August 3, 2018 / 5:47 AM / 4 months ago

コラム:日銀の「パッチワーク」はいつまで続くのか=村嶋帰一氏

[東京 3日] - 日銀は7月30―31日開催の金融政策決定会合で、金融政策(短期政策金利、10年国債利回りターゲット、リスク資産買い入れ規模)を据え置く一方で、資産買い入れ、特に国債買い入れをより弾力的に運営する方針を決定した。

 8月3日、シティグループ証券チーフエコノミストの村嶋帰一氏は、日銀は過去5年強の金融政策運営について、パッチワークではない本当の意味での「総括」を行うべき時期に来ているように思われると指摘。写真は黒田東彦日銀総裁。米ニューヨークで2015年8月撮影(2018年 ロイター/Mike Segar)

今回の決定は、2%のインフレ目標の達成が(すでに十分に持久戦だが)一段の持久戦となることが避けられない中、これまで金融緩和の問題点(いわゆる副作用)を部分的に是正すること(パッチワーク)を意図したものだったと考えられる。

この点はもちろん評価できるが、本来的には、この5年強の政策運営について、日銀流の「総括的検証」やパッチワークではなく、本当の意味での「総括」を行うべき時期に来ているように思われる。この点を指摘した上で、今回の決定のポイントをみていきたい。

<長期金利変動レンジのさらなる拡大はあるか>

会合後の声明文は、長期金利について「金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうるもの」 と指摘。さらに、黒田東彦日銀総裁は会合後の記者会見で、長期金利誘導目標の「ゼロ%程度」からの変動幅をこれまでの倍程度(つまり上下0.1%から今後は同0.2%)まで容認する考えを示した。

この上下0.2%をどうみるかがポイントとなるが、当社は、2016年9月に日銀がイールドカーブ・コントロールを導入し、10年国債利回りターゲットを「ゼロ%程度」とした際、上下0.2%の変動幅が容認可能なレンジとして念頭にあったとみている。

その後、結果的に、日銀はそれよりも狭いレンジで長期金利をコントロールしてきたが、今後は、国債市場の機能・流動性への悪影響を軽減するため、イールドカーブ・コントロール導入時の当初計画に近い形で10年国債利回りターゲットを運用していく可能性が高いように思われる。

当然に、日銀が変動レンジをさらに拡大するのではないか(例えば上下0.3%まで)との懸念が見受けられるが、その可能性はかなり低いと判断される。上で述べた通り、日銀にとって、現行の10年国債利回りターゲット(「ゼロ%程度」)の下で容認できるレンジは上下0.2%とみられ、このレンジを例えば上下0.3%に拡大する場合、それは事実上の政策変更を意味することになる。

実際、雨宮正佳日銀副総裁は8月2日、執行部だけの判断で上下0.2%のレンジを変えることはできないと発言している。また、以下で述べる通り、新たなフォワードガイダンスの導入を踏まえると、10年国債利回りが0.2%を持続的に超えて上昇する可能性は低いだろう。

<今回の声明文に「副作用」の文字がない理由>

今回の金融政策決定会合を前にした金融市場の議論は、おおむね金融緩和の副作用を巡って行われてきた。ところが、今回の声明文には、その「副作用」という言葉が一度も出てこない。これは、日銀が、副作用を起点に政策を考えているとの印象を避けたかったためと推測される。

日銀は金融機関収益への悪影響そのものを理由に政策変更を行うことにかなり慎重な印象を受ける。将来、日銀が副作用対応の政策変更を検討するためには、金融機関収益の低下だけでなく、それが金融仲介機能全般を損なっているという具体的な兆候、あるいはより現実的リスクが必要になるのではないか。

例えば、金融仲介機能への影響を推し量る上で注目すべき指標の1つとして、日銀短観の「金融機関の貸出態度判断DI(緩い-厳しい)」があげられる。この指標は、2016年9月のイールドカーブ・コントロール導入後も、今年6月の調査まで、大企業、中堅企業、中小企業向けのいずれも高い水準を維持している(企業が金融機関の貸出態度が「緩い」と判断していることを意味)。この点は、少なくとも現時点では、銀行収益の低下が信用仲介機能全般の低下には結び付いていないことを示唆しよう。

日銀は今回、声明文に「金融政策運営の観点から重視すべきリスクの点検を行う」という新たな文言をわざわざ付け加えた。金融緩和が、金融機関収益の低下を通じて、金融仲介機能に悪影響を与えるリスクが念頭にあることは明らかだろう。ただ、少なくとも現時点では、日銀にとって、これはリスクにすぎず、現実ではないことになる。

<フォワードガイダンス導入の真意と重み>

今会合のもう1つのポイントは、政策金利に関するフォワードガイダンスが導入されたことである。具体的には、「2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」とされた。特定の経済イベント(消費税率引き上げ)と金利政策を緩やかにせよ関連付けたことが特筆される。

すでに日銀幹部は、消費増税後まで金融政策の変更はできないという観測を打ち消そうとしている。雨宮副総裁は8月2日、「フォワードガイダンスはカレンダーベースではなく、データディペンデント(経済情勢や指標次第)である」と発言した。しかし、実際に消費増税が実施され、しばらく時間が経過するまでは、その影響を巡る不確実性が消えないのは明らかだろう。

また、日銀は2014年4月の消費増税の影響を過小評価してしまったという経緯もある。これらの点を踏まえると、現実には、来年にかけてよほどインフレ率が明確に上昇するといった事態にならない限り、消費増税前に政策金利を引き上げることは難しいだろう。

フォワードガイダンスにうかがえる日銀の慎重姿勢は、日銀の経済成長率見通しとも整合的に見受けられる。日銀の実質国内総生産(GDP)成長率の見通し(9人の政策委員の中央値)は2018年度が1.5%、2019年度が0.8%、2020年度も0.8%だった。2019年度と2020年度の0.8%は日本経済の潜在成長率(当社推計は0.9%程度)とほぼ同水準である。すなわち、需給ギャップの改善が2019年度と2020年度にはおおむね止まることを意味する。

需給ギャップの改善とそのインフレへの押し上げ効果(フィリップス曲線)は、今後インフレ率が明確に上向いていくという日銀見通しの最も重要な根幹をなしている。このため、今後、需給ギャップの改善が止まる、あるいは反転するという現実的なリスクが、日銀の慎重姿勢と新たなフォワードガイダンス導入の背景になっている可能性がある。

例えば、消費増税の悪影響が日銀の想定を上回れば、2019年度以降、需給ギャップが悪化し、インフレを押し上げる力もさらに弱まる可能性が出てこよう。今回のフォワードガイダンスには実質的な意味がないとの見方もあるが、以上の諸点を踏まえると、一定の重みをもっているように思われる。

以上の点から判断すると、日銀は2019年10月の消費増税後まで、政策金利(短期及び長期)を現行水準に据え置く可能性が高い。一方、金融仲介機能への悪影響など、現行政策の副作用をより徹底的に検証するため、2020年のいずれかの時点で、金融政策の総括的検証を実施する公算が大きいとみている。

ただ、冒頭でも指摘した通り、それは日銀流の「総括的検証」にとどまり、2013年4月以降の政策運営が本当の意味で「総括」される可能性は低いだろう。

村嶋帰一氏(写真は筆者提供)

*村嶋帰一氏は、シティグループ証券調査本部投資戦略部マネジングディレクターで、同社チーフエコノミスト。1988年東京大学教養学部卒。同年野村総合研究所入社。2002年日興ソロモン・スミス・バーニー証券会社(現シティグループ証券)入社。2004年より現職。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below