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コラム:「逆イールドは米景気後退の予兆」は鉄の法則か=村嶋帰一氏

[東京 3日] - 米国の利回り曲線(イールドカーブ)の長短逆転、いわゆる「逆イールド」は、近い将来の景気後退局面入りを意味するのだろうか。この点を巡る関心が高まっている。実際、過去の経験に基づく限り、「逆イールドは米国景気後退の予兆」という説は、例外のない、いわば「鉄の法則」のようにもみえる。

 4月3日、米国の利回り曲線(イールドカーブ)の長短逆転、いわゆる「逆イールド」は、近い将来の景気後退局面入りを意味するのだろうか。「鉄の法則」のようなこの説が、今回裏切られる理由をシティグループ証券の村嶋帰一氏が説明する。写真は3月、ニューヨーク証券取引所(2019年 ロイター/Brendan McDermid)

1960年以降、米国の10年物国債利回りから3カ月物財務省短期証券(Tビル)利回りを引いた長短金利差が逆転し、逆イールドが発生した際には、ほぼ例外なく、それほど時間を置かずに景気後退局面を迎えていた。唯一の例外は1966─67年に発生した逆イールドだ。こうした経験則を踏まえれば、今回も逆イールドが発生する中、金融市場で米国景気後退への懸念が強まったのは無理からぬことと言えるだろう。

<今回、法則を裏切る理由>

その理由を簡単に言えば、これまでの景気後退入り前には政策金利がはっきりとした引き締め領域までに引き上げられていたのに対して、今回は、政策金利であるフェデラルファンド(FF)レートが、景気抑制効果を及ぼし始める水準よりも低い水準にとどまっていることが指摘できる。やや込み入った話にはなるが、この点を具体的に議論していこう。

景気に対して刺激効果も抑制効果も及ぼさない実質金利の水準は「中立金利」と呼ばれる。これと、FFレートからコア個人消費支出(PCE)デフレーターの前年比を引いたもので定義される現実の実質政策金利を比べることにより、金融政策が景気に対して刺激的か、抑制的かをおおまかに判断できる。中立金利は推計する必要があるが、ここでは、米ニューヨーク連銀のウィリアムズ総裁らの推計値を使用する。

ここでも、1960年以降の期間について振り返ると、実質政策金利の中立金利からの乖離幅は、1969─1970年の後退局面を除くと、いずれの景気後退局面の手前でも、はっきりとしたプラス(おおむね1.5─2%以上)となっていたことが分かる。すなわち、実質政策金利が中立金利を明確に上回ることで、経済活動に対する抑制効果が表れ、タイムラグを伴いながら、景気が後退局面に入ったことになる。

また、そうした景気見通し(あるいはそれを受けて利下げが実施される可能性)を織り込む形で、長期金利が短期金利を下回り、逆イールドが発生したことになる。

しかしながら、今回の局面では、依然として、実質政策金利が中立金利をわずかながら下回っており、理屈上、経済活動に対する抑制効果は顕在化していない。具体的には、現在の実質政策金利は0.5%程度、ウィリアムズ総裁らによる中立金利の推計値は0.8%程度である。こうした点を踏まえると、今回の逆イールド現象については、少なくとも、従来経験とは異なる解釈余地があると考えるべきだろう。

例えば、日本とユーロ圏の超低金利を背景とする米国債市場への資金流入(サーチ・フォー・リターン)や、米国で中期的にインフレ率(あるいはインフレ期待)が低位にとどまるとの見通しが、米長期金利を抑制している可能性がある。また、現象面から言えば、タームプレミアム(期間のより長い債券に要求される追加的な利回り)がマイナスとなっていることが、長期金利を低位にとどめている。

以上のような理由から、弊社は、今回の逆イールドが、近い将来における米国景気の後退局面入りを意味するという見方とは一線を画している。むしろ米連邦準備理事会(FRB)が3月の連邦公開市場委員会(FOMC)会合で、政策金利を、中立金利を下回る水準にとどめる姿勢を極めて鮮明にしたことで、緩和的な金融環境が続き、今回の米国景気拡大が(緩やかだとしても)より息の長いものとなる可能性が出てきていると考えるべきではないか。

<FRB政策運営の軸足はインフレに>

次の問いとして頭に浮かぶのは、なぜ、FRBがこのタイミングで、政策金利を中立金利よりも低い水準に維持する方針を鮮明にしたかという点であろう。金融市場の不安定化や海外景気の下振れリスクがその理由の1つと考えられるが、最も重要なのは、低インフレが定着することへの懸念と考えられる。

FRBは今年、インフレ目標の枠組み見直しについて、本格的な検討を始める予定である。議論の方向性が示されたのが、今年2月に開催された「米国金融政策フォーラム」であり、そこでFRBのクラリダ副議長やウィリアムズ総裁らがインフレ目標の枠組み見直しについて問題提起を行っている。

クラリダ副議長は「金融政策の戦略・手段・情報発信に関する再検討」と題された講演の中で、「長い期間にわたってインフレ率が目標を下振れれば、より長期のインフレ期待がうまくアンカーされない、もしくはインフレ目標よりも低い水準でアンカーされるリスクを伴う」と指摘した。そうした問題意識の下、インフレ率が目標を下回った場合には、その後に目標からの上振れを許容する「埋め合わせ戦略」についても言及。その具体的な方法として、複数年の平均的インフレ率をターゲットとすることや、物価水準ターゲットを挙げた。

クラリダ副議長の問題意識を少し敷衍(ふえん)すると、FRBはこの間、「2%のインフレ目標」をうたいながら、それをあたかも上限であるかのように運営してきた。インフレ率が目標値を下回る期間が続いても、ひとたび2%に戻れば、金融緩和措置は弱められる傾向が強かった。これにより、現実のインフレ率が平均で2%を下回る事態を招いたと考えられる。

ウィリアムズ総裁は、現在の景気拡大局面では、PCEインフレは食料・エネルギーを除くコアでみても、全体でもみても年率で約1.5%にとどまり、目標の2%を下回っていると指摘している。

現実のインフレ率が平均的に2%を下回った結果、企業や家計のインフレ期待が低下し、それがさらに現実のインフレ率に対して大なり小なり下押し圧力を及ぼしている可能性が高い。

だとすれば、「2%のインフレ目標」を上限であるかのように運営するのではなく、ある程度の期間の平均で2%を目指すことが、インフレ期待の低下と、現実のインフレ率の下振れを防ぐ意味で望ましい政策ということになる。ウィリアムズ総裁は同フォーラムで、「(インフレ率を平均的に2%にするためには)約半分の期間で目標を上回り、約半分で下回ることになるだろう」と述べているが、これはFRBが目指している状態だと推測される。

FRBがここで述べたような枠組み見直しを検討し始めた背景としては、景気拡大局面が長期化する中、次の景気後退局面ではインフレ率が一段と低下し、それが中長期のインフレ期待を一段と押し下げる可能性に対する危機感が挙げられよう。

ややうがった見方をすれば、枠組み見直しの正式決定がまだ先だとしても、今回の景気拡大局面における残りの期間で、2%をやや上回るインフレを実現したいと考えているのではないか。これが、政策金利を、中立金利を下回る水準にとどめる方針を鮮明にしたことの基本的な背景だと考えられる。

以上の通り、FRBのインフレ重視スタンスは、長期間にわたって政策金利を中立金利を下回る水準にとどめる公算が大きく、緩和的な金融環境を通じて、米国景気の拡大をより息の長いものとするだろう。「逆イールドすなわち米国景気後退」説は、今回、裏切られる可能性が高いように思われる。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*村嶋帰一氏は、シティグループ証券調査本部投資戦略部マネジングディレクターで、同社チーフエコノミスト。1988年東京大学教養学部卒。同年野村総合研究所入社。2002年日興ソロモン・スミス・バーニー証券会社(現シティグループ証券)入社。2004年より現職。

(編集:下郡美紀)

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