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。共著に「アベノミクスは進化する」(中央経済社)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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