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コラム:浮上する円高リスク、英国とトランプ氏=鈴木健吾氏
2016年3月13日 / 05:32 / 2年後

コラム:浮上する円高リスク、英国とトランプ氏=鈴木健吾氏

[東京 13日] - 2016年序盤の金融市場は、原油価格の下落、中国経済に対する不透明感、米国景気減速懸念という3つのリスクに振り回され、大荒れのスタートとなった。しかし、これらのリスクに対する懸念はここにきて徐々に後退しているようだ。

原油価格についてはサウジアラビアとロシアが増産の凍結で合意したことが大きい。なかなか交渉のテーブルにつかなかった両国が合意に至ったことで今後の価格安定への期待につながった。中国経済に対しては懸念がなお強いが、政府・当局の本気度をいったんは評価した形か。人民元を安定推移させ株式市場を監視、中国人民銀行は追加緩和を実施し、中国政府は積極財政の推進を確認した。

また、米経済に関しても、供給管理協会(ISM)発表の非製造業指数が悪化するなど一部に注意が必要な部分はあるものの、雇用や消費マインドなどは良好な水準を維持しており、現時点で米国の緩やかな景気回復基調が大きな変調をきたしている状況ではない。

基本的には、このようなリスクの後退によって、市場の焦点がファンダメンタルズの再確認や金融政策に対する再評価へと移り、年央にかけて円相場は円高基調が一服する展開を想定している。しかし、一方で市場の織り込みが十分でない次のリスクが浮上していることにも注意が必要だ。英国の欧州連合(EU)離脱と米大統領選挙でのトランプ氏の存在である。

<英国はなぜEU離脱を問うのか>

もともと、英国は自治権や主権に対するこだわりが強く、EUの中でも統合に関しては一歩引いた立ち位置となっている。共通通貨ユーロに参加しない権利を有するほか、欧州の加盟国間で国境検査を撤廃するシェンゲン協定にも加盟していない。

さらに近年は、ギリシャ救済などユーロ圏の問題に巻き込まれたことに対する不満や、移民に対する不満が高まっていた。EUが東欧に拡大した結果、低賃金で働く移民が英国に流入し英国人の雇用を奪っているとの不満だ。

加えて、長引く世界的な景気低迷が視線を内向きにさせ、右傾化や排他性を強めている。英国内でも北海油田を持つスコットランドで独立の声があがっているほか、スペインでもバルセロナを擁し、経済的にも比較的豊かとされるカタルーニャ州が独立を目指す動きを見せた。

英国経済は低迷するユーロ圏経済を尻目に回復傾向を維持しており、米国に次いで利上げに踏み切る先進国は英国との見方が強まっている。このような景気の温度差や右傾化も英国のEU離脱論につながっていると思われる。

<離脱はリスクオフの円買い誘発の可能性大>

EU離脱が現実化すれば英国経済には大きな打撃となる。人・物・資本・サービスの「4つの移動の自由」を掲げるEUから外れれば、関税などについてEUと交渉するところからスタートする可能性が高い。スイスとEUとの二国間協議は履行までに長い年月がかかった経緯があり、交渉は簡単ではないだろう。

英国は輸出の47%(2015年)がEU向けだ。また、ロンドンのシティが欧州の「金融のハブ」として機能できるのは、英国で認可を得ればEU加盟国内で活動が行える統一免許制度があるからだ。英国が欧州の窓口としての機能を失えば、金融機関は中心拠点をEU内に移転させるだろう。

かたやEUやユーロ圏にとっても悪材料だ。国内総生産(GDP)で域内2位の大国が離脱すれば、世界における発言力や域内の問題への対応力が低下する。また、カタルーニャ州など他の分離独立派を勢いづかせ、世界からはEUの団結・一体性に疑問が持たれるだろう。

結果、英国と欧州の金融資産や通貨にとっては悪材料。ポンドやユーロの下落とともにリスクオフの円買いにつながる可能性も高い。EUからの独立を問う英国の国民投票は6月23日に予定される。

<トランプ米大統領が現実味帯びれば市場混乱は必至>

米大統領選でトランプ氏の健闘が目立つ。これまで公職の経験はないが、実業家で億万長者、テレビショーのホストとして有名な人物だ。当初より、「メキシコからの不法移民の多くが犯罪者」「メキシコとの国境に壁を作る」「不法移民を追放する」「イスラム教徒を入国禁止にすべき」などといった問題発言が多く、泡沫候補と見られていたが、3月に入っても共和党候補のトップを走っている。

トランプ氏のスローガンは「Make America Great Again」。そのために重視しているものの1つが雇用だ。米企業による生産拠点の海外移転を批判する一方で、法人税の引き下げを掲げ生産拠点の国内引き留めを図る。不法移民が米国民の雇用を奪っているとして前述の通り不法移民の追放を宣言。外交面では日本や中国などは通貨安誘導しているとし、通貨操作に対する相殺関税の導入を訴えるなど保護主義的であり、環太平洋連携協定(TPP)にも反対だ。

税制の簡素化や減税、教育省などの規模縮小を訴えるなど、共和党的な「小さな政府」政策がある一方で、年金や医療保険制度、インフラ整備の拡充を志向するなど「大きな政府」の政策も掲げている。

総じて「米国の利益」という目的に対して素直で直線的、それだけに排他的で過激といった印象を受ける。政治家としての実績や政策の具体性がなく、思いつきのような発言も多いことから全体的に不透明感が強く、他国との軋轢などを含めトランプ大統領が現実味を帯びれば金融市場は嫌気するだろう。

<公職未経験も強みになる米国の政治経済事情>

メディアや有識者のトランプ氏に対する評価は非常に低い。しかし、実際の投票では強さを発揮する。なぜだろうか。

背景には「格差に対する絶望感」があると見ている。米国は上位10%の高額所得者の所得が全体の所得の約50%近くを占める。中間所得層は減少し続け、昨年ついに過半数を割り込んだ。少数のお金持ちが増える一方で中間層が減り貧困層が増加する「2極化」の構図となっている。

これまで民主党政権も共和党政権もこの傾向を変えられず、メディアもそれを正さなかった。これが政治やメディアに対する強い不信につながっている。このような不満や怒りを代表してくれる存在としてトランプ氏に人気が集まっているようだ。

こうなると、公職に就いたことがないという事実は欠点ではなく利点だ。マスコミが投げかける嫌な質問に対して、プロの政治家は印象良くかわすが、トランプ氏は本音を言い放つ。そして、それによってメディアや政治家などからさらに批判を浴びる構図が中間所得層以下の民衆に受けている。

本来、この中間所得層以下の民衆とトランプ氏のような億万長者は相反する構図だが、億万長者だからこそ、彼らの支持を受けている面もある。選挙運動の大半を自分の資産からねん出しているのだ。

米国の大統領選は巨額の資金が必要であり、大企業の献金が流入する。結果として「大衆の声は聞かず、大企業の献金にまみれた、信用できず、何も変えられない政治家」が牛耳っているとの不満があるが、トランプ氏はここから一線を画している。自己資金で選挙活動を行っているということは何者にも買収されないということを意味し、これが転じて、信用でき、何かが変えられる政治家という期待につながっているのかもしれない。

年初からの混乱を引き起こした3つのリスクが後退する一方で、本来テールリスクだった英国とトランプ氏のリスクが顕在化すれば、円相場にとっては強い円買い圧力となるだろう。いずれも目先1カ月から2カ月以内に顕在化する可能性があることから注意が必要だ。

*鈴木健吾氏は、みずほ証券・投資情報部のチーフFXストラテジスト。証券会社や銀行で為替関連業務を経験後、約10年におよぶプロップディーラー業務を経て、2012年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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