December 28, 2017 / 6:06 AM / 22 days ago

コラム:リバーサル・レート狂想曲が示す出口論の危うさ=嶋津洋樹氏

[東京 28日] - 黒田東彦日銀総裁は12月21日の記者会見で「リバーサル・レート」について、「昨年(2016年)9月以来の『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』について見直しが必要だとか、変更が必要だということは全く意味していない」と発言。黒田総裁のチューリッヒ大学での講演をきっかけに脚光を浴びた「リバーサル・レート」に関する議論と、そこから広がった金融緩和政策の縮小という思惑は、少なくともいったん収束に向かいそうだ。

そもそも、黒田総裁が「リバーサル・レート」に触れたのは、21日会見での発言にもある通り「チューリッヒ大学で講演したこともあり、『総括的な検証』を踏まえて行った『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』という金融政策の新しいフレームワークについて、外国の人に分かりやすく説明をするうえで」のこと。わざわざ「チューリッヒ大学で」と断ったのは、あくまで学術的な見地に基づく発言だったことを強調したかったのだろう。

もっとも、本連載で何度か紹介した通り、2017年の夏以降、世界の主要な中央銀行では「物価安定」と「金融安定」を巡る活発な議論が続いている。政府・日銀がともに「物価が持続的に下落するという意味でのデフレではなくなった」との認識を示すなか、黒田総裁が従来に比べて「物価安定」よりも「金融安定」に目配せする姿勢を見せても不思議ではないだろう。一連の議論の発端となったレポートを公表した国際決済銀行(BIS)が、講演会場となったチューリッヒと同じスイス国内に居を構えていることも念頭にあったのかもしれない。

そうした意味では、「追加緩和に対するけん制」との見方もあながち間違いではないだろう。それでも、冒頭で引用した黒田総裁の発言を見る限り、日銀が金融緩和政策の見直しを模索しているとの思惑まで浮上したのは想定外だった可能性が高い。

<リバーサル・レート論文巡る誤解>

実際、黒田総裁の講演で参照されたブルネルマイヤー・プリンストン大学教授らの論文は、金融緩和が預貸利ざやの縮小を通じて、貸出を抑制するメカニズムを解説すると同時に、それがどの金利水準で生じるかについては、1)銀行の保有する資産の中身や、2)金融政策に対する預金金利の感応度の違い、3)主に金融規制の差異がもたらす資本制約などによって異なることにも言及しており、必ずしも金融緩和政策そのものの効果を否定することにはなっていない。

それどころか、銀行が日本国債などの債券を保有する場合、金融緩和が保有資産の価格上昇を通じて、収益を押し上げ、貸出姿勢を積極化する可能性があること、金融緩和政策が企業の借入需要の増加を通じて銀行の収益を押し上げることを、今回の論文では「分析していない」ことも明示してある。

「異次元緩和」スタート直後の金融機関の収益が過去最高の水準を記録し、足元で緩やかながらも貸出の増加が続いていることを踏まえると、ブルネルマイヤー教授らの論文は「異次元緩和」の副作用や限界を強調しているというよりも、日本が「リバーサル・レート」で想定している状態に直面していないことを示していることになる。

とはいえ、日銀が「総括的な検証」をまとめるうえで、ブルネルマイヤー教授らの論文が果たした役割は小さくなさそうである。

特に「量的緩和(QE)はリバーサル・レートを引き上げる」という文言と、それに続く「QEは利下げを使い果たした後にのみ採用すべきである」という結論は、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」までの「量」を主軸とした枠組みを否定。学術的な面から「マネタリーベースが、年間80兆円に相当するペースで増加するような金融市場調節を行う」という従来の金融政策の枠組みを見直す根拠となった可能性が高い。

つまり、ブルネルマイヤー教授らの論文は、日銀が長期国債の買い入れを「めど」とする一方、長短金利操作を市場調節の方針とする現行の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の採用を正当化した中心的な理論と考えられる。繰り返すが、黒田総裁が記者会見で、「『リバーサル・レート』という学術的な分析を採り上げたからといって、昨年9月以来の『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』について見直しが必要だとか、変更が必要だということは全く意味していない」と断言したのは当然だろう。

しかも、金融市場調節の方針を「量」から「金利」へ変更したことで、日銀は「利下げを使い果たした後」、QEを採用する余地も入手した。このことは、日銀が次の景気後退や金融危機に備えて、金融緩和政策の「のりしろ」を確保しようとしているとの思惑を和らげるのに役立つだろう。ブルネルマイヤー教授らの「QEは利下げを使い果たした後にのみ採用すべきである」という結論が、QEの効果までを否定していないことも重要である。

<黒田総裁発言の真意>

筆者はいわゆる「のりしろ」論について、本末転倒だと考えている。しかし、どんな考え方であれ、日銀が「物価安定の目標」を達成する前から現行の金融緩和政策の修正を模索しているとの思惑が浮上することは、フォワード・ガイダンスの効果を弱めるばかりか、予想物価上昇率の引き上げを通じて、実際の物価を押し上げるという「異次元緩和」の波及経路にも悪影響を及ぼしかねない。

黒田総裁が「リバーサル・レート」に絡む国内での議論の盛り上がりについて、当初は想定外と驚きをもって受け止めつつも、現行の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を正当化すると同時に、追加緩和観測や「のりしろ」論のけん制にも役立つ可能性があると見て、意識的にコメントを控えたのではないかと筆者は考えている。しかし、金融緩和政策を見直す地ならしとの見方が広がり始めたことで、それはさすがに軌道修正が必要と、冒頭の発言に至ったのではないだろうか。

ブルネルマイヤー教授らの論文と「リバーサル・レート」を巡る一連の騒動は、金融市場がいかに「副作用」という言葉に敏感で、「出口」を渇望しているのかを改めて浮き彫りにした。こうした環境下で日銀が具体的な「出口」論にまで踏み込めば、意図せざる思惑が先行し、市場が混乱したり、必要以上に金融緩和政策が縮小したりするリスクがあるだろう。

一連の騒動は、くしくも「物価目標の達成までに距離があるなかで具体的な出口を話すと市場の混乱を招く可能性がある」という日銀の見方を証明してしまったように見える。

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。共著に「アベノミクスは進化する」(中央経済社)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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