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コラム:2%インフレ目標不要論の自己矛盾=嶋津洋樹氏
September 19, 2017 / 2:28 AM / 3 months ago

コラム:2%インフレ目標不要論の自己矛盾=嶋津洋樹氏

[東京 19日] - 日銀が掲げる2%の物価目標に対する批判が強まっている。その最大の理由は実現性の乏しさに加え、無理に物価上昇率を引き上げようとすると副作用のリスクが高まり、日銀の信認が失われるということのようだ。

足元の景気回復が、戦後2番目の長さかそれを超えると期待されるなか、労働市場の改善とともに、所得・収入に「満足」とする回答の割合が「不満」とする回答の割合を21年ぶりに上回ったことなども、「物価目標にそこまでこだわらなくてもよい」という雰囲気につながっているのかもしれない。

また、米連邦準備理事会(FRB)と欧州中銀(ECB)がそろって金融緩和の修正に踏み切っていることで、日銀だけが「周回遅れ」となっている現状に不安を覚えるということも考えられる。

しかし、FRBとECBが金融緩和の修正に踏み切っているのは、もともと予想物価上昇率が2%近辺に固定されていることに加え、現実の物価上昇率が1%を上回るところまで回復してきたということがある。そのことと、日本のように予想物価上昇率と現実の物価上昇率のいずれもがゼロ%前後にとどまっていることを同列に論じるのは随分と無理があると言えるだろう。

確かに、欧米でも構造的な変化を理由に、2%の物価目標を達成することは困難との指摘はあるが、その際にFRBとECBが求められているのは、物価目標の引き下げや撤回、金融緩和の修正ではなく、物価目標の引き上げや金融緩和の強化である。このことだけでも、日本の物価目標に絡む議論が欧米と異なることが分かるだろう。

<物価観が低位安定していた訳>

こうしたことを指摘すると、日本経済の実力や国民の物価観から考えて2%という水準が高過ぎるとも言われる。しかし、物価は一般的に需給ギャップ(潜在成長率と実際の成長率との差)と予想物価上昇率で決まると考えられている。日本経済の実力が潜在成長率を指しているのだとすると、少なくとも日本経済の実力と2%の物価目標との間に直接的な関係は見当たらない。

もちろん、潜在成長率の低下が景気にとって中立的な金利水準を引き下げることで、伝統的な金融政策だけで潜在成長率を上回る成長率を実現するのが困難になることは、長期停滞の原因としてすでに指摘されている。しかし、その際の焦点は、非伝統的な金融政策によって実際の金利を中立金利よりも低い水準とするか、財政政策などで中立金利を引き上げるかであって、物価目標をどうこうすることではない。

一方、国民の物価観については、日本の物価上昇率が長らく低位安定してきた現実と比べて高いとの指摘に異論はない。しかし、そもそも国民の物価観はどのようにして形成されるのだろうか。

日銀の「総括的な検証」によると、日本での物価観は足元の物価上昇率に引きずられる傾向が非常に強いとのことだ。物価が一般的に需給ギャップと予想物価上昇率で決められるという前提に加え、予想物価上昇率そのものが足元の物価上昇率に引きずられるということも踏まえると、日本で実際の物価が低位安定してきたのは、需給ギャップを拡大させる(デフレ的な)政策を長期間にわたって続けてきたことの結果とは言えないだろうか。

需給ギャップを拡大させる典型的な政策は、無理な財政健全化路線である。しかし、それだけではない。財政政策の需給ギャップに与える影響が一定だとしても、日銀が金融政策を引き締めれば、それが景気抑制効果を生んだり、予想物価上昇率を(限界的に)引き下げることで、現実の物価上昇率は低くなる。

筆者は、仮に日銀が現実の物価上昇率が非常に高かった時代に2%の物価上昇率を適切と考えて金融政策を行っていれば、国民の物価観が2%で安定していた可能性が高いと考えている。つまり、国民の物価観は理由もなく低位安定しているわけではなく、日銀がゼロ%程度を適切な物価上昇率とみなして金融政策を運営した結果なのである。

<すり替わった批判の矛先>

このように整理すると、日本経済の実力や国民の物価観から考えて2%という水準が高過ぎるとの批判は、非常に大きな問題をはらむことが鮮明になるだろう。特にそうした言葉が、実際の政策担当者や、その政策判断に強く影響を与える立場にあった人などから発せられる場合、本人の意識はともかく、外形的には過去の誤った判断に対する自己弁護としての色彩が強くにじんで見えてしまう。

誰にでも誤った判断を下すことはあり、当時はその判断が最善だったということはよくある。それを筆者が今になって批判することを適切だとも全く思わない。しかし、明らかにデフレではなくなった現状をほとんど評価せず、2%に届かないことだけを強調して、物価目標の取り下げや下方修正を求めることには釈然としないものがある。

筆者が釈然としないのはこれだけではない。そもそも物価目標の導入には、具体的な目標を明示することによって中央銀行がその達成に向けて努力することを促すとともに、その結果がつまびらかになることで、国民と明快なコミュニケーションが可能になるというメリットがある。

一方、デメリットは中央銀行が「目標達成至上主義」に陥ることでファンダメンタルズにそぐわない極端な金融政策に踏み切ることだ。したがって、物価目標の導入を巡っては柔軟な政策運営ができなくなるのではないかとの懸念が指摘されてきた。日本でも物価目標の導入に反対ないし、慎重な人々の多くは当初、「目標達成至上主義」のリスクを指摘していた。

しかし上述した通り、今や批判の矛先は物価目標が未達なことに向かっている。しかも、筆者がみる限り、当時、物価目標が達成できない場合、日銀が国民や政治家からその責任を追及され、極端な金融緩和策を打ち出す恐れがあると批判していた人ほど、足元の物価目標の未達を厳しく追及しているのである。

日銀が「質的・量的金融緩和」の導入にあたって「2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」という強いコミットメントを示したにもかかわらず、達成時期を繰り返し先送りしたことは事実である。そのことが日銀の信認を毀損(きそん)させるリスクも否定しない。しかし、そのことで、デフレではないと言い切れるほどのファンダメンタルズの改善がもたらされたことも事実であろう。

最近の物価目標に対する批判の多くは、物価目標の導入とそれに伴う政策の変化がもたらした成果をほとんど評価しないどころか、否定さえしているものも少なくない。仮に物価目標を導入しなかったり、導入したとしても従来と同様に弱いコミットメントしか示さないでいたりしたら、今のようなファンダメンタルズを実現することはできただろうか。批判すべきは、物価目標を掲げたことではなく、デフレ的な政策を20年近くも放置した不作為にあると感じるのは筆者だけであろうか。

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。共著に「アベノミクスは進化する」(中央経済社)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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