[東京 3日] - ドル円相場はこのところ持ち合い相場が続いている。「三角持ち合い」は、昨年11月からとみるか、今年4月以降のパターンでみるかで多少ずれるものの、いずれにせよ値幅は次第に狭くなってきており、足元でドル円は110―113.50円程度のレンジ内にある。この持ち合いは7月中旬までには終わり、上下どちらかにブレークするだろう。
足元はどう考えてもネガティブな材料が多く、「リスク回避の円高」のイメージの方がしっくりくる。例えば、トランプ米大統領の「ロシアゲート疑惑」を巡る一連の報道、特に米連邦捜査局(FBI)のコミー前長官が米上院情報特別委員会で8日に証言を行うという新たな展開も懸念材料だ。同氏が、トランプ大統領に不利に働くような新事実を公開する可能性もゼロではなく、警戒感は高まっている。また、しばしばミサイル発射を繰り返している北朝鮮の動向にも注目が集まる。
ロイター/イプソスの世論調査によれば、トランプ大統領の支持率は5月22日に36.6%と、就任以降でみて最低水準を付けた。ニクソン大統領が「ウォーターゲート事件」で辞任に追い込まれた時の支持率が24%台。これに比べればまだ高いとも言えるが、ニクソン大統領は就任直後60%台の支持があったのに対し、トランプ大統領は同調査ではまだ一度も50%を超えておらず、就任以降ずっと支持率は低迷したままだ。
今後の「ロシアゲート疑惑」の動向次第では、一段と支持率が低下する可能性も捨てきれない。一国の首脳の支持率が低下した場合、国外を標的にするケースは政治の世界ではよくみられることだ。3月末から4月上旬にかけて、トランプ大統領の支持率がさまざまな調査で4割を割り込み始めたが、ちょうどその頃、4月6日には化学兵器を使用したとしてシリア・アサド政権に対する巡航ミサイル攻撃を実施。本件は共和党ばかりか野党民主党、米メディアなどからも支持を得た。
また、4月12日には、トランプ大統領が「ドルは強くなり過ぎている」と述べ、ドルが急落。4月20―21日の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議直前の唐突なドル高けん制だっただけに、為替市場への影響は大きく、ムニューシン米財務長官も「長期的にはドル高が好ましい」と発言を修正するなど対応に追われた。
これらが支持率を意識したものだったかどうかは分からないし、5月の主要7カ国(G7)首脳会議では特にこうした発言はなかった。ただ、国際政治と為替相場が密接に関わっていることを踏まえれば、トランプ大統領の支持率がさらに低下した場合には、地政学リスクの高まりや唐突なドル高けん制発言などにより、急激に円高が進行する可能性に警戒が必要かもしれない。
<「恐怖指数」低下の背景に5つの要因>
こうしたリスク要因を並べるにつけ、ドル円は三角持ち合いを下抜けする可能性の方が高いようにみえる。しかし、投資家の不安心理を示す指標とされるVIX指数(別名・恐怖指数)をみると、通常のレンジ(10―20)の下限を割り込んでおり、むしろ市場は「リスクオン」に傾いている。
背景には、以下の5つの心理的要因があるのではないだろうか。
1)手続き上、トランプ大統領が米議会で弾劾される可能性は低いとみられている
2)仮に辞任に追い込まれたとしても、次期大統領はペンス副大統領の可能性が高く、むしろトランプ大統領よりも信任が高いためマーケット・フレンドリーであるとの見方も多い
3)北朝鮮についても、米朝は当面にらみ合いの状態が続き、実際にどちらかが攻撃を仕掛ける可能性は低いとの見方が支配的(ちなみに、北朝鮮が5月29日に発射した弾道ミサイルが、日本の排他的経済水域内に落下したとの報道に対しても、金融市場は一切反応しなかった)
4)5月以降発表されている米経済指標が比較的良好であり、1―3月の景気減速は一時的であるとの認識が広がっている
5)一方で、米国ではインフレの伸びが緩慢で、金融政策は緩やかにしか引き締められないため、米株価にとって良好な環境が当面続くとみられている
確かに、コミー前FBI長官がトランプ大統領から言われたことをメモしたと報じられている「コミー・メモ」の存在が明らかになった5月17日には、米株価は急落、VIX指数は15台まで急騰した。だが、それでも「総悲観」といわれる20を上回ることはなかった。政治の先行き不透明感は金融市場にとって当然マイナスだが、現実を伴わない「不透明感」だけではVIX指数の上げも限られ、円がトレンドとして上昇する可能性は低いと言えよう。
<鍵握るインフレ動向、5月雇用統計は及第点>
足元、金融市場では一部歪みがみられる。米インターコンチネンタル取引所(ICE)算出のドルインデックス(ドルの名目実効為替レート)は、今年1月に約14年ぶりに103.82の高値を付けた後、低下し続け、足元96.6まで軟化している。これは、米国の長期金利が低下したからであり、米10年債利回りは2.6%から2.15%まで低下した。しかし、同時に米株価は上昇しており、S&P500株価指数は足元、史上最高値を更新している。
教科書的に言うと、リスク資産に資金が向かえば、安全資産は売られるため、米国債は下落、長期金利は上昇となるはずであるが、現在は「米株高・米長期金利の低下・ドル安」の3セットが実現している。このうちのどれかが歪んでいる可能性があり、将来修正されることはあり得ると筆者はみている。
なぜ金利が上がらないかについては、「期待インフレ率が上がらない」「トランプラリーの際に構築された米債のショートポジションが残っている」などが要因として考えられる。5月24日に公表された米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨(5月2―3日開催分)によれば、大部分のメンバーはもう一段の利上げが「近く適切になる」と判断していたものの、「数人」の参加者がインフレの進展が減速した可能性があるとの懸念を表明した。こうした環境が米長期金利の上昇を抑えている可能性が高い。
さて、歪みの修正が起こると仮定して、今後のドル円相場については大きく分けて3つの可能性が考えられるだろう。
第1に、期待インフレ率が今後徐々に上昇し、長期金利がじわり上昇、緩やかなドル高が進行するケースだ。この場合、「米株高・米長期金利の緩やかな上昇・緩やかなドル高」が実現し、「リスクオンの円安」もドル円相場をサポートすることで、ドル円は三角持ち合いを上方にブレークしよう。
第2のケースは、経済指標が今後悪化するパターンだ。期待インフレ率は低下、長期金利も低下との流れとなれば、「米株安・米長期金利低下・ドル安」となり、ドル円は三角持ち合いを下方にブレークすることになる。
第3の可能性としては、インフレの急騰と金利の急騰で、ドルインデックスは上昇する一方で、むしろリスク回避の円高が進行するケースである。この場合、円は幅広く上昇するが、対ドルでもやや円高傾向となるため、やはり持ち合いは下方ブレークとなる。
ただ、6月2日発表の5月米雇用統計は、雇用の伸びが市場予想を下回ったとはいえ、まずまずの結果だったことを考慮すれば、米長期金利の低迷はいずれ修正され、第1のケースが実現する公算が大きいと筆者はみている。したがって、ドル円は7月中旬までに、三角持ち合いを上方にブレークすると予想している。
*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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