May 13, 2019 / 9:28 AM / 5 months ago

コラム:米中の関税チキンゲーム、最悪シナリオ回避できるか=湯元健治氏

[13日 東京] - 市場が固唾を飲んで見守っていた9─10日の米中閣僚級協議は、最終合意に達することができず、事実上の物別れに終わった。ただ、米中協議は継続の方向で、完全な決裂は瀬戸際で回避された。

 5月13日、瀬戸際で決裂を回避した米中通商協議の行方は予断を許さず、米中の関税報復合戦がエスカレートする様相を呈しつつある。これは、世界経済の失速リスクの高まりを意味しており、先行きに楽観は禁物だと湯元健治氏は語る。写真は中国浙江省で10日撮影(2019年 ロイター/Aly Song)

10日のニューヨーク株式市場は、当初300ドル超下落したものの、トランプ米大統領が「協議は建設的で、合意を急いでいない」と発言したことで、最悪の結果は回避されたとの安心感が生まれ、114ドル高で引けた。ドル円相場も、米中はいずれ妥協点を見出すとの期待感から109円台に踏みとどまった。

とはいえ、米中協議の行方は予断を許さず、米中の関税報復合戦がエスカレートする様相を呈しつつある。これは、世界経済の失速リスクの高まりを意味しており、先行きに楽観は禁物だ。

<第4段の関税発動リスク高まる>

米国は10日、予定通り対中制裁の第3弾として約2000億ドル(約22兆円)に相当する中国製品に対する関税率を10%から25%に引き上げた。約5700品目が対象となる

追加関税が導入された東部時間10日午前0時1分(日本時間10日午後1時1分)までに船積み・出荷された製品の関税率は10%にとどまるため、影響が本格化するのは2─4週間後となるが、それまでに交渉がまとまる保証はない。

さらにトランプ政権は、中国の対米輸出のうち、関税対象外となっている残りの3250億ドル相当の品目について、25%の関税引き上げ手続きに入るよう指示。その詳細は13日公表されるが、中国側の報復措置実施も確実とみられ、米中は互いに一歩も引かないチキンレースに足を踏み入れた。

確かに、今後も協議継続の方向が示されたが、次回日程は明示されておらず、今後1─2カ月以内に米中が合意できなければ、米国議会での公聴会を経て第4弾の対中関税が発動され、米中双方が被る打撃も極めて甚大なものになる。

そもそも、トランプ大統領が突如として新たな関税発動に踏み切った理由は、中国側がすでに合意した内容について、合意案の修正を要請するなど、協議を大幅に後退させたためとされる。

しかし、中国サイドから見れば、譲れるところと譲れないところは、最初から明確だった。

筆者が在北京の政府系シンクタンクから聞いた話では、米中交渉における中国側の基本原則は、1)多国間貿易主義を堅持し、世界貿易機関(WTO)ルールを守る、2)米国との2国間交渉では、一定の柔軟性を保持しつつも、「国家の核心的利益」を重視する、3)中国だけが一方的に不利益を被る、あるいは義務を負うような不公平な合意はしない、の3点だ。

ここで重要な点は、2番目の「一定の柔軟性」と、「国家の核心的利益」である。

前者は、米国の要求が中国自身の目指している改革・開放のトレンドに合致するものであれば、受け入れるという意味だ。そして、後者は中国共産党体制の維持という観点からみて、国益を損ねることはできないという意味であり、中国側が土壇場で合意案の修正を求めたのも、まさにこの点にかかわっている。

さらに、3番目の「バランスを欠く不公平な合意は決して受け入れられない」という中国側の立場が、今回、改めて明確になったと言えよう。

中国のいう「核心的利益」とは、建国100周年の2049年までに世界製造強国のトップとなるべく、IoT(モノのインターネット)や人工知能(AI)など最先端技術分野に国家が5000億ドルを超える巨額の補助金を投入するハイテク産業育成策「中国製造2025」だ。

中国側は国の補助金は撤廃すると約束したが、地方政府の補助金は残す意向を示し、米国側は、それは尻抜けだと反発した模様だ。9─10日に行われた交渉でも双方の主張は平行線をたどったとみられる。

産業補助金は、共産党体制の経済政策の根幹に関わるものであり、これを廃止することは、習近平国家主席による体制維持にとっても、絶対に出来ない。共産党保守派や習主席自身が補助金の全廃に難色を示したであろうことは想像に難くない。

劉鶴副首相は、「中国は原則に関わる問題では決して譲らない」との姿勢を明確にしており、中国が大きく譲歩する形で、短期間で交渉がまとまる可能性は、かなり小さいとみられる。

結局のところ、トランプ氏のブラフは中国には通じず、遅かれ早かれ第4弾の対中関税も発動されることになろう。また、少なくとも、これまでの交渉項目の中で、中国側が主張していた交渉妥結後、従来の関税を全面的に元に戻す、という可能性はゼロになったとみていい。

<米中、世界経済に深刻なダメージ>

今後の展開を予想すると、米中対立と交渉は長期化し、その間、相互に掛け合った関税の影響が米中経済のみならず、世界経済をジワジワと下押しすることになろう。

昨年10月時点での国際通貨基金(IMF)による試算では、米中のすべての貿易品目に25%の関税が課された場合、中国経済の成長率を1.2ポイント、米国経済を0.2ポイント押し下げる。

この試算には、企業マインド悪化による設備投資の下振れや金融資本市場の混乱の影響など間接的影響は含まれておらず、それらを含めると、影響は中国で最大1.6ポイント、米国で0.9ポイントに膨らむ。

交渉が決裂せず、継続している間は、こうした間接的影響は最小限にとどまるとみられるが、いずれにしても、米中対立が最悪のシナリオに突入しつつあることは間違いない。

IMFが4月に明らかにした最新の試算では、米中間の貿易額は約30%から最大で70%落ち込む。グローバルなバリューチェーン拡大の影響で、貿易取引への影響は一段と強まっているという。米中経済成長に対するマイナス影響は、中国で最大で1.5ポイント、米国で最大0.6%となる。

はたして、中国経済は、これだけの影響に耐えられるのか。また、米国経済への打撃は、本当にこの程度で済むのだろうか。

<中国経済に「2番底」突入リスク>

まず、中国経済の耐久力についていえば、中国政府は3月の全国人民代表大会(全人代)で、企業に対して2兆元に上る大規模な税金や手数料の軽減策を打ち出した。

同時に、製造業購買担当者景況指数(PMI)や輸出、インフラ投資など、3月の経済指標も改善の兆しを見せたことで、中国経済に対する市場の不安感は大きく後退し、年初来3割超もの株価上昇につながった。しかし、ここに来てトランプ政権による追加関税により、2番底を打つリスクが頭をもたげてきたといえよう。

上海総合指数もピークの3200ポイント超から2900ポイント前後まで下落、再び3000ポイントの大台を割り込んでいる。

4月に入ってからの中国指標は必ずしも一本調子の景気回復を示唆するものではない。製造業PMIはかろうじて50を上回ったものの、前月から予想外の低下。輸出は前年比2.7%マイナスと予想外の減少となった。インフラ投資の拡大が景気を下支えしている形だが、政策効果について、過度に楽観的にみることはできない。

第1に、インフラ投資の増加は、とりわけ鉄道、道路投資の急拡大に支えられているが、これは、特別地方債発行の前倒しによるもので、持続性が乏しい。例年3月に発行限度枠が決定されるが、今年は1月に前倒しされた。これは、日本の公共事業前倒しと同様の手法であり、年後半の息切れが懸念される。足元の道路、鉄道投資の伸びは、前年比2割前後に達しており、こうした高い伸びは長くは続かない。

第2に、増値(付加価値)税率引き下げなどの減税を含めた企業負担軽減策の効果は、企業マインドが下向きの時には現れにくいというのが先進国共通の経験だ。

米中戦争が長期化すればするほど、企業マインドが慎重化し、減税効果が表れにくくなるリスクには警戒が必要だ。筆者の試算では、2兆元対策の国内総生産(GDP)押し上げ効果は0.4ポイントにとどまる。

これは、直近の対中関税引き上げの影響を相殺する程度の効果にとどまり、残り3250億ドルに対する追加関税がじっしされれば、景気はさらに減速し、追加対策が必要になる。

第3に、中国当局が推進してきた過剰債務抑制策であるデレバレッジを、安定化させる方向にギアチェンジしたことにより、シャドーバンキング経由の資金調達の抑制は年明け以降、一段落したように見受けられる。

ただし、4月の社会融資総量の伸びは、前年同月比10.4%、うちシャドーバンキング経由の資金調達も同4.3%といずれも伸びが鈍化しており、中小企業の資金繰り難というデレバレッジの副作用は完全に解消したわけではない。

そもそも、中国には中小企業金融・政府保証の仕組みが十分整っていないことが問題だ。預金準備率の引き下げによる流動性の供給だけでは、中小企業に資金が十分回らない。今後、不動産価格の高騰や株安、人民元安が加速する場合には、量的金融緩和との間で、深刻なジレンマに苦しむことになる。

結論として、米中戦争の長期化は、必然的に中国経済を大きく下押しすることになるだろう。減税効果発現には時間がかかり、インフラ投資の安易な拡大は、デレバレッジという構造改革に逆行する。中国当局は高めの成長ではなく、生産性上昇を伴った「成長の質と効率の改善」を重視しており、財政面からの大盤振る舞いには極めて慎重だということを認識する必要があろう。

<米国への打撃、想定上回る恐れ>

さて、先述したIMF試算で米国経済への影響が中国よりも相対的にかなり小さいのは、なぜだろうか。GDP規模の違いという単純な理由以外に、下記の点が考えられるが、この先もそれが続く保証はない。

第1は、中国の対米輸出額が5000億ドル以上に達するのに対して、米国の対中輸出額は1300億ドルにとどまることだ。中国側が貿易面だけで同規模、同程度の報復措置を行うことは、すでに困難な状況になっている。残りの3250億ドルに関税が賦課された場合、中国が貿易面で取ることのできる手段は限られる。

ただし、筆者の認識では、仮に米中間の交渉が決裂となれば、中国は対抗措置として貿易外の措置を駆使してくることは間違いない。その最たるものが中国に進出している米国企業の製品不買運動だ。

これは、日本も尖閣問題の時に大打撃を被った。韓国も新型迎撃ミサイルTHAAD(サード)配備の際に、中国に不買運動が起きたため、日韓両国ともに輸出や現地法人の売上げが半減した苦い経験を持つ。米国の中国現地法人の売上高は年間4800億ドル超もあり、半減となれば、その影響は甚大なものになる。

第2に、現時点では、米国の消費者物価への影響が極めて限定的だ。これまでの関税は、生産財や中間財が中心で消費者物価に直接的に影響しにくかった。

しかも、関税によるコストの相当部分は中国企業が負担しており、米国の消費者には十分転嫁されていなかったとみられる。

しかし、これからは幅広い消費財にも課税される。残りの3250億ドルの課税対象の4割はスマホ、パソコン、玩具、衣服などの消費財が占めるため、中国企業がコスト負担をカバーするのは限界だ。

以上のようにみると、米中交渉が決裂し、中国が本気で反撃に出た場合、米国経済への影響はマイナス1.0ポイントと相当の痛みを被ることになろう。世界の2大経済大国がこれだけの打撃を被ることになれば、世界経済は後退に向かい、日本経済への影響も深刻となることは必定だ。

米国は利下げに転じ、経済影響の極小化を図るだろうが、日本は1ドル100円近くまでの急激かつ大幅な円高/ドル安に見舞われ、株価も2万円を割れて大きく下落する展開が懸念される。

このような最悪シナリオを回避すべく、米中はどこで妥協点を見出すのだろうか。問題の本質が、ハイテク技術を巡る覇権争いにとどまらず、米中間の軍事的覇権争いにあるだけに、2020年の米大統領選挙まで、世界経済の不透明・不安定要因としてくすぶり続けることは間違いない。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

 5月13日、瀬戸際で決裂を回避した米中通商協議の行方は予断を許さず、米中の関税報復合戦がエスカレートする様相を呈しつつある。これは、世界経済の失速リスクの高まりを意味しており、先行きに楽観は禁物だと湯元健治氏は語る。写真は北京でのトランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席。2017年撮影(2019年 ロイター/Damir Sagolj)
湯元健治氏 日本総合研究所 副理事長兼シニアエグゼクティブエコノミスト(写真は筆者提供)

*湯元健治氏は日本総合研究所の副理事長兼シニアエグゼクティブエコノミスト。1980年に京都大学経済学部卒業、住友銀行(現三井住友銀行)に入行。94年に日本総研調査部次長兼主任研究員。98年には小渕内閣(当時)の経済戦略会議事務局主任調査員を務める。その後、同調査部金融・財政研究センター長兼主任研究員などを経て、2007年に同執行役員、調査部長兼チーフエコノミスト、内閣府大臣官房審議官などの後、12年より現職。著書に「スウェーデン・パラドックス」(共著)「税制改革のグランドデザイン」など。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

編集:下郡美紀

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