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コラム:黒田総裁と片岡委員、日銀「温度差」の真偽=嶋津洋樹氏
November 21, 2017 / 8:06 AM / 22 days ago

コラム:黒田総裁と片岡委員、日銀「温度差」の真偽=嶋津洋樹氏

[東京 21日] - 黒田東彦日銀総裁が13日にスイスで行った講演で金融緩和策の副作用に言及し、注目を集めている。ロイターが16日に報じた記事によると、「さらなる追加緩和の効果は限定的として市場をけん制することが狙い」との見方に加え、「将来的な超低金利の調整を見据えた地ならしとの思惑」もあるようだ。

直近の決算発表で地方銀行の体力低下が改めて浮き彫りとなるなか、日経平均株価がバブル崩壊後の高値を更新したこともあり、「異次元緩和」の修正に向けた黒田総裁からのメッセージという受け止め方には一定の説得力がある。

黒田総裁の任期満了が近づいていることも、「異次元緩和」の修正という見方を正当化する。例えば、米国では連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ前議長が資産購入の規模縮小(いわゆる「テーパリング」)に着手したところで、イエレン議長にバトンを渡し、そのイエレン議長はバランスシートの縮小に着手したうえでパウエル次期議長に引き継ぐ。

これらの決定が意図的、計画的だったかは定かでないし、米国の経験が日本にそのまま当てはまるとも思えないが、「異次元緩和」が出口に向かって修正されるとの観測が浮上しやすいタイミングであることは間違いない。

<先を行く米国の金融政策議論>

もっとも、足元の物価は、日銀の掲げる「物価安定の目標」の達成にはほど遠い。それどころか、予想物価上昇率も停滞している。確かに物価以外のファンダメンタルズは良好だが、循環的な景気減速や外部環境の変化に見舞われるリスクはくすぶっている。景気回復の期間が長期化しているとすれば、なおさらそうしたリスクにさらされていると考えることもできるだろう。

黒田総裁もスイスでの講演のなかで、「人々のインフレ予想が、『負の価格ショック』に対して脆弱なこと」に言及している。そうだとすれば、「『負の価格ショック』の影響を回避できれば」などと、運を天に任せるのではなく、万が一の事態に備えて、早期に「物価安定の目標」を実現すべく、行動する必要があるのではないだろうか。

実は米国ではすでに、次の景気後退を前提に、新たな金融政策に対する議論が活発化している。例えば、バーナンキ前議長は10月2日、現行の物価目標政策と物価水準目標政策を組み合わせた新たな枠組みを提唱。その直後の10月12日には、ブレイナードFRB理事が早速、メリット、デメリットを指摘するなど、議論を深めようとする機運がみられる。

直近では、エバンズ・シカゴ地区連銀総裁がやはり、物価水準目標政策に言及。ウィリアムズ・サンフランシスコ地区連銀総裁も既存の非伝統的な手段に加え、物価水準目標政策のメリットなどについて、繰り返し自身の考えを表明している。

日本では、次の景気後退への対応というと、なぜか「のりしろ」論が主流になりがちで、新たな手段を議論するのは危機が起こった後だ。当然、専門知識に乏しい人はもちろん、専門知識を持っていると考えられる市場参加者にも正確な意図が伝わらず、混乱やハレーションを引き起こす原因となっている。

また、実際の物価や予想物価上昇率が十分に引き上げられる前に金融緩和を修正することになるため、その後の政策対応の余地を狭めてきたとも言えるだろう。今の段階での「異次元緩和」の修正には、過去の金融緩和策と同様に、これまでの取り組みを元のもくあみにしてしまうリスクがある。

<片岡審議委員の真意>

ちなみに、物価目標政策と物価水準目標政策との違いは、前者がある時期に2%のインフレ率の達成を目指すのに対し、後者は特定の時期を起点に物価が毎年2%で上昇した場合に達成されるであろう水準を目指すように設計されていることである。

つまり、物価水準目標政策の場合、未達の期間が長期化すればするほど、物価が本来あるべき水準からかい離。その分、中央銀行はより強力な金融緩和策を打ち出す必要に迫られることになる。しかも、目標の物価水準とのかい離を埋めるため、中央銀行は短期的に2%を上回るインフレ率を許容せざるを得ず、金融緩和の修正に前のめりとなるリスクを抑制することができる。

こうした物価水準目標政策の仕組みは、片岡剛士日銀審議委員が直近の金融政策決定会合で「オーバーシュート型コミットメントを強化する観点から、国内要因により物価安定の目標の達成時期が後ずれする場合には、追加緩和手段を講じることが適当」と主張したことを理解するのに役立つのではないだろうか。

バーナンキ前議長は理事時代の2003年5月31日の講演で、物価目標政策がその未達に際し、「あまりにも寛容」であると指摘。一方、物価水準目標政策について、「物価水準ギャップの拡大によって中央銀行が一段と努力を強化するだろうという期待から、国民は最終的にインフレがデフレに取って代わると信じることになる」と説明している。

エバンズ総裁は米国の物価が足元で停滞していることについて、一時的な要因によるものではなく、長期にわたって物価安定の目標を達成できなかったことが、長期の予想物価上昇率を引き下げ、そして実際の物価の停滞をもたらしているのではないかと指摘。そのうえで、金融安定への過度のこだわりが、金融政策で「物価安定の目標」を達成することに対する人々の信頼を失わせるリスクにも言及した。

金融安定は確かに非常に重要だと言えるが、そのことを理由に「物価安定の目標」の未達を放置すると、予想物価上昇率の一段の低下を通じて、さらに「物価安定の目標」の達成を困難にすることにもつながりかねない。

片岡委員はオーバーシュート型コミットメントの強化と併せて「イールドカーブにおけるより長期の金利を引き下げる観点から、15年物国債金利が0.2%未満で推移するよう、長期国債の買い入れを行うこと」も主張。政策金利残高や10年物国債の金利引き下げを避けたのは、マイナス金利が金融機関の収益に与える影響に配慮したからだと考えられる。コントロールの対象を20年としなかったのも、同様の理由だろう。片岡委員は金融安定を全く無視しているわけではないうえ、政策の軸足を追加緩和策そのものよりも、コミットメントの強化に置いているように思える。

このように考えると、片岡委員と総裁、副総裁を含む他の委員との温度差は、報じられているほど大きくない可能性がある。少なくとも議論は、すれ違っていた印象もあった従来に比べると、深まっているようにみえる。

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。共著に「アベノミクスは進化する」(中央経済社)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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