July 25, 2018 / 2:35 AM / 22 days ago

コラム:日銀緩和修正へ「市場との対話」本格スタートか=尾河眞樹氏

[東京 25日] - 20日の一部報道によれば、日銀は30―31日の金融政策決定会合で、現行の長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)付き量的・質的金融緩和における長期金利目標や、上場投資信託(ETF)買い入れ手法などの柔軟化を検討するという。

 7月25日、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長、尾河眞樹氏は、長短金利操作の柔軟化が可能と思われる期間が限定される中で、市場との対話を始めるのは「今がベスト」との考えが日銀側に働いた可能性があると指摘。写真は黒田東彦日銀総裁。スイスのチューリッヒで2017年11月撮影(2018年 ロイター/Arnd Wiegmann)

この報道が、日銀の金融政策の「正常化」を彷彿させたのか、同日の海外市場では円が急伸。ドル円は111円台前半まであっさりと下落した。もっともこれは、トランプ米大統領が米連邦準備理事会(FRB)の利上げを批判し、ドル高をけん制したことなども影響しているとみられる。

週明け23日のドル円相場は一時、110円台後半の安値を付けた。長期金利の急騰を受け、日銀は指定した利回りで金額に制限を設けずに国債を買い入れる「指し値オペ」を5カ月半ぶりに実施。0.11%での実行を通知し、10年物国債利回りの上昇に歯止めをかけた。

これにより、市場はほっと一息ついたようで、ドル円は111円台まで持ち直したが、金融政策決定会合を来週に控えて様子見となる中、上値は依然として重い。

<日銀が市場に一石を投じた訳>

日銀の黒田東彦総裁は22日、これらの報道に対し、出張中のアルゼンチンで「どういう根拠で報道しているかまったく知らない」と発言した。ただ、報道のソースが「関係筋」となっていたところを見る限り、発信元は日銀であることは間違いないだろう。

思えば昨年11月、同総裁がスイスで行った講演で「リバーサルレート」に言及してから、日銀の長短金利操作修正への地ならしは始まっていた。リバーサルレートとは、「金利を下げ過ぎると、預貸金利ざやの縮小を通じて銀行部門の自己資本制約がタイト化し、金融仲介機能が阻害されるため、かえって金融緩和の効果が反転(リバース)する可能性がある」という考え方である。

今回の報道でも、「金融緩和策の長期化が避けられない情勢の中、金融仲介機能や市場機能の低下など副作用の強まりに配慮し、長短金利操作やETF買い入れの柔軟化が選択肢になるもよう」と報じられていた。あくまで趣旨は、金融緩和の長期化による副作用に配慮するためであり、今回の「柔軟化」は、金融政策の「正常化」ではないという主張のようだ。

いずれにせよ、長短金利操作による金融仲介機能への副作用は懸案事項であり、日銀は折に触れ修正を模索してきた。しかし、リバーサルレートの議論や、今年1月の「買い入れオペ減額」に対する市場の反応、特に円高への振れ幅が想定外に大きかったからか、その後日銀はこの議論を封印したかにみえた。

筆者は次回、長短金利操作の「柔軟化」ないしは「調整」の議論が持ち出されるとすれば、少なくともドル円が115円台に乗ってからだろうと予想していたので、思ったより早いタイミングだった。

昨年は、欧州中銀(ECB)の「正常化」に注目が集まる中、ユーロは対ドルで約15%上昇した。ドラギECB総裁が同年6月27日の講演で「デフレの力はリフレに置き換わった」と述べてからだと、今年2月にユーロドルが1.25ドル台の高値を付けるまでで、約12%の上昇である。

従って、これを単純にドル円に置き換えた場合、少なくとも115円台くらいには乗せていないと、昨年のユーロ同様、日銀の「正常化」が市場のテーマとなった場合には、円高の進行によりドル円が100円ちょうどを割り込むリスクも浮上する計算となる。

日銀がなぜこのタイミングで市場に一石を投じたかといえば、おそらく2点ほど要因は挙げられよう。

IMM通貨先物市場の投機筋による円ポジションをみると、円の売り越し(ショートポジション)は今年年初の段階で12.5万枚まで大きく膨らんでいた。日銀による1月9日の長期国債買い入れオペ減額をきっかけに、その後円高が進行したのは、こうした円ショートポジションの積み上がりによって、ポジション調整が起きたことが背景となった可能性は高い。

なぜなら、6月にかけてこの円ショートポジションは、ほぼゼロまで縮小したが、日銀は6月に3回も買い入れオペ減額に踏み切ったにもかかわらず、円相場の反応は鈍かった。市場が買い入れオペ減額の報道に慣れてきたことに加え、ポジション調整のきっかけとなる円ショートポジション自体がほとんどなかったことが背景だろう。

しかし、7月17日付のIMMポジションをみると、円ショートポジションは再び6万枚近くまで拡大している。これ以上放置すれば、円ショートポジションがさらに積み上がり、「長短金利操作の柔軟化」などをアナウンスすれば、一気にポジション調整が起こり、再び雪崩のように円高が進行するリスクもあった。

また、米中貿易戦争が袋小路に入りつつある中で、今度は為替がターゲットとなり、トランプ政権が「ドル安政策」を声高に訴えるようになれば、ドル円が急落する可能性もある。そうなってからでは、円高にさらに拍車をかけるリスクを伴う「長短金利操作の柔軟化」の議論はできなくなる可能性を考慮したのかもしれない。

これは筆者の深読みかもしれないが、いずれにせよ長短金利操作の柔軟化が可能と思われる期間が限定される中で、市場との対話を始めるのは「今がベスト」との考えが働いた可能性はある。

<実際の行動は今年10月から来年1月の間か>

実際、長短金利操作の柔軟化が行われるのはいつになるのだろうか。来年は10月に消費税率の引き上げが予定されており、これが近づけば近づくほど日銀としては動きづらくなるだろう。消費税率の引き上げ後は景気が悪化する可能性が高いが、近い時期に長短金利操作を柔軟化して円高や株安が進めば、その後の景気悪化は消費税ではなく日銀のせいにされかねない。

さらに、7月には参院選、4月には平成天皇の退位と次期天皇の即位、統一地方選挙などが予定されている。となれば、この近辺で市場にインパクトを与え得る長短金利操作の柔軟化は持ち出しにくい。

また、今年で言うと、9月には自民党総裁選を控えている。それらを考慮すれば、おそらく可能性の範囲としては、次回「展望レポート」が発表される今年10月から来年1月ごろまでの間ではないだろうか。それまでの間に、日銀は幾度か、それとなく「長短金利操作の柔軟化」の議論を持ち出し、市場の反応をみながら対応時期を模索するだろう。

市場は得てして、政策が変更されてから変動するのではなく、それを織り込んでいく中で期待によって変動する。しかし、最初はサプライズを伴うが、国債買い入れオペがそうだったように、何度か繰り返されるうちに市場に織り込まれていき、円高方向の反応も次第に薄れていくだろう。

なお、「長短金利操作の柔軟化」は「正常化」ではなく、「イールドカーブのスティープ化によって金融仲介機能を改善し、むしろ緩和の持続性を向上させる」のが目的なのであれば、市場参加者にとってより分かりやすいように、これまでの政策の検証を行った上で、正当な「正常化への条件」などを改めて示すことも一案ではないだろうか。

それによって条件のイメージが固まれば、ボラティリティーをある程度抑えられるかもしれない。日銀のコミュニケーション力が期待されるところである。

尾河眞樹氏(写真は筆者提供)

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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