January 31, 2018 / 3:16 AM / 10 months ago

コラム:黒田日銀が助長する「不本意な円高」=嶋津洋樹氏

[東京 31日] - ドル安が続いている。同時に米国の長期金利が上昇しているため、同国からの資本流出やドルの基軸通貨としての地位の揺らぎを示すとの見方もあるようだ。

こうした見方は、トランプ米大統領が就任後初のセーフガード発動に踏み切り、通商政策における「アメリカ・ファースト(米国第一)」がいよいよ実行段階に入ったと目されていることや、ムニューシン米財務長官が「弱いドル」のメリットに言及し、従来の「強いドル」政策を転換したとみられていることもあり、一定の説得力を持つ。

実際、ドル安はムニューシン財務長官が認めた通り、企業収益の押し上げを通じて、「米国のためになる」と考えられる。このことは、米国の主要株価指数が最高値を更新していることとも整合的だ。

しかし、ドル安はいずれ輸入物価の上昇を通じてインフレを引き起こす。米国が貿易赤字を抱え、原材料や半製品のみならず、完成品の一部も輸入に依存していることを踏まえれば、ドル安がインフレを押し上げるまでのタイムラグは数年という長い単位ではなく、数カ月の可能性が高い。

金融危機後の低インフレを踏まえ、米連邦準備理事会(FRB)が現在の慎重な利上げ方針をいきなり撤回するとは考えにくいものの、米国株は早晩、インフレと利上げペースの加速を織り込んで調整せざるを得ないだろう。

<海外で高まる日銀政策正常化期待>

こうした「深刻な」考え方とは対照的に、ドル安はFRBと他の中央銀行の金融政策の差を反映しているというシンプルな見方もある。

例えば、ドラギ欧州中銀(ECB)総裁と黒田東彦日銀総裁はいずれも年内に政策金利を引き上げる可能性を否定。しかし、金利先物市場は両者が年内に政策金利を1回程度引き上げることを織り込んでいる。一方、米連邦公開市場委員会(FOMC)参加者は年内にフェデラルファンド(FF)金利が3回引き上げられると予想。これはFF金利先物市場が2.5回程度しか織り込んでいないことを上回る。

つまり、投資家がFRBの年内の金融政策について、FOMC参加者の見通しよりもハト派になると見越していることがドル安の要因ということだ。他方、ユーロと円は、それぞれの中央銀行が今後、タカ派シフトを鮮明にすることを織り込んでいると考えられる。

しかし、米商品先物取引委員会(CFTC)のIMM通貨先物の非商業部門(投機筋)建玉を見ると、確かにユーロは直近の1月23日終了週に14万4717枚の買い越しと過去最高を更新。主要通貨に対するドルの売り越しも4週間連続で拡大し、約3カ月ぶりの高水準となったが、円は12万2870枚の売り越しと、円安を見込むポジションが維持されていた。

直近のユーロドルがドイツと米国の10年債利回りの差で説明できることも踏まえると、足元のドル安とユーロ高は、FRBとECBの今後の金融政策を為替相場が織り込んだと考えられる。ただ、ドル、ユーロに比べると、円が織り込む金融政策はやや複雑だ。というのも、日銀の金融政策に対する見方が、海外投資家と本邦投資家との間で大きく異なっているからだ。

実際、本邦投資家が金利スワップ取引で最も利用する日本証券クリアリング機構(JSCC)と、海外投資家の利用が多いロンドンクリアリングハウス(LCH)とで、20年の円金利スワップを比較すると、2017年夏場ぐらいから後者が上昇し、両者の差が拡大。海外投資家が本邦投資家よりも長期金利の大幅な上昇を予想していることが示されている。

こうした違いは、日銀の金融政策について、海外投資家が本邦投資家よりも早い段階での正常化を想定していること、その際の手段として、長期金利の誘導目標の引き上げよりも、目標年限の短期化を見込んでいることで説明できるだろう。しかも、海外投資家は世界的にインフレが上昇する中で、日本のインフレ率も上昇することを想定。インフレ率はほとんど高まらないと考える本邦投資家よりもイールドカーブがスティープ化すると予想している。

本邦投資家の場合、日本の20年債利回りが2017年を通じて、0.6%を中心に上下0.1%程度のレンジで推移してきたことも、安心感につながっているのかもしれない。

為替ヘッジをした米10年債利回りは2017年半ば以降、0.6%を下回り、12月には一時0%近辺まで低下。日本の20年債利回りが0.6%近辺で安定して推移するという前提に立つと、本邦投資家にとって米10年債の魅力は大幅に低下したと考えられる。

それどころか、FRBが2018年に2―3回程度の利上げをするとの前提では、為替ヘッジのコストが上昇し、米10年債から得られる利回り収入を超過(いわゆる「逆ザヤ」)になるリスクすらある。2017年9月頃から本邦投資家の対外証券投資が処分超となったのは当然だろう。ほぼ同じ時期に本邦投資家の超長期債への投資がやや盛り返している。

<本邦投資家の円債回帰も円高圧力に>

以上のことを整理すると、直近の為替市場におけるドル安、ユーロ高はそれぞれの金融政策の今後の修正を見越した結果と考えられる。ただし、円については、海外投資家がイールドカーブのベアスティープ化を想定するのに対し、本邦投資家はそれほど変わらないか、フラット化を予想。銀行に対する金利リスクの規制が強化されることもあり、本邦投資家が米国債投資を控え、円債市場に回帰したことが潜在的な円高圧力につながっている可能性が高い。

そこへ冒頭で紹介した通商政策における「米国第一」の実施や、「強いドル」政策の転換などを意識したドル安圧力が加わったのだろう。

トランプ大統領が「米国第一」を撤回する可能性は低い。また、トランプ大統領の強力な支持者がブルーカラーの中低所得者に多いことを踏まえると、従来の政権が主張してきた「強いドル」に回帰することも想定しづらい。そうだとすると、潜在的な円高圧力はなかなか緩和しないだろう。昨年11月13日の講演で黒田総裁が「リバーサル・レート」に言及して以降、日銀が「正常化」を念頭に、追加緩和に消極的との見方が強まっているとすれば、なおさら円高に振れやすい。

黒田総裁は1月23日の記者会見で、今年1月9日のオペ減額通知が金融政策の正常化観測や円高につながったのではないかとの指摘に対し、「日々の国債買い入れオペの運営が先行きの政策スタンスを示すことはないと言ってよいと思う」と回答。また、黒田総裁が1月26日のダボス会議で「目標に近い状況にあると思う」との発言したことを受け、為替相場が円高に振れた際は、日銀のスポークスマンが直近の展望レポートで示した見解と変わらないと補足し、事態の収拾を図った。日銀にしてみれば、いずれの円高も不本意な市場の反応だったということなのだろう。

しかし、いくら不本意であっても、投資家は日銀が金融緩和を修正しようとしているとの認識を強めている。特に「リバーサル・レート」を持ち出して金融安定を強調したあたりから、多くの投資家は日銀が追加緩和に踏み切る可能性は大幅に低下したと捉えている。このことは、日銀が物価の見通しに下振れリスクがあると認め、追加緩和を求める声すら出ているにもかかわらず、金融市場がほとんど反応しないことからも明らかだ。

筆者は今年に入ってからの為替の動きを見て、一抹の不安を覚えている。日本経済は黒田日銀総裁の下で、ようやく「デフレではなくなった」と言えるところまで回復した。しかし、その成功が適切な決断を下す邪魔になっているとすれば、皮肉だろう。次期正副総裁人事や、金融機関の収益を巡る最近の議論など、諸般の事情があることは理解できるが、その躊躇(ちゅうちょ)がここまでの成果を元のもくあみとするリスクはないのだろうか。筆者には、黒田日銀が今一度、大きな決断を下す時が近づいているように思えてならない。

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。共著に「アベノミクスは進化する」(中央経済社)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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