June 15, 2018 / 11:23 AM / a month ago

コラム:米自動車関税引き上げならドル円はどう動くか=尾河眞樹氏

[東京 18日] - 先週は米朝首脳会談、米連邦公開市場委員会(FOMC)、欧州中銀(ECB)理事会、日銀金融政策決定会合と、あまりにもイベントがめじろ押しの1週間だった。しかし、こういうときは得てして、相場は動きづらいものである。重量級のイベントを控えて、投機筋が、短期的なポジションについては極力ニュートラルにしてその日を迎えようとするからだ。

 6月15日、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長、尾河眞樹氏は、トランプ米政権の自動車関税引き上げが決定したとしても、ドル円が105円を割る可能性は低いと予想。写真はトランプ大統領、米ミシガン州イプシランティで2017年3月撮影(2018年 ロイター/Jonathan Ernst)

米朝首脳会談は、そもそも「調印式」自体に意味はあったのだろうかと、首をかしげたくなるほど具体策は出てこなかった。ただ、トランプ米大統領にとってみれば、史上初の米朝首脳会談を実施したこと自体に意味があったのであり、アピールできたことだけで本人は満足のようだ。

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長にしてみれば、米国が求めていた「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」についてもほとんど骨抜きにできた格好だ。会談の結果の良し悪しはさておき、行動の読めない米朝両首脳が会談するという、リスクを伴うイベントがとりあえず無事に通過したことを市場は評価し、リスクオンとなった。

12―13日に行われたFOMCでは、今年2回目の利上げを決定。声明文も足元の景気に自信を示す内容で、緩やかな利上げペースが維持されることが確認された。来年1月からは毎回FOMC後にパウエル米連邦準備理事会(FRB)議長による記者会見が行われることになり、市場とのコミュニケーションを増やしつつ、粛々と正常化に向かう方針である。

ECBは14日の理事会で、資産買い入れについて10月以降の規模縮小と年内の終了方針を決定。一方、15日の日銀金融政策決定会合後の黒田東彦総裁の会見からは、出口戦略の可能性は一切みられなかった。

このように、北朝鮮リスクは後退した上、各国の金融政策の方向性も明確になり、市場の波乱要因が極めて限られる中、ドル円は今後も堅調に推移するとみており、筆者は今年のドル円の年末予想値も115円で変えていない。ただ、もしも2018年後半に再び円が急騰するような波乱要因があるとすれば、どういったことが想定されるだろうか。

筆者は、1)米国発の貿易戦争、2)米中間選挙の結果、3)新興国通貨の急落、がきっかけになるとみているが、本稿では1番目の要因について考えてみたい。

<米経済良好の証しを否定するトランプ大統領>

トランプ政権は15日、中国からの輸入品500億ドル相当に対する関税賦課を正式に発表。1102品目のリストを公表した。リストはハイテク産業の育成を目指す中国の行動計画「中国製造2025(メイド・イン・チャイナ2025)」で取り上げられた産業を標的にしているが、今回携帯電話やテレビは含まれなかった。これに対し、中国も直ちに報復措置を発表するなど、米中間はすでに貿易戦争の様相を呈している。

カナダで行われた主要7カ国(G7)首脳会議(サミット)でもトランプ大統領と他のG7諸国との間の溝が深まっている様子が露呈した。カナダのトルドー首相は、G7終了後の記者会見で「米国の関税押しつけは侮辱的」と批判。「米国がカナダに課したのと同規模の報復関税を7月1日から発動する」「カナダは(米国に)振り回されない」などと述べた。

トランプ大統領はこれに立腹し、「G7サミットの首脳宣言は承認しない」とツイート。自動車に対する追加関税実施の可能性に言及した。仮にトランプ政権が検討している25%の自動車関税が実施された場合、最も影響を受けるのは日本かもしれない。米国の新車販売台数のうち、日本車の台数が1位でシェアは約4割近くを占めているからだ。このうち約2割は米国内で生産されているとはいえ影響は大きいだろう。

そのほか販売シェアの大きい、英国(約14%)、ドイツ(約8%)、韓国(約7%)も少なからず悪影響を受けるため、世界的な貿易縮小による景気減速への懸念が広がった場合には、市場全体がリスクオフとなる中、急激に円高が進行する可能性はある。

問題なのはトランプ大統領が経常赤字を問題視していることだ。同大統領は「外国からの輸入が、米国の企業収益や雇用を奪っている」と主張しているが、米国の経常赤字拡大は、裏を返せば米国経済が良好であるということの証しでもある。

米国の個人消費が堅調であるからこそ輸入が増加し、経常赤字が増加しているのだ。これを無理に減らそうとすると、米国経済の減速によって内需が縮小するか、為替レートをドル安にするか、関税を引き上げて輸出競争力を高めるか、ということになる。

しかし、米国は現在、利上げ局面にあるため、政策的に無理やりドル安にするのは現実的でない。その上、関税を引き上げたところで諸外国から報復関税を受ければ、必ずしも米国輸出企業にとってプラスとは言えない。増加傾向にあった海外からの米国への直接投資も減速してしまうだろう。

<関税引き上げは長期的にはドル高要因>

そもそも鉄鋼・アルミニウム製品への関税が話題となった3月は、11月に実施予定の米中間選挙に向けた「選挙対策」にすぎないとみられていた。しかし、徐々に米国の対中国のIT関連を含む1102品目・500億ドル相当の輸入品への追加関税や、中国通信機器大手・中興通訊(ZTE)に対する取引停止の制裁措置、とどめに輸入自動車に対する25%の関税が検討されるにつれ、徐々に米国の「保護主義の本気度」が露呈してきた。

このため、欧州連合(EU)が3月時点で検討していた報復関税案も、米有名ジーンズ・ブランドのリーバイスや米バイク大手のハーレー・ダビッドソンの製品、米国産バーボン・ウイスキーなど、限定的な品目にとどまっていたが、7月1日から実施される対米報復関税にはアルミや穀物なども含まれ、金額も検討段階の約30億ドルから72億ドルへと、倍以上に拡大した。このほかメキシコ、カナダ、中国もそれぞれ報復関税を検討しており、全面的な貿易戦争の様相を呈している。

ただ、仮に米国の追加関税が自動車に及んだとしても、リスクオフによってドル円が下落するリスクはあるにせよ、あくまで一時的なものにとどまり、下落幅も限定的になるとみている。むしろ、関税の引き上げは、輸入物価の上昇につながり、インフレをもたらすため、米長期金利の上昇につながり、長期的にはドル高となる可能性もあるだろう。

ドル円は年初から3月にかけて、日銀の出口戦略への関心の高まりや、米中貿易摩擦などによって113円台から104円台まで、約9円もの円高となった。しかし、FOMCが3月利上げに踏み切ったにもかかわらず、なぜここまで円高の材料にばかり市場が反応したかといえば、市場参加者のポジションが円売りに偏っていたことが背景にはある。

シカゴ通貨先物市場IMMの円ポジションが年初の段階で12万枚となっていたが、直近で約3000枚まで縮小したことを踏まえれば、米国の自動車関税引き上げが決定しても、ドル円が105円を割ることはないだろう。仮にリスクオフになった場合も、5月29日安値の108.11円付近、あるいは4月23日安値の107.63円では支えられるのではないか。

*情報を更新して再送します。

尾河眞樹 ソニーフィナンシャルホールディングス 執行役員兼金融市場調査部長(写真は筆者提供)

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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